1ヶ月前、私は「バーニー・サンダースの勢いが止まらない 若者の熱い支持は世界を変えるか」(「太陽のまちから」2016年4月12日) と題したブログを投稿しました。公開直後から大きな反響をいただき、記事は多くの人々に読まれました。共和党の予備選では、ついにトランプが独走状態に入りました。テッド・クルーズ上院議員が選挙戦から撤退することで、「ドナルド・トランプ氏指名確実」の状況となっています。
テッド・クルーズ氏が撤退 トランプ氏の指名獲得が確実に【アメリカ大統領選】
2016年アメリカ大統領選を巡る共和党の指名争いで、2位につけていたテッド・クルーズ上院議員が5月3日(現地時間)、撤退を表明した。ハフポストUS版が伝えた。(2016年5月4日 ハフィントンポスト日本版)
一方の民主党は、4月19日のニューヨーク予備選挙まで、ヒラリー・クリントン前国務長官を7連覇で抑えていたバーニー・サンダース氏でしたが、ニューヨーク州で破れ、指名獲得の可能性は厳しくなっていると伝えられています。
19日のニューヨーク州予備選の前まで7連勝していたサンダース氏は、やや勢いに陰りがみられ、一般代議員獲得数でもクリントン氏にリードを許しており、指名獲得は困難な情勢で、民主党内で撤退圧力も強まっている。ただ、今回はロードアイランド州で勝利したほか、コネティカット州でも善戦。サンダース氏は26日夜に声明で「最後の投票が終わるまで選挙戦を続ける」と宣言した。最終決着は6月以降に持ち越しとなる可能性もある。(朝日新聞2016年4月26日)
最近になって、トランプ氏は従来からの主張を一変させ、「富裕層への課税」「労働者の最低賃金の引き上げ」を表明しています。身代わりの早いトランプが、今後この主張をどこまで貫くのかは不明ですが、アメリカ大統領選挙で、クリントン陣営はもちろんのこと、トランプ陣営でさえ、「サンダース氏の問題提起」を無視できなくなっていることを示していないでしょうか。
ドナルド・トランプ氏、一転して富裕層への課税を主張
アメリカ大統領選で共和党の指名獲得を確実にした不動産王、ドナルド・トランプ氏は5月8日、NBCテレビなど地元メディアで、大統領になれば富裕層への課税を強化し、労働者の最低賃金を引き上げる考えを表明した。2015年に公表した経済政策を一転させた形だ。 (ハフィントンポスト日本版2016年5月8日)
私は、バーニー・サンダース氏の「言葉の力」に注目をしています。サンダース陣営やサポーターたちは、秀逸な映像技術を生かしてシンプルで力強い「バーニー・サンダース」を短時間で見せる動画コンテンツを多数制作しています。5月はじめに目に止まった「道徳と正義」と題された動画をツイッターで取り上げたところ、勢いをもって瞬く間に広がり、多くの人々の感想を受け取りました。「力強い演説を聞いて、涙が溢れてきました」「サンダースがなぜ支持を受けるのか、この動画でわかりました」「これほど正面から深く訴える言葉に、不覚にも泣きました」という感想が続いた動画は4分ほどのものです。(動画の後、編集部の日本語訳をつけています)
道徳的に生きるとはどういうことでしょうか。
「道徳」について語るとき、そして「正義」について語るとき、私たちは理解しないといけません。
ごく少数の人間があまりに多くのものを手に入れる状況に、正義はありません。
そして、あまりに多くの人間が、ごくわずかのものしか手に入れられない状況に、正義はありません。
(富裕層の)上位1%の10分の1というごく一握りの人間が、90%の人々たちとほぼおなじ富を手にしているということに正義はありません。
(筆者注) 一握りの富裕層があまりに多くの富をさらっていき、わずかに残った部分を多くの人たちがほんの少しづつ手に入れるアメリカ社会に、「道徳」「正義」はどこにあるのかと正面から問います。
大勢の人たちが長時間労働を強いられ、誰が見ても低い賃金で一生懸命働いています。
それでも、家で待っている子どもたちがまともな食事にありつけるだけの収入は得られない。そんな状況に正義はありません。
アメリカ合衆国が、世界の主要国の中でもっとも子供の貧困率が高いという状況に正義はありません。
(筆者注) 一日中、懸命に長時間働き、手にする賃金で十分に子どもの空腹を満たしてあげることができない...子どもたちの表情が悲しい。
そんな私たちが、道徳、そして正義を語ることなどできるでしょうか。
自分たちの国の子供たちに背を向けているのに。
私たちの国は、世界で最も多くの人間を投獄するために多額の金をつぎ込んでいます。それなのに、自分の国の若者たちに仕事や教育の機会を与えるための金を惜しむのです。
(筆者注) 世界中の受刑者の4分の1を収容するアメリカの刑務所には、200万人を超える人々がひしめき巨額の財政負担を生んでいる。
私たちの国は主要国の中で唯一、権利として全国民に医療の保障をしていません。
全員、神の子なのです。貧しい人も、病気になったら医者に診てもらう権利があるのです。
誰もが分け隔てなく医療に接することができる権利、いのちの平等でもある。
考えてみてください。この偉大なる国が持つ可能性を。
他の主要国と同様、すべての人に権利としての医療を保障できる国になれるのです。
あらゆる働く親が、安くて質の高い保育を受けられる国になれるのです。
あらゆる子どもたちが、親の収入に関わらず大学教育を受けられる国になれるのです。
あらゆるお年寄りが、尊厳をもって、安全に暮らせる国になれるのです。
あらゆる人が、どんな人種や宗教、障害、性的指向であろうとも、生まれながらに十分保証されている、アメリカ国民としての平等の権利を享受できる国になれるのです。
みなさん、私たちはそのような国を作ることができるのです。
ともに立ち上がましょう。人々を分断させてはなりません。
(筆者注) 権利としての医療、質の高い保育、親の収入にかかわらず大学教育を受ける権利、高齢者の尊厳、差別なき平等の世界...人々の表情は明るい
アメリカの歴史は、人間の尊厳のために闘ってきた人たちの歴史であり、もがき苦しんできた人たちの歴史である。
彼らは「私は人類の一員だ。私には権利がある。あなたには私を不当に扱うことはできない」と闘ってきた。
人々は労働組合を結成し、抗議し、命を失い、暴行され、投獄された。
大勢の人々が立ち上がり、闘うとき、彼らは勝つのだ。
わずか4分間ながら、心の中にぐいぐいと入ってくる演説動画です。74歳のサンダース氏が孫ほど年齢の離れた若者たちの心をとらえ、あまりに過酷化した貧困に突き落とされた者たちと、富を独占する富裕層との格差に怒り、人間の尊厳を回復するために社会をつくり直していこう、立ち上がって闘おうと呼びかける演説動画です。
ゆっくりとシンプルだけれども、深いテーマがえぐられ、これでは駄目なんだと「NO」を突きつけると同時に、私たちには歪みを是正して公平な社会を再建できるのだという呼びかけの「YES」が前へ出てきます。否定形だけでなく、具体的なテーマの政策目標を持ち、ビジョンを明示すること。重要なことは、バーニー・サンダースという政治家に対しての「信頼」です。選挙の時に美辞麗句を並べながら、議席を得てしまえば本音は違うところにある信用ならない政治家は、掃いて捨てるほどいます。
「バーニー・サンダースの言葉の力」とは、生涯を貫いて語りかけてきた主張であり、考え方であり、哲学です。サンダース陣営は、予備選挙を最後まで戦い抜くことスタンスを固めながら、ヒラリー陣営との対話の可能性も否定しないとしています。
サンダース議員、クリントン氏の副大統領候補の受諾排除せず
米大統領選の民主党指名候補をクリントン前国務長官と争うサンダース上院議員は6日、クリントン氏が副大統領候補への就任を申し出た場合、これを引き受ける選択肢を排除しない考えを明らかにした。CNN記者との会見で述べた。
ただ、指名候補争いに決着を付ける米フィラデルフィアでの今夏の民主党全国大会までは戦いを継続すると明言。同大会後、自らの動向を決めるため副大統領候補として加わる問題を含めクリントン氏と必ず話し合う可能性に言及した。(CNN.co.jp5月7日)
今後、サンダース氏が民主党予備選で指名を受ける可能性は低くなっていますが、彼が首尾一貫して訴え続けてきた「ビジョン」は、政治の光景を一変させたと言われています。
バーニー・サンダース政治革命の未来は
ミレニアル世代の活動家たちはサンダース政権誕生の可能性に興奮していたかもしれないが、地平線上にもっと大胆な目標を見据えている人たちも多い。それは既成政治に代わる「草の根の、草の根による、草の根のための政治」だ。候補者に対する支持とふるい落としからワシントンでの行進にいたるまで、活動家たちは現状に対する人々の怒りを束ね上げ、それを選挙に影響を及ぼす形でぶつける経路を見いだそうとしている。(『ローリング・ストーン日本版』2016年5月7日)
若者たちに支えられた「サンダース現象」は、世代や皮膚の色や宗教の違いを超えて、草の根民主主義がたくましく育ち、また社会の隅々に浸透していく可能性を示唆していると感じます。サンダース氏が政策とビジョンを語る「言葉の力」は、若者たちの身体を動かし大きなうねりをつくりだしてきました。
その日、サンダースの集会はまるで『ピッチフォーク』のようだった
ラジオシティ・ミュージックホール、マディソンスクエアガーデン、それにブロードウェイを擁するこの街でもっともエキサイティングなチケットは、間違いなくサンダースの集会のチケットだ。これは、聴衆を惹きつけるサンダース自身の能力によるものであるとともに、サンダースのために演奏するインディーミュージシャンたちの出演ラインナップのおかげでもある。
「人々は音楽を愛しています。音楽は聴衆を興奮させるのです」。サンダースのキャンペーンマネジャーのジェフ・ウィーバーは語る。「これはすごいことです。われわれの陣営のために出演してくれるすべてのミュージシャンに、心から感謝します」(『WIRED』4月20日)
ドナルド・トランプ氏がメディアを手玉に取って、過激な発言で「既存の政治家」を容赦なく次々と攻撃し独走体制に入った今、アメリカ大統領選挙がどのような構図でたたかわれるのか、まだ予測しがたい不確定要素もあります。しかし、バーニー・サンダース氏の掲げた政策とビジョンは、すでに大きな課題として共有され始めています。
日本社会にも、やがてアメリカ社会に向かって断崖を落ちていくような格差の拡大、若者の希望の喪失、そして閉塞感が強まっています。ただ、サンダースなき日本では、20代・30代の若者は、政権与党が語る「安定」を頼りにしようとし、あるいは「既得権をぶっこわせ」という名ですべてを競争社会に投げ込んで、さらなる格差拡大と生きにくい社会をめざすトランプ型の主張に鋭く反応してきました。
私たちはすでに多くのヒントを、「バーニー・サンダースの言葉」から学ぶことができます。物事を曖昧にせず、特権を享受している人たちのパラダイスの不条理を突き、生存のための条件すら奪われた人々の尊厳を回復する道筋を描くことが力強く語られます。
日本社会は、アメリカの手前にあります。医療も介護も、義務教育も誰もが差別されない社会の枠組みが残りつつも、「規制緩和」と「自由競争」という名の強風にさらされています。すでに、高等教育を受ける権利は、子どもの意志にかかわらず、格差社会の中で経済的な条件で著しく制約され、人生のスタートラインから大きな負債=有利子奨学金というローンを抱えなくては進学できなくなっています。
この歪みを是正し、誰もが公平に同一のスタートラインに立てる社会をつくる責任は、私自身の大きな課題であり仕事でもあります。「サンダース氏の言葉」に、日本で人々の尊厳を回復させ、温かい相互扶助の社会をつくるために働こうと励まされています。
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