プロ野球「統一球問題」、不祥事の本質は「環境変化への不適応」

日本野球機構(NPB)の統一球問題で、第三者委員会が設置され、6月28日に、第一回会合が開催された。9月末を目途に報告書を取りまとめるとのことだ。

日本野球機構(NPB)の統一球問題で、第三者委員会が設置され、6月28日に、第一回会合が開催された。9月末を目途に報告書を取りまとめるとのことだ。

組織の重大な不祥事が発生した際、内部調査だけではなく、第三者委員会が設置され調査が行われる場合が多い。その主たる目的が、利害関係のない第三者が調査を行うことで、調査の客観性を確保し、問題の真相を明らかにすることにあるのは言うまでもない。

しかし、第三者委員会の設置には、もう一つ重要な意義があることを忘れてはならない。それは、問題の本質を明らかにし、組織の在り方について抜本的な是正策を提案することだ。重大な不祥事が発生する背景には、必ずと言っていいほど、何らかの構造的な問題が存在する。しかし、その構造に組み込まれている内部者は、もともと、その認識自体希薄である上、様々な利害が絡んでいるため、その構造的問題を原因として指摘することは極めて困難だ。構造と無関係な第三者だからこそ、事実関係を徹底して明らかにし、構造的な問題を本質的な原因として指摘することが可能となる。そして、それこそが、不祥事を契機に組織の在り方を抜本的に変革することにもつながる。

私が委員長を務めた九州電力「やらせメール」問題の第三者委員会では、福島原発事故によって「絶対安全神話」が崩壊したことによる原発の世界をめぐる環境激変に九州電力の組織が適応できなかったことが問題の本質であること、その背景に、電力会社と原発立地自治体との不透明な関係という構造があることを指摘したのに対して、九州電力の経営トップは反発し、その点を除外して都合の良いところだけを「つまみ食い」した報告書を経産省に提出し、経産大臣から厳しい批判を受けた。⇒拙著【第三者委員会は企業を変えられるか~九州電力「やらせメール」問題の深層】(毎日新聞社)

今回の「統一球問題」というのは、日本野球機構(NPB)による「二つの隠ぺい」が問題になったものだ。

第一に、野球というスポーツにとって、まさに「魂」とも言える試合球について、反発係数という重要な要素が変更されたにもかかわらず、それが、試合の当事者である球団やプロ野球選手たちに「隠ぺい」されていた問題、そして、第二に、そのような当事者側から、反発係数が変更されたのではないかとの疑問の声が上がり、プロ野球ファンの間でも話題になっていたのに、変更した事実が否定され「隠ぺい」されていた問題である。この「二重の隠ぺい」が、NPBという組織の不祥事であることは、誰の目にも明らかであろう。

加藤コミッショナーは、記者会見で、「2日前に知らされた。不祥事ではない」と繰り返した。同氏の言い分によれば、「組織のトップが認識した上で起こした問題だけが『不祥事』」ということになるが、それが通用するとでも思っているのであろうか(下田事務局長は、当初は、加藤コミッショナーに相談した上でボールを変更したと認めていたものであり、問題を認識していなかったという加藤コミッショナーの弁解も極めて疑わしい)。国民の関心が高いプロスポーツを担う組織のトップとして、常識を疑わざるを得ない発言である。

今回、第三者委員会が設置されることになったことも、今回の統一球問題が立派な「不祥事」であることを、加藤コミッショナー自身も認めざるを得なくなったことを示していると言えよう。

関連する報道によると、この問題の経過は以下のようなものだったようだ。

プロ野球の試合球は、かつては各球団が独自に調達していたが、ワールド・ベールボール・クラシック(WBC)というプロ野球の国際大会等の国際基準に合わせることなどを目的に、プロ野球全体で試合球を統一することになり、2011年度からミズノ製の低反発ゴム材を用いた球が採用されることになった。(かつてはミズノ、アシックス、ゼット、久保田スラッガーの4社が供給していた)。この制度を導入したのが加藤現コミッショナーであった。

ところが、統一球導入後のシーズンから極端な投高打低となり、導入された統一球が大リーグで使用されている球より反発係数が低いのではないかとの疑問が選手から上がったことから、2012年4月24日、日本プロ野球選手会は、NPBと12球団に対して、統一球について改めて検証と見直しを求めた。だが、NPB側は統一球の見直しについて否定的な回答をし、2013年度も従来の統一球が使用されることになった。

しかし2013年度シーズンが開幕すると、ホームラン数、打率ともに、前シーズンを大幅に上回り、全体的に打者成績が向上したために、各方面から、今シーズンから試合球が変わったのではないかと疑惑が出始める。当初、NPBも製造元であるミズノも一貫して否定していたが、ついに、6月11日に行われた日本プロ野球選手会との事務折衝で、選手会が統一球の検証と説明を求めると、NPBは、仕様を変えていた事を認めた。

下田事務局長によれば、本来の規格では球の平均反発係数を0.4134~0.4374に定めているが、NPBが昨季中(2012年度)ボール検査を行った結果、反発係数の平均が基準の下限値を下回るケースが出たという。そのため、夏ごろにミズノに「13年の統一球では反発係数が下限値を下回らないように」と調整を指示する一方、ミズノに対しては、統一球に関する問い合わせには「全く変わっていない」と答えるよう口封じを指示していたとのことだ。

では、今回、元最高裁判事を委員長、元特捜検事の弁護士もメンバーに加わり、日米のプロ野球で活躍した桑田真澄氏をアドバイザーとする第三者委員会での調査・検討において重要となるのは、どのような点であろうか。

最も重要なのは、この問題の本質をどうとらえるかである。

コンプライアンスは「法令遵守」ではなく、組織が社会的要請に応えることだ、と私はかねてから強調してきた。そして、最近、組織の活動が社会の要請に反し、社会から批判・非難を受ける「組織の不祥事」の最大の原因になっているのが、「環境変化への不適応」である。社会はますます複雑化・多様化し、しかも、激しく変化している。それに応じて、組織は変わっていかなければならないが、組織にはもともと「変わることへの抵抗」があり、抜本的な変化を遂げることは容易ではない。変わらなければ社会の要請に応えることができないのに、変わることができない。それが、組織の不祥事につながる。

前述したように、九州電力の「やらせメール問題」も、まさに、原発事故をめぐる環境の激変に適応できないことによって発生した不祥事なのである。

今回の問題の背景にも、プロ野球の世界をめぐる大きな環境変化があったのではないか。

この20年程の間に、プロ野球をめぐる状況は大きく変わった。かつては、僅かな数に制限されていた外国人選手枠も大きく拡大し、一方で、野茂、佐々木、イチローなどを始め、大リーグで活躍する日本人選手も飛躍的に増えた。そして、2006年からはプロ野球の国際大会のワールドベースボールクラシック(WBC)も開催され、日本チームは優勝も成し遂げている。

こうしたプロ野球の国際化の中で導入されたのが統一球という制度だったと言ってよいだろう。かつての日本のプロ野球は、各球団がフランチャイズの球場で主催する「興行」的な性格のものに過ぎなかった。使用する試合球についても、その主催者の球団側の裁量に委ねられていた。しかし、プロ野球の世界が国際化し、選手の能力評価も国際レベルで行われるようになれば、試合で使われる球の品質にも統一性が求められることになる。こうした背景の下に、統一球という制度の導入が行われたのであろう。

問題は、そういう国際化の流れという大きな環境変化の中で、統一されたプロ野球全体を管理・運営する組織としてのNPBが担う役割が一層大きなものになっているにもかかわらず、組織の中身がそれに適応できていなかったのではないかということである。統一球問題は、まさに、その結果として発生したものとみることができる。

プロ野球全体で使用する試合球を統一するのであれば、試合球が統一球としての品質を充たしていることと、大量の試合球を安定的に供給することの二つが必要となる。

統一球については、重量や反発係数等に関して客観的な基準が設定され、すべての試合球の品質が基準を充たしたものである必要があることに加え、プロ野球のすべての試合で使用するための試合球に不足が生じないようにするため、相当な数量の在庫を確保しておく必要があるのである。

プロ野球全体を管理・運営するNPBが、その一つひとつにコミッショナーのサインを入れて統一球という制度に責任を持つのであれば、この「品質確保」と「安定供給」に責任を負うこととなる。

かつてのように、各球団が個別に試合球を調達していた頃は、このような問題は生じなかった。NPBがプロ野球全体の試合球を統一する制度を導入するのであれば、それに伴ってNPBにも重大な責任が生じることになるのである。

そこで問題となるのは、「品質確保」「安定供給」を実現するための方策である。

「品質」の維持という面で、反発係数等の球の性能を一定に維持しようと思えば、同一の製造設備で生産される製品が望ましいのであろう、そういう意味では、一社から独占的に供給を受けることになるのは致し方ないことのように思える(実際に、アメリカのプロ野球でも、一社が独占して供給している。)。

しかし、その「一社独占」には別のリスクが伴うことも否定できない。もし、独占的に供給するその一社が供給する試合球が基準を充たしていないことが判明した場合、他社から供給を受けることが困難であれば、試合球の供給に重大な問題が生じることとなる。

まさにそのリスクが表面化したのが今回の問題だったと見ることもできよう。

今回の問題は、2012年のシーズン途中に、ミズノ製の試合球の反発係数を調べたところ、下限値を下回っている球があることが明らかになったことに端を発する。この段階で、NPBには、反発係数が低い球が含まれる統一球の在庫が相当な量あったはずだ。

その段階で、統一球の反発係数が基準を下回っていることを公表すれば、在庫の統一球は使用できなくなる。統一球を独占的に供給するミズノには13年の統一球の反発係数が下限値を下回らないように調整を指示することはできても、12年のシーズンに使う試合球には間に合わない。それによって、試合球が不足するだけでなく、使えなくなった統一球を廃棄せざるを得なくなることで多額の損失が生じることになる。

ミズノ製の統一球の反発係数が下限値を下回っていることが明らかになった段階で、その事実を公表せず、ミズノにも口封じを指示したのも、NPBにとっては、シーズン中のプロ野球の試合を続行するために、やむを得ない、苦渋の選択だったということなのかもしれない。

そして、2013年のシーズンには、ミズノの側で、反発係数が下限値を下回らないよう改善が行われ、それによって前シーズンとは様変わりで、明らかに打撃優位の状況になったが、反発係数を高めた事実を公表すると、前年のシーズン途中での「隠ぺい」が明らかになるので、選手会側からの質問にも、その事実を否定し続けるという「第2の隠ぺい」が行われることになったのではないか。

以上は、関連する報道等から、今回の統一球問題の経過を私なりに推理してみたものに過ぎないが、もし、実際の経過がこの通りであるとすると、根本的な問題は、「二つの隠ぺい」ではなく、統一球の導入の時点で、ミズノ一社から独占的に供給を受けることにしたことに伴って、このような「品質問題」が発生するリスクを想定し、対策を考えていなかったところにあったということになる。

そうだとすれば、今回の問題について責任を負うべきは、反発係数の低下の問題に実務的に対応した下田事務局長ではなく、統一球という制度の導入を決定し、すべての球に「日本野球機構 コミッショナー 加藤良三」と署名を入れて品質を保証した加藤コミッショナーということになる。

第三者委員会は、9月末を目途に、調査結果を報告書として取りまとめて公表するとのことであるが、調査においては、以下の点がポイントとなるであろう。

第1に、統一球の導入時、ミズノ一社に独占的に供給させることに決定した手続きに問題がなかったのかどうか。統一球の「品質確保」「安定供給」に関して、NPBにおいてどのような検討が行われたのか。

第2に、2012年のシーズン途中に、統一球の反発係数が下限を下回ることが明らかになった際、NPBとミズノとの間でどのような交渉が行われ、その際、両者の利害関係がどうなっていたのか(もし、その事実を公表した場合、既に製造されていた基準外の統一球が使用できなくなることによる損失はどちらが負担することになっていたか)。そして、その点についてNPB内部においてどのような検討が行われたのか。

第3に、選手会側から、統一球について検証と説明を求められた際の対応について、NPB内部でどのような検討が行われ、対応が決定されたのか。

今回の統一球問題の経緯が、前述したとおりであり、統一球導入時の際のNPBの対応に根本的な問題があるとしても、この問題に関して指摘されている様々な問題や、取りざたされている疑惑に関しても、十分な事実解明が行われる必要がある。まずは、第三者委員会による真相が行われなければ、日本のプロ野球を担うNPBの組織としての信頼回復は望めない。

今回の第三者委員会には、現役時代「マムシの善三」と称され辣腕検事として活躍した元特捜部副部長の佐々木善三弁護士が加わっている。NPBとミズノとの間に不透明な関係がなかったのか、加藤コミッショナーは問題にどのように関わったのかなどの事実の解明に元特捜検事としての手腕が発揮されることが期待される。

そして、最終的には、第三者委員会の調査により、事実関係が明らかになった上で検討すべきことであるが、統一球という制度の是正策の方向性について、現時点で考え得ることを指摘しておこう。

組織をめぐる環境が激しく変化する中で、あらゆる組織にとって、新たな環境に適応し、社会の要請に的確に応えていくことはますます困難になっている。そこで、重要となるのが、変化しつつある組織活動の現場の実態に適合したルールを、組織が自主的に作り上げていく、という「ルールの創造」である(この考え方は、拙著【組織の思考が止まるとき~「法令遵守」から「ルールの創造」】(毎日新聞社:2011年)で、初めて提唱した。)。

NPBが統一球を導入する際、プロ野球全試合で統一して使用される試合球に求められる「公正さ」を担保し、なおかつ、「品質確保」と「安定供給」を両立する仕組みについて、ルールを整備しておく必要があった。

このルールに関して重要となるのが、選手にとって「魂」とも言える試合球の品質・属性についての情報を、選手に十分に開示することである。反発係数は、選手にとって、投球や打撃の組み立てにも影響するものなのであるから、その情報が選手や球団の側に逐次開示されることがルール化される必要がある。その点についてルールが設定されていれば、統一球の反発係数が下限を下回っていることが明らかになった場合も、そのルールに則って情報開示を行うことで、混乱は最小限に抑えることができたはずだ。

プロ野球の国際化に伴って環境が激変し、プロ野球全体を運営する組織に対する社会の要請が変化する中で、NPBは試合球の統一という課題に直面し、その対応に関して重大な不祥事を起こした。この不祥事を機に、新たな環境に適応し、新たな社会的要請に応えられるNPBとなるよう抜本的な改革を行うことが不可欠であり、そのためにも、今回設置された第三者委員会には、徹底した真相解明と、問題の本質を踏まえた是正策の提言を行うことが求められている。

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