「保育園一揆」という、いかついネーミングの一件をご存知だろうか。これ、言葉だけから想像すると、保育園児達が鍬や斧を手にわーっと何かに向かって反乱を起こす絵になってしまう。保育園児がいったい何に反乱を起こすと言うのか。もちろんそんなわけはない。保育園児ではなく子どもを預かってくれる保育園が見つからない母親たちが、鍬や斧は持たないまでも役所に申し立てをしたのだ。
去年、2013年の春あたりに都内でもいくつかの区で起こった。その震源地で旗振り役となったのは、曽山恵理子さんという女性だった。
曽山さんについては、すでにいくつかインタビュー記事が出ている。まず、この手の問題でよく記事を書いているジャーナリスト・治部れんげさんが日経DUALに書いた前後編の大型記事。
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それから、ハフィントンポストでは今年の都知事選の時に、いがや記者が一年後に振り返る形のインタビュー記事を載せている。
この曽山さんは最近、ワーキングマザー向けのコワーキングスペースを運営しているという。そのことは上に挙げたそれぞれの記事に出ている。母親向けのコワーキングとは、どこか共同保育に似通ったところがあるのではないか?
そんなことをもやもや思っていた時、たまたま女子会で某テレビ局のママ記者から曽山さんに興味あるなら紹介しましょうかと言われたので、お会いしてみようと思った。ちなみにこの女子会とは、育児関連をテーマに据えたママ記者たちと時折開催しているものだ。女子会にこんなおっさんが参加するなよ。
曽山恵理子さんを訪ねて荻窪のマンションの一室に行ってみたら、一揆の首謀者とかジャンヌ・ダルクとかの怖そうなイメージから程遠い、きゃらきゃらよく笑う明るい女性がそこにいた。
「保育園一揆の後に知り合ったママ友が、ジャンヌ・ダルクみたいだと言いだして、えー!でも処刑されちゃうじゃん!とネタとして面白がっていたら、取材に見えた治部さんも面白いと思ってくださったみたいで」
勇ましい呼称に照れながら曽山さんは言う。治部さんの記事はシリーズタイトルが「怒れ!30代。」という雄叫び調なので、ジャンヌ・ダルクの勇ましさが十倍くらいに増幅されて伝わっていたと思う。
しかし杉並のジャンヌ・ダルクは、インタビューをはじめるとその名にふさわしく怒濤の勢いでしゃべりだした。
「コワーキングは同じ場所で仕事をするスペースなわけですが、場所を貸すだけでなくスキルを持つ人材が集まって、私が営業してとってきた仕事をみんなでこなすようにできればいいなと考えています。」
babyCoはフリーランスのワーキングマザー向けに設立された。だから、子どもを連れていって面倒を見てもらいながら、同じ場所で仕事ができる。
「フリーランスだと保育園に子どもを入れにくいんです。自宅で子どもを自分で見ながら仕事をしていると「同伴出勤」とみなされポイント(自治体では保育園の必要度を条件によりポイントをつけて審査する)が下がっちゃうケースが多いんです。だから睡眠時間を削って、無理やり働きながら子どもの面倒も見ることになっちゃいます。そうとうしんどいです。結局、あきらめて専業主婦になる人も出てくる。」
そこで、babyCoを開設した。
「ここで子どもを見ることができるから仕事しなよ。と呼びかけたいんです。ちゃんと保育士はいます。でも保育園のように預かるための施設としては整ってないので、ベビーシッターがいると思ってもらえれば。自分から見えるところで子どもの面倒を見てもらって、安心して仕事に集中できる場所なんです。」
なるほど。ところで、すでに充実したインタビュー記事があるとは言え、ぼくなりに「保育園一揆」についても聞きたくなった。
「最初の頃はmixiのコミュニティで保活(保育園を探す活動)について話していたんです。キャリアカウンセラーの経験もあるのでついつい相談に乗っちゃって。生まれる前から保育園を探しておかないと安心できないなんておかしいなと思います。」
そんな中、自分も二人目の子どもができた時に保活をして、なかなか見つからなかったという。去年の年明けに出た杉並区の最新状況で、4月からの入園希望者2800人に対し、1100人しか入園できないとわかった。
「前々からみんなの相談に乗ってきて、ちっとも状況はよくならないどころか悪くなってる。これは、何か大胆なことをやって、こんなに困っている人間がいると気づいてもらおう、とみんなと相談しました。区役所に行ってみんなで訴えてみよう!ということになったんです。」
そこでジャンヌ・ダルク誕生となるのだが、実際は成り行き上と戸惑いながらの活動だったようだ。
「二日間やったんですが、一日目は晴れていた。その中で訴えようとするんですが、えっと?どうすればいいんだっけ?やり方もわかってなかったんです。マスコミの方が「シュプレヒコールやらないの?」と言うので、そうなんだと「保育園を増やせー!」と三回くらい叫びました」
彼女がジャンヌ・ダルクとなるにはいささかマスコミの演出も作用したようだ。
「一日目の様子を東京新聞さんが一面で取り上げてくれたんですね。そしたら二日目はマスコミの方が4倍くらいに増えて。その上、雪が降ったのでなんかドラマチックになっちゃって。」
狙い通り、いや狙い以上に世間にアピールでき、知人が取り計らってくれたこともあって区長とも直接会うことができた。
「小規模保育では無理があると気づいてもらえたようです。規模の大きい認可保育所を増やしても少子化だからすぐにムダになるのではとの意見もあったんです。でも調べてみると、東京の就学前人口は増えているんですね。急激に増やして質が下がるのはよくないですが、認可保育所を増やす妥当性はあるんです。」
一定の成果も出た「保育園一揆」のあと、babyCoを起ち上げようと考えたのは、どういう経緯だったのだろう。
「私の中ではストーリーがつながっているんです。待機児童の問題は、保育園が見つかれば忘れられてしまう。でも子育てはその後も十数年続く。いろんな問題をクリアしていくには、ロールモデルとなるような先輩ママたちの意見が必要。でも世代を超えた交流がなかったんですね。」
杉並区内でのママたちの交流を図る「杉並こどもプロジェクト」を立ち上げ、運営する一方で、フリーで働く母親たちのコワーキングとしてbabyCoを起ち上げた。
「場所を持っていることはすごく大事だと考えています。babyCoは月曜日と木曜日は解放していて、誰でも気軽に来てもらえます。ゆくゆくは杉並こどもプロジェクトと統合してNPO法人化できればと。」
それにしても、曽山さんはある意味、みんなのために、世の中のために活動している。大変だなあと思うのだが、そのモチベーションはどこから湧いてくるのか。
「私は福島の南会津の出身なんです。震災の時、幸い実家は大した被害はありませんでしたが、福島県民として心が痛みました。すのすぐあとに二人目の子の妊娠がわかり、私も世の中のために何かできないだろうかと考えたんです。震災といまの活動は直接は関係ないですが、自分の中ではつながっています。」
babyCoをベースに活動していくにも、資金面がなかなか大変だ。
「どなたか、スポンサーになってくださる企業の方がいらっしゃったらぜひお願いしたいです!(笑)」
とのことなので、杉並の子育て世代に関わるような企業の方いれば、スポンサードをぜひ!
待機児童問題のジャンヌ・ダルクは、歩みを一歩進めて、砦をつくって仲間を集めようとしている。彼女がやろうとしていることはつまり、コミュニティの形成と言えるだろう。それは結局、ぼくがこれまで取材してきた自主保育や共同保育、赤ちゃん先生やアズママ、asobi基地などと理念的には近いと感じた。
最近ネットで読んだ記事に、ラジオ番組を書き起こしたこういうものがあった。
人類は他の類人猿と違って森を離れて脳みそを肥大させていった中で、「共に育てる」必要が出てきた。これと曽山さんの活動を乱暴につなげて考えると、彼女はまさにbabyCoという「共に育てる」場を作ろうとしているのだ。砦を持ったジャンヌ・ダルクが、次なる戦いに向かっていくのを、今後も応援していきたい。
今回の取材も、うぐいすプロ・山本遊子が映像を撮ってつないでくれた。曽山さんの明るく強い姿を感じてもらえるだろう。3分ほどなのでぜひご覧あれ。
※「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」を、無謀にも書籍にします。2014年12月発売予定。
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コピーライター/メディアコンサルタント
境 治
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