共謀罪はなぜ過去3回廃案になったのか

「テロ等準備罪」という名称の本質は、「テロ」ではなく「等」に込められているのではないでしょうか。
時事通信社

今年の通常国会に提出される法案のうち、過去3回廃案となった「共謀罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案に注目が集まっています。政府は「テロ等準備罪」と名称変更して看板をかけかえましたが、骨格も内容も以前と大きな変更はありません。対象犯罪を676とした上で提出すると伝えられてきましたが、最近になって「対象犯罪が広すぎるので、絞り込む」という話題が出てきています。

私は、2005年から2006年にかけて、衆議院法務委員会で野党の一員として「共謀罪」をめぐる国会論戦を担いました。2005年は、小泉純一郎内閣が突然の郵政解散で圧勝した後で、自民・公明の連立与党は圧倒的多数の議席でした。「数の力」からすれば、その後3回も廃案となるという結果を予想したメディア関係者は皆無に近かった状況です。

ところが、国会で議論をすればするほどに、政府・法務省提出の共謀罪への疑問はふくらみ、自民・公明の与党側からも、たびたび修正案が国会に提出される異例の事態となりました。「数の力」では勝敗は明らかでしたが、あまりに筋が悪い法案だったことと、今回の「カジノ法」等のような形式的な特急審議ではなく、国会論戦にふさわしい議論を許容する「品格」が、当時の与党側にも存在していたからこそ、深く掘り下げた議論ができたのだと思います。

今の私に、「共謀罪はなぜ、過去3回廃案になったのか」をテーマに、「長文の大論文」を書く時間はありません。日々の仕事のかたわらで、当時の経験をもとに、再度国会に上程される「共謀罪」(テロ等準備罪)新設法案(組織犯罪処罰法改正案)について言えることも加えて、このブログでお伝えしたいと思います。1年半前の2015年11月20日、朝日新聞の「天声人語」に、「共謀罪」をめぐる国会論戦が取り上げられました。

また共謀罪なのか 2015年11月20日 朝日新聞(天声人語)

目くばせとまばたきの違いを述べよ。2006年5月、国会でこう質問したのは当時の保坂展人(のぶと)衆院議員だ。法務省の局長は直接には答えず、保坂氏が代わって説明した。

「目くばせは意思の伝達行為であり、サイン。まばたきは生理現象だ」

▼珍問答に見えるが、真面目な論戦である。

「共謀罪」の新設が焦点だった。犯罪を実行しなくても、相談して合意するだけで罪に問えるようにする法案だ。

会話による相談がなくても、誰かが誰かに目くばせするだけでも共謀は成立しうる、というのが法務省の見解だった

▼先の局長はさらに、まばたきでも成立すると答えたため、保坂氏に追及されることになった。生理現象が共謀罪になるなら、人類はみな共謀罪ではないかというわけだ。人権侵害の危険性をよく表す攻防だった

▼そもそも日本では、犯罪は「既遂」での処罰が基本で、「未遂」は例外、着手前の「予備」はもっと例外だ。さらにその前段階の共謀で罪を問うのはこの原則に反するとの批判があった。政府はこれまで3回法案を出し、いずれも廃案になっている

▼パリのテロ事件を受け、自民党首脳が再び共謀罪に言及し始めた。過去の法案並みに、万引きなども含む幅広い処罰を考えるつもりか、テロ組織対策に限るのか。現段階ではわからない。いずれにせよ、性急に進めていい話ではない

▼公明党の山口那津男代表は昨日の会見で、慎重な検討を求めた。ここは自民党に目くばせをし、自制を促してほしいところだ。

この「共謀罪は一定の条件が整えば『目配せ』でも成立する」と答弁したのは、大林宏法務省刑事局長(当時)でした。大林氏はその後、札幌高検検事長、東京高検検事長を歴任して、2010年には検察トップである検事総長に就任しています。「目配せでも共謀罪が成立する」という大林刑事局長の答弁は、驚きと共に大きな反響を呼びました。それまで、共謀罪における共謀は「犯罪を綿密に計画し、具体的に実行できるまで練られたもの」と説明されていました。会話を交わさなくても、「犯罪の計画実行についての内容を犯罪組織が共有されている状況」であれば,、「目配せ」(=サイン)でも共謀罪が成立するとした答弁は、従前の理解を塗り替えたものとなりました。

「天声人語」にもありますが、刑法によって、犯罪は実行された「既遂」の段階で処罰されるのが通常で、例外的に「未遂」について処罰され、特定の重大な犯罪についてのみ例外中の例外として「予備」で処罰されます。さらにこの手前の、犯罪を話し合ったり計画する「共謀」の段階で処罰しようという「異次元の法体系」を導入しようとしたのが、過去3回廃案となった共謀罪の内容でした。

報道では、「テロ等準備罪」と名称を変えたにもかかわらず、共謀罪を創設する「対象犯罪が広すぎる」という議論が紹介されています。まずは、この議論を追ってみます。

「共謀罪」対象676から50超減 政府原案修正、提出へ(2016年1月15日・産経新聞)

組織的な重大犯罪の計画段階で処罰対象となる「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案をめぐり、対象犯罪を676とした政府原案を修正し、過失犯や結果的加重犯など50罪以上を除外する方向で検討されていることが14日、関係者への取材で分かった。公明党内から対象犯罪を絞るよう求める声に配慮したもので、事前に犯罪を計画できない業務上過失致死罪など50罪以上を除外する方向で法務省などが調整している。

このニュースを見た時、「対象犯罪676では広すぎるから、50に絞り込んだのか」と受けとめました。しかしよく記事を読めば、「676-50=626」ということでした。例示されているように「業務上過失致死罪」の共謀罪が、実際にはありえないことは少し考えてみればわかります。「業務上過失」を複数人で相談・計画(共謀)した場合には、「過失を偽装した故意」であり、そもそも「過失」ではなくなるからです。過去3回廃案となった議論の中で、とっくに明らかになっていた事柄です。さらに新たな数字が出てきました。今度は「300」です。

共謀罪:対象半減へ...犯罪300前後に 政府、公明に配慮 - 毎日新聞(2016年1月17日)

組織犯罪の計画段階で処罰を可能とする「共謀罪」の成立要件を絞り込んだ「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法の改正案について、政府が対象犯罪を原案の676からテロの手段となり得る犯罪を中心に300前後に減らす方向で調整していることが、政府関係者への取材で分かった。対象犯罪の多さに懸念を示している公明党に配慮した形で、今後の与党内協議の行方が注目される。

300になったから、文字通り「半減」ということになります。しかし過去にさかのぼると、3度目の廃案の後で、2007年に自民党法務部会「条約刑法検討に関する小委員会(笹川尭委員長」で、さらに「123から155」まで削減するという修正案が了承されていました。

「テロ等謀議罪」を了承/「共謀罪」修正で自民部会 | 全国ニュース | 四国新聞社 (2017年2月27日)

「共謀罪」を新設する組織犯罪処罰法などの改正案の修正作業で、自民党法務部会の「条約刑法検討に関する小委員会」(笹川尭委員長)は27日、共謀罪を「テロ等謀議罪」と変更し、対象犯罪を政府案の600以上から123-155と4、5分の1程度に絞り込んだ「修正案要綱骨子」を了承した。

小委員会の早川忠孝事務局長は、修正案を来月中にも民主党側に示し、実務者レベルでの協議を進める考えを示した。継続審議となっている政府案の修正が狙いだが、参院選前の法案成立は困難視されている。

小委員会では共謀罪の名称を「テロ・組織犯罪謀議罪」と改名することで大筋了承していたが、さらに短縮。対象犯罪も修正原案では116-146だったが、傷害や窃盗などを加えた。

過去3回も、廃案になった共謀罪法案は、複数回にわたって自民・公明の与党側修正案も提示されてきました。2007年2月の段階では、対象犯罪をさらに絞り込んで「テロ・組織犯罪の謀議罪」として修正案をまとめようと自民党法務部会小委員会で決定をみたことも、記憶に刻んでいただきたいと思います。

共謀罪を創設するにあたり、国会審議に入ってみると、 対象犯罪が広すぎるという懸念を当時の与党側も有していたことがわかります。しかしながら、当時から10年後に政府がとりまとめた共謀罪を創設する「テロ等準備罪」は、676もの対象犯罪を列挙している内容でありながら、国会提出前に「50を減らす」「300まで半減」という議論が報道されること自体が、不可解でなりません。バナナの叩き売りのように、対象犯罪を減ずれば問題は解消するというほど、問題点は浅くはないと感じています。

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そもそも、共謀罪、陰謀罪はすでに限定的に存在しています。共謀罪は爆発物取締罰則第4条、特定秘密保護法第25条第1項(特定秘密の取扱業務従事者による同秘密の漏洩等) 第2項(特定秘密を業務により知得した者による同秘密の漏洩)等にあり、ほぼ同一の陰謀罪については、刑法第78条(内乱) 、第88条(外患誘致又は外患援助)、第93条(私戦)、破壊活動防止法第39条(政治目的のための放火)、第40条(政治目的のための騒乱等) 等にあります。

また何らかの準備行為をともなう予備罪については、組織的な犯罪及び犯罪収益の規制等に関する法律第6条(組織的な殺人) 第10条3項(犯罪収受等隠匿)、銃砲刀剣類所持等取締法第31条2(けん銃・小銃・機関銃又は砲の輸入)、航空機の強奪等に関する法律第3条(航空機強奪等)、化学物質の禁止及び特定物質の規制等に関する法律第40条(化学兵器の使用等)、41条(化学兵器の製造)、サリン等による人身被害の防止に関する法律第5条第3項(サリン等の発散)、41条(サリン等の製造等)、放射線を発散させて人の生命等に危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律第3条第3項(放射性物質の発散等)、第6条第3項(特定核燃料物質の輸出入等)...。

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およそ「テロ」に関連するのではないかと考えられるすでに存在する共謀罪・陰謀罪・準備罪を列挙してみました。ところが、法務省によるとまだ「穴」があるといいます。「例えば人身売買、詐欺(刑法)、航空機の危険を生じさせる罪(航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律、人質による強要などの罪(人質による強要行為等の処罰に関する法律)、営利目的の覚醒譲渡(覚せい剤取締法)には、予備罪、共謀剤等が設けられていない」と指摘していると聞きます。テロに関連して現存する共謀罪・陰謀罪・予備罪に穴があると認められるなら、その穴をふさぐ立法措置をしてはどうでしょうか。

金田法相、テロ等準備罪「一般人は対象とならない」(TBSニュース2017年1月20日)

テロなどの組織犯罪を計画した段階で処罰の対象となる「共謀罪」。その構成要件を厳しくした「テロ等準備罪」を新設する法案について、金田法務大臣は「一般の人が対象になることはあり得ない」と強調しました。

「一般の方々が対象となることはあり得ない」(金田勝年法務大臣)

これまでの「共謀罪」から名前を変え、構成要件を厳しくした「テロ等準備罪」。「共謀罪」は、集団で重大な犯罪を行うことを合意した段階で罪になるというもので、過去にも複数回、国会に関連法案が提出されましたが、全て廃案となりました。

「適応対象となる団体をテロ組織、暴力団、薬物密売組織など組織的犯罪集団に限定」(金田勝年法務大臣)

今回、政府は、対象者を限定した上で、さらに対象とする罪も絞り込むことも検討しています。

政府は、こうした説明を繰り返して、「ああテロ対策を厳重にする法案で、一般の人とは無縁のものだ」という印象を広げようとしています。「いやいや問題がある法案」だと疑問を投げかけると、「テロ対策に反対するのは、どうしてなのか」という声も出てくることでしょう。過去3回、廃案になった共謀罪を看板替えして、「テロ等準備罪」として国会提出するのであれば、立法目的は「テロ対策」であるはずですが、これまで見てきたように、ほとんどのテロ行為を実行段階の手前の共謀、予備、準備等で処罰する法律は、すでに存在しているのです。あえて「穴」があるとすれば、そこに限って立法措置をするべきだと思います。これで、「テロ対策」は強化されるはずですが、政府は、こうした選択肢をとらずに「676の対象犯罪」に包括的な共謀罪を設ける過去3回廃案となった法案と同じ体系で国会提出を進めています。

実は「テロ等準備罪」という名称の本質は、「テロ」ではなく「等」に込められているのではないでしょうか。「テロ対策」であれば、なぜ「テロ準備罪」とすっきりと呼べないのでしょうか。「テロ」の後に「等」をつけることで、「テロ対策」以外の「等準備罪」と呼ぶ広い範囲で共謀罪を成立させておきたいという意図はないでしょうか。

かつての国会論戦を思い起こすと、そもそも、日本には「共謀罪」を必要とするような社会状況(立法事実)はないというのが、法務省の説明です。それでは、なぜ共謀罪を創設するのかと問えば、国際組織犯罪条約を批准するためには共謀罪が必要だからだという説明が、かつても今も繰り返されています。

ところが、国際組織犯罪条約はテロ対策ではなく、薬物取引やマネーロンダリング(資金洗浄)の組織犯罪対策を目的としています。すでに、187の国・地域がこの条約を批准していますが、条約締結のために国内法で共謀罪を創設した国はどのぐらいあるのでしょうか。

「共謀罪」新設、2国だけ 外務省説明、条約締結に必要なはずが:朝日新聞 2017年1月20日

 犯罪の計画段階で処罰する「共謀罪」の構成要件を変えた「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり、外務省は19日、他国の法整備の状況を明らかにした。政府は「国際組織犯罪防止条約の締結のため、国内法の整備が必要だ」としているが、すでに条約を結ぶ187の国・地域のうち、締結に際して新たに「共謀罪」を設けたことを外務省が把握しているのは、ノルウェーとブルガリアだけだという。

民進党内の会議で外務省が説明した。英国と米国はもともと国内にあった法律の「共謀罪」で対応。フランス、ドイツ、イタリア、ロシア、中国、韓国は「参加罪」で対応した。カナダはすでに「共謀罪」があったが、条約の締結に向けて新たに「参加罪」も設けたという。

民進党は187カ国・地域の一覧表を出すよう求めていたが、外務省の担当者は会議で「政府としては納得のいく精査をしたものしか出せない。自信を持って説明できる国は限られている」と述べた。

政府はこれまで、条約締結のためには「共謀罪」か、組織的な犯罪集団の活動への「参加罪」が必要だと説明してきた。20日召集の通常国会に法案を提出する方針だ。(金子元希)

国際組織条約のために国内法を整備した国は、わずかであることがわかります。新たに「共謀罪」を創設しなくても、国際組織条約を批准することができるという見解が、日本弁護士連合会の「共謀罪新設に関する意見書」(2006年9月)で述べられています。

わが国においては、組織犯罪集団の関与する犯罪行為については、合意により成立する犯罪を未遂前の段階で取り締まることのできる処罰規定が規定され、整備されているのであり、新たな立法を要することなく、組織犯罪の抑止が十分可能な法制度は既に確立されている。

したがって、政府が提案している法案や与党の修正試案で提案されている共謀罪の新設はすべきでない。それでも犯罪防止条約を批准することは可能である。

10年の歳月を経て、かつての国会論戦を思い起こしながら書き出したら、次々と「書くべきこと」が連なってしまいました。まもなく、10年ぶりの本格的な国会論戦が始まりますが、さらに必要な論点があれば次の機会に記したいと思います。3回廃案になったのは、相応の理由があるということを御理解いただけたでしょうか。時間の関係で、すべてを書くことはできませんでした。以下の書籍も参考にしていただけたら幸いです。

(参考)

共謀罪については、新刊で私も共著者となった『共謀罪なんていらない』(合同出版) と、3回目の廃案となった国会論戦の直後に書いた『共謀罪とは何か』(2006年10月・岩波ブックレット)が出版されています。新刊本で私の書いた部分と、10年前のブックレットは一部重複していますが、どちらかをお読みいただけたら幸いです。

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