日本の官僚組織の中枢で起きた決裁文書改ざんという前代未聞の不祥事で、行政に対する信頼は大きく揺らいでいる。それが、なぜ、いかなる動機で行われたかを解明すべく、中心人物と目される佐川宣寿前国税庁長官の証人喚問が行われたが、「刑事訴追を受けるおそれ」で証言を拒否したために、財務省の決裁文書改ざん問題の真相解明は全く進まなかった。事件の真相が解明されないということになると、行政のみならず、政治に対しても国民の不信がますます深まることになる。
この件に関して、先週末、土曜日のBSジャパン「日経プラス10サタデー」、AbemaPrimeの「みのもんたのよるバズ!」、日曜日のBS朝日「日曜スクープ」等で、今後の方策として、国会証人喚問における刑事免責を導入することを提案した。
英米では、議会の調査において「刑事訴追を受けるおそれ」で供述を拒否した証人に「刑事免責」を付与することで、証言させる方法が、一般的に用いられてきた。日本でも、今年6月に施行される刑事訴訟法改正で、「日本版司法取引」と併せて、「刑事裁判における証人の刑事免責制度」が導入されることとなっており、刑事免責の導入に関する立法上の問題の大部分はクリアされている。
決裁文書改ざん問題の真相解明に向かって手段が見えなくなっている現状を打開するためには、今回の問題の被害者と言える国会で、「刑事免責制度」を導入する立法を行い、供述拒否権を行使できないようにした上で佐川氏の再度の証人喚問を行うこと、そして、国会において調査委員会を設置し、刑事免責を最大限に活用して関係者の聴取を行うこと以外に方法はない。
この提案の内容について、詳しく述べておくこととしたい。
国会の証人喚問でなぜ証言拒否が認められるのか
国政調査権は、国権の最高機関である国会(憲法41条)が、立法、行政監視その他国政上の重要な事項について調査を行う権限である。その重要な手段として認められているのが、「議院証言法」に基づく「証人喚問」であり、宣誓の上で虚偽の陳述をした場合には[三月以上十年以下の懲役]、宣誓・陳述を拒んだ場合には「一年以下の禁錮又は十万円以下の罰金」に処せられることから、真実を証言することが刑事制裁によって強制されることになっている。
しかし、自分の犯罪事実に関わる事項についても罰則によって証言が強制され、その証言内容が、刑事事件の証拠として使われることになると、事実上、自白を強制されることになり、憲法38条による「黙秘権の保障」に反することになる。そこで、「証人又はその親族等が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのあるときには証言等を拒むことができる」(議院証言法4条)として、証人に「証言拒否権」が与えられている。
諸外国での議会の調査での刑事免責の活用
今回の証人喚問で、佐川氏が決裁文書改ざんに関連する質問に対して証言を拒否したのも、この「証言拒否権」に基づくものだ。
それは、「自己の犯罪事実についての供述を強要されない」という憲法の「黙秘権の保障」に基づくものであるから、黙秘権を侵害しない方法をとることで、「証言拒否権」を認めず、刑事制裁で証言を強制することも可能だ。
イギリスやアメリカでは、刑事裁判において、刑事訴追を受けるおそれがあることによる供述拒否権を行使して証言を回避しようとする証人に対して、議会の議決で「刑事免責」(immunity from prosecution)を付与して証言を強制するという手段が講じられてきた。そして、その手法は、議会での調査における証人喚問においても、重要な手段とされてきた。
アメリカでは、昨年、トランプ大統領の補佐官(国家安全保障担当)だったマイケル・フリン氏が、大統領選でロシアの干渉があったとされる疑惑について、「訴追免責」を条件に議会で証言する意向を示したが、議会側が拒否したと報じられた。
このように、英米では、議会での調査に関して、「刑事訴追を受けるおそれ」を理由とする「証言拒否」に対する有力な手段として、議会証言による刑事訴追が行われるおそれをなくすことで証言拒否の理由を失わせるという「刑事免責」が用いられてきた。
日本の国会証人喚問について刑事免責が議論されなかった理由
日本でも、国会の証人喚問で、「刑事訴追を受けるおそれがある」として「証言拒否」が行われることは過去に数多く繰り返されてきたが、「刑事免責」によって証言拒否権を失わせることが議論されたことは、全くと言っていいほどない。
その最大の理由は、英米と日本との刑事司法制度の違いである。日本では、刑事裁判においても、「証人に対する刑事免責」が認められてこなかったので、国会の証人喚問での刑事免責を議論する余地もなかった。
刑事事件において、「司法取引」による決着が一般的な英米では、刑事処分に関して、「特定の犯罪について、疑いがあっても不問に付す」という方法自体にもともと抵抗が少ない。そのため、国政に関わる重要事項について、議会の調査権の実効性確保という目的達成のため、「特定の犯罪について証人に対する訴追の可能性をなくす」という方法を用いることにも、違和感がない。
しかし、「実体的真実主義」がとられてきた日本の刑事司法においては、他の目的のために、「特定の犯罪について、疑いがあっても不問に付す」ということ自体が認められておらず、一部の犯罪を認めたり捜査公判への協力をしたりする見返りに、一部の犯罪を不問に付したり刑を軽くしたりする制度もなかった。
しかし、このような日本の刑事司法制度は、今大きく変わろうとしている。2016年の刑事訴訟法改正(2018年6月施行)で「日本版司法取引」に加えて、あまり知られていないが、「刑事裁判での証人尋問での刑事免責制度」も導入されることになった。日本の刑事司法制度も大きく変わろうとしているのであり、国政調査権に基づく証人喚問で刑事免責を導入することに関して、これまでのような制度上の問題はほとんどなくなっていると言える。
「政治ショー」に過ぎなかったこれまでの国会証人喚問
「刑事訴追を受けるおそれ」を理由とする「証言拒否」に対する「刑事免責」という、有効な手段が全く議論されなかったもう一つの理由は、これまでの国会での証人喚問が「政治ショー」的な色彩が強く、国会議員の側で、真相解明のために証人喚問の実効性を高めてそれを活用しようとする発想が希薄だったことだ。
過去に行われた国会での証人喚問の多くは、国会議員や閣僚の政治資金問題やスキャンダル等の個人的問題で、犯罪捜査が同時並行で行われていたり、その後の刑事責任追及が必至な事例だった。「刑事訴追のおそれ」で「証言拒否」が予想される場合でも、敢えて喚問が実施される目的は、もっぱら政治的アピールであり、証人喚問によって事実解明が行われることはほとんどなかった。
今回の佐川氏証人喚問でも、与党側の質問では、丸川珠代議員の、事前に想定問答がセット済みであるような質問で、
「安倍総理からの指示はありませんでしたね。」
など誘導的な質問をしたり、
「少なくとも今回の書き換え、そして森友学園の国有地の貸し付けならび売り払いの取り引きについて、総理、総理夫人、官邸の関与がなかったということは証言を得られました。」
などと強調したりするなど、自民党にとって証人喚問の目的が「真相解明」ではなく、「安倍首相・首相夫人の関与の否定」だったことを印象づけた。
一方、野党側は、多数の質問者が「顔見世興行」的に次々と登場したため、質問が細切れとなった上、「証言拒否」が想定される事項の質問を繰り返すだけで、与党議員の質問に対する証言内容を問いただすこともせず、有効な追及はほとんどなかった。
今回の財務省の決裁文書改ざん問題は、「国有地の売却という行政上の意思決定に関する決裁文書が、事後的に改ざんされた上で提出されて国会が騙された」という、議会制民主主義を根底から揺るがす問題であり、国民とともに「被害者」の立場にある国会および与野党の国会議員は、国会での国政調査の機能を最大限に高めることに真剣に取り組むのが当然である。
しかも、刑事訴訟法改正で、刑事裁判の証人尋問に「刑事免責」の制度が導入されたことで、「刑事訴追を受けるおそれ」を理由とする証言拒否に対して、最も効果的な対抗策である「刑事免責」を導入することに、立法技術上の困難性はほとんどなくなっているのである。「国権の最高機関」である国会が行う証人喚問について、刑事裁判と同様の「刑事免責」を導入する立法を行うことを否定する理由はない。
議院証言法への刑事免責の導入
では、具体的にどのようにして、国会の証人喚問に刑事免責の制度を導入することができるのか。
まず、刑事事件の証人尋問に導入される刑事免責に関する改正刑事訴訟法の規定を見てみよう
157条の2
1 検察官は、証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋問を予定している場合であつて、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状その他の事情を考慮し、必要と認めるときは、あらかじめ、裁判所に対し、当該証人尋問を次に掲げる条件により行うことを請求することができる。
一 尋問に応じてした供述及びこれに基づいて得られた証拠は、証人が当該証人尋問においてした行為が第百六十一条又は刑法第百六十九条の罪に当たる場合に当該行為に係るこれらの罪に係る事件において用いるときを除き、証人の刑事事件において、これらを証人に不利益な証拠とすることができないこと。
二 第百四十六条の規定(注:証人尋問における証言拒絶権の規定)にかかわらず、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができないこと。
2 裁判所は、前項の請求を受けたときは、その証人に尋問すべき事項に証人が刑事訴追を受け又は有罪判決を受けるおそれのある事項が含まれないと明らかに認められる場合を除き、当該証人尋問を同項各号に掲げる条件により行う旨の決定をするものとする。
上記の規定から明らかなように、今回の刑訴法改正で導入される「刑事免責」は、証人に対して、証人自身が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋問を予定している場合に、裁判所に対して、当該証人尋問を、
①尋問による供述、及びこれに基づいて得られた証拠を、証人の刑事事件において、証人に不利益な証拠とすることができない
②証人は、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれがあっても、証言を拒むことができない
という条件で実施することを請求することができるというものだ。
この制度は、英米各国では使われている、証人が当該犯罪について刑事訴追自体を行えないようにするという事件免責(case immunity)ではなく、その証言が証人に不利益な証拠として使用されないようにするという使用免責(use immunity)によって、証人が供述拒否権を行使できないようにしようとする制度だ。刑事免責が行われた場合でも、当該証言やそれに基づいて得られた証拠「以外の」証拠によって起訴される可能性を完全に失わせるものではない。それによって、日本の刑事司法制度との整合性を図ったものだ。
これと同様の制度を、国会での証人喚問に導入するとすれば、議院証言法を改正し、「各議院は、証人が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋問を予定している場合であつて、当該事項についての証言の重要性、関係する犯罪の軽重(及び性格)その他の事情を考慮し、必要と認めるとき」に、「当該証人喚問を、刑事訴訟法が規定する上記①、②の条件で実施することができる」という規定を設けるのである。
このような「刑事免責」を行って証人喚問を実施することが相当かどうかについては、主として、当該事項についての証言の重要性と、関係する犯罪の軽重及び性格を考慮して判断することになる。もちろん、刑事処罰を優先させるべき「凶悪事件等の重大な個人犯罪」について、捜査機関が捜査を行っているのに、国会がそれに介入するような刑事免責を行って起訴を妨害するというようなことは許されない。刑事免責を付与して証人喚問を行うべき事件は、事件の性格が、国会の国政調査権による事実解明を優先するのが相当と考えられるものに限定すべきだろう。
今回の財務省の決裁文書改ざん問題は、まさに、財務省が組織的に行ったものであり、「刑事処罰」より「国会での事実解明」を優先すべきであることは明らかだ。
「刑事免責」を認めることと併せ、国会がこの問題についての特別調査委員会を設置し、そこで行う関係者の聴取についても、刑事訴追のおそれがあることを理由とする供述拒否が行われた場合に、委員会が議院に請求して、証人喚問の場合と同様の「刑事免責」を行うことができるようにする法律の制定も行うべきであろう。
刑事免責を導入した上での再度の佐川氏証人喚問
このような緊急立法によって、国会証人喚問において刑事免責を行えるようにした上で佐川氏を再度証人喚問すれば、決裁文書を見たか否か、その時期も含め、改ざんへの関与の有無に関する質問についても、「刑事訴追を受けるおそれ」を理由に拒否することができなくなる。安倍首相及び首相夫人の関与又は影響についても、「一連の書類等に基づいて勉強した範囲では、関与・影響があったとは考えていない」などという間接的な証言は許されず、関与・影響の有無、決裁文書改ざんとの関係についても、正面から答えざるを得なくなる。それによって、今回の問題の真相解明に向けて、大きく前進できることは言うまでもない。
先週土曜日の、BSジャパン「日経プラス10サタデー」に出演した際も、この刑事免責の導入について発言したが、そこで、共演していた元検事で元衆議院議員の若狭勝弁護士は、「この問題は政治的問題なので、刑事免責を導入しても、真相は明らかにならない」と発言した。
もちろん、そのような立場に立たされた時の佐川氏がどのような証言を行うのかはわからない。しかし、まずは、佐川氏が証言を拒否できない状況を作るべきである。そして、国会証人喚問で、偽証の制裁に加えて、刑事免責によって供述拒否権も失わせるという大きな武器が与えられたならば、そこで真実を語らせることに向けて最大限の努力を行うのが、質問に立つ国会議員の使命だといえる。
刑事免責を導入した上での佐川氏再喚問ということになれば、そこで質問に立つ与野党の議員が、前回証人喚問と同様の政治的パフォーマンスにとどまっているか、真実を解明するための真剣勝負に臨んでいるか、厳しい国民の評価にさらされることは言うまでもない。
政治の混迷の長期化と検察がキャスティング・ボートを握る危険
北朝鮮をめぐる情勢が、中朝首脳会談、米朝首脳会談等で急展開を見せるなど、国際情勢は緊迫の度合いを深めており、本来、国会や内閣は、外交上の問題への対応に全力を傾注すべきであることは言うまでもない。しかし、一方で、財務省の決裁文書が改ざんされた問題の方も、日本の民主主義の根幹に関わる、絶対に看過できない問題である。
今後も、その真相解明を求める国民の声は収まるとは思えないし、それを受けて野党側の政府への追及が続くという国会と政治の混迷は長引かざるを得ない。
刑事免責の導入を行わない限り、国会での真相解明は、前回の佐川喚問で手詰まりとなり、当事者の財務省の調査にも期待できず、結局、検察の捜査による真相解明に国民の期待が集中することになる。
しかし、この決裁文書改ざん問題を刑事事件化することが常識的には容易ではないことは、問題表面化直後から指摘してきたところだ(【森友文書書き換え問題、国会が調査委員会を設置すべき】)。それにもかかわらず、佐川氏が国会証人喚問で「刑事訴追の恐れがある」と繰り返したことで、刑事処罰を求める世論が高まり、検察は相当なプレッシャーを受けることになる。特捜部の現場からは、それを「追い風」に、告発されている公文書犯罪や背任罪の容疑で財務省本省への捜索などの無理筋の強制捜査に着手しようとする動きが出てくる可能性もないとは言えない。その場合、森友学園への国有地売却についての財務省の背任事件についても、本来は、「自己又は他人の利益を図る目的」という主観的要件の関係で立件は困難だと考えられるが、「森友学園」という「他人の利益を図る目的」というストーリーを無理矢理設定して刑事事件化ということも、全く考えられないことではない。その場合、「安倍昭恵名誉校長」が、「森友学園の利益を図る動機」とされることになり、そのような被疑事実による強制捜査が行われること自体が、財務省のみならず安倍政権に大打撃を与えることは必至だ。
そういう意味で、この決裁文書改竄に関する公文書犯罪と、国有地売却に関する背任という「二つの無理筋の事件」で強制捜査に着手することは、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で信頼を失墜し、それ以降、鳴かず飛ばすだった検察にとって、失地回復の大チャンスにもなる。それどころか、検察が、政治のキャスティング・ボートを握るという、民主主義社会として極めて不健全な状況を招来することになりかねない。
中央官庁のトップに位置する財務省が、国会に提出する決裁文書を組織的に改ざんしたという前代未聞の行政不祥事に対して、「証人喚問への刑事免責制度の導入」という新たな武器を導入して、国会自らが事実解明を行うことができるかどうか、それとも、当事者の財務省の調査と司法判断に全てを丸投げするという無責任な対応で終わるのか、日本の議会制民主主義は、大きな岐路に立たされている。
(2018年4月2日郷原信郎が斬るより転載)