前回ブログ記事【小池都知事「豊洲市場問題対応」をコンプライアンス的に考える】で述べたことを踏まえ、今回は、小池知事が指摘した「豊洲市場の建物の地下に『盛り土』をせず地下空間を設置した問題」について、これまでの経緯と現状を具体的に検証し、小池知事と東京都の対応のコンプライアンス的視点からの分析・評価を行う。
上記ブログ記事でも予告していたものだが、専門家会議、技術会議についての会議資料に基づく法的検討等に想像以上の時間を要した。かなりの長文になるが、末尾の「本件について都知事として行うべきであった発言・説明についての私案」とともに、一挙に掲載することとしたい。
小池氏の「コンプライアンス対応」が招いた「最悪の事態」
小池氏が9月10日の「緊急会見」で述べたことは、以下のように整理できる。
(a)敷地に全面盛り土をすると情報開示していたが、誤りがあったので訂正する。
(b)建物の地下に盛り土をせず地下空間を設置したことは、「専門家会議」の提言に反しているので、土壌汚染対策の安全性についてオーソライズされておらず、行政的にも問題がある。
(c)したがって、盛り土をせず地下空間を設置したことで安全性に問題がないのかを、「専門家会議」に意見を求めなければならない。
(d)行政手続的な問題や情報公開が誤っていた問題について市場担当者や当時の担当者等に話を聞く必要がある。
これら(a)~(d)の小池氏の発言は、コンプライアンス的に見ると、形式的には一応正しい。この時点での小池氏の発言や示した方針は正当なもので、特に問題はないように思える。
しかし、その小池氏の知事会見での「コンプライアンス的対応」を契機とする豊洲市場問題のその後の展開が、市場関係者にとっても、最終的に損失を負担することになりかねない都民にとっても、最悪の事態となっていることは明らかである。
11月18日の都知事定例会見で小池氏が明らかにしたところによると、専門家会議や市場問題PT等での検討の結果、豊洲市場の安全性が確認された場合でも、移転時期は早くて1年後の2017年冬から2018年春、環境アセスメント(影響評価)をやり直す場合は、さらに1年程度延びるとのことである。
それによって、既に完成している豊洲市場の施設の維持管理費に一日約500万円(年間では20億円近く)かかるのに加えて、豊洲への移転を前提に既に設備を導入し稼働させている業者、必要な要員を確保して人件費をかけている業者への補償、老朽化した築地市場の維持補修のための費用等、移転が遅延したことのよる最終的な費用が、膨大な金額に上ることは必至である。
豊洲への移転の延期に伴って、老朽化した築地市場の使用を継続しなければならないことの問題も深刻だ。音喜多都議が、ブログ記事【豊洲市場に「ゼロリスク」を求め続けるとどうなるか?冷静に検証してみた結果...[築地移転問題]】でも指摘しているように、現在の築地市場には、小型ターレトラックと大型トラックの動線が混在し、さらにそこに観光客などの歩行者が加わるという、一般常識からは考えられない混沌とした交通環境になっており、交通事故も多発している。
また、平成27年に、場内洗浄や活魚用水に使用されている濾過海水から、発がん性物質である「トリハロメタン」が環境基準値を超えるレベルで検出されている問題のほか、いまだに市場内に残置されているアスベストの問題などもあり、そのような劣悪な環境下で、生鮮食品の市場が今後も長期間運営され続けること自体が、都民にとって重大な不利益となっている。
今後必要となる「業者への補償」の原資について、小池氏は、11月18日の定例記者会見で、記者の質問に答え、「基本的には"市場会計"という独立したものなので、それをベースにする」、「市場という独立性のあるものの中で処理する。」と述べているが、そもそも、今回の移転延期は小池氏が都知事として決定したものであり、業者には何の責任もない。「独立した"市場会計"の中で処理する」ということになると、市場会計が市場参加者の業者の負担で成り立っている以上、何らかの形で負担を業者に求めることになる。全くの筋違いであり、業者側は到底応じられないだろう。
今回の豊洲への移転延期の長期化による損失が、都の一般会計に巨額の負担、すなわち都民の税金による直接の負担を生じさせることは避けがたい。
小池氏が指摘した「オーソライズされていない」と「行政的な問題」
小池氏は、9月10日、土曜日の「緊急会見」を行う際に、今回の「盛り土・地下空間」問題を、どのような問題ととらえていたのか。
まず、「敷地全面に盛り土を行っている」を情報開示・説明をしていたのに、実際には、建物の下は盛り土をせず地下空間が設置されていたのであるから、東京都の情報公開に問題があったことは間違いない。
小池氏は、まず、この点を指摘し、訂正している。重要なことは、東京都という行政組織が「情報開示の誤り」という問題を起こしたのであるから、小池知事は、その組織のトップの東京都知事として、都民に謝罪をしなければならないということだ。ところが、小池氏は、他人事のように「訂正します」と言っているだけで、全く謝罪を行っていない。当時の石原知事個人の問題と「東京都の組織」の問題とが区別されていないように思える。
「情報開示が誤っていた」という問題だけであれば、基本的には情報開示の内容を「訂正」して、十分に周知と謝罪をすればよい話である。重要なのは、それ以上に実質的な問題があるか否かである。ところが、小池氏が問題にしたのは、建物の地下に盛り土をせず地下空間を設置したことが、「専門家会議」の提言に反しているので、「土壌汚染対策の安全性についてオーソライズされていない」ことと、そこに「行政的な問題がある。」という点であった。
「オーソライズ」という言葉の正確な意味は「正当と認めること。公認すること、権能を与えること。」である。
つまり、「土壌汚染対策の安全性についてオーソライズされていない。」という小池氏の指摘の意味は、土壌汚染対策の安全性は、専門家会議が認めることによって初めて、東京都が決定した土壌汚染対策として「正当」とされるのであり、「専門家会議のオーソライズ」がないと、いかなる方法であっても(誰が安全だと言っても)、正当なものとは認められない、という意味であろう。そして、小池氏は、「正当」とは認められないまま、「建物の地下に盛り土をせず地下空間を設置する」という方法がとられていたことが「行政的な問題」だとしたのである。
問題は、「専門家会議」が、そのように、土壌汚染対策の「正当性」を認める「権能」を持つような存在なのか否かである。この点に関しては、「専門家会議」の設置目的、法的位置づけと、その構成メンバーの専門性の両面から疑問がある。
「専門家会議」は地方自治法上の「オーソライズ機関」ではない
官公庁・自治体では、行政上の決定に関して、審議会・委員会等の外部者による審議・検討を行うという方法がとられるが、この場合、審議会・委員会が、本来の「オーソライズ」、つまり、決定を正当化する「権能」を持つものとして設置されるのであれば、法令上の根拠が必要となる。
地方自治体の場合、意思決定が行政を拘束するような機関として設置されるのであれば、地方自治法138条の4第3項138条の4第3項で「条例」による設置が求められる「附属機関」でなければならない。しかし、「専門家会議」は、条例上の根拠に基づいて設置されたものではなく、同法の「附属機関」には該当しない。したがって、「専門家会議の提言」は、行政的には、東京都にとって「参考意見」にしか過ぎず、決定を「オーソライズ」するものではない。
「専門家会議」の設置目的は、「生鮮食料品等を扱う豊洲新市場において、食の安全・安心を確保する観点から、東京都の土壌汚染対策の妥当性等について検討し、評価・提言を行うこと」とされているが、都民向けの説明では、「東京都は、現行法令に照らして問題のない水準で、土壌汚染対策を行うこととしていますが、都民や市場関係者の一部になお懸念の声があります。
市場が生鮮食料品を扱うことの重要性から、都民が安心できる市場とするため、土壌汚染対策等を検証する専門家会議を設置しました。」とされている。このことからも、主として、豊洲市場の土壌汚染対策の安全性について、都民の「安心」を確保するという性格が濃厚だったと考えられる。
そして、「専門家会議」のメンバーは、環境管理、水質、土質等の専門家だけで構成され、そこには、建築、土木等の専門家は含まれていない。このメンバー構成からしても、専門家会議が、「建物の地下に盛り土をせず地下空間を設置する」という建物の「建設」に関する土木工事・建築工事の具体的内容も含めた土壌汚染対策についてまで、「正当化のための権能」を与えるような会議体ではないことは明らかである。
つまり、「専門家会議」の実際の目的は、東京都の豊洲市場の土壌汚染対策が、「環境の専門家」の立場から見て、全体として安全性を確保するために十分なものであることについて、慣用的な意味の「オーソライズ」、つまり、都民向けの「お墨付き」「権威づけ」を与えるものだったのである。
「技術会議」の設置目的と法的位置づけ
「敷地全体に4.5メートルの盛り土をする」という土壌汚染対策の方針は、法律上の要請はもちろん、環境の専門家が十分な対策と評価する内容だったと言える。しかし、実際に、それを豊洲市場での整備事業の中で具体化していく場合に、建物の地下の土壌汚染対策を、それ以外の場所と同様にすべきなのか、それとも、別の方法をとるべきなのかについて検討する必要が生じる。その点については、環境の専門家だけではなく、土木、建築等の専門家も加わって検討する必要がある。そのために設置した外部者による会議が「技術会議」であった。
そして、この会議も、条例上の根拠に基づく「附属機関」ではないのであるから、東京都の決定が、「技術会議」の決定に拘束されるというものではないが、少なくとも、「建物下に盛り土をせず地下空間を設置する」ということの是非を検討するとすれば、それは、「専門家会議」ではなく「技術会議」であったことは明らかである。
「行政的な問題がある」とは言えない
東京都にとっては、「専門家会議」の提言も、「技術会議」の意見も、参考意見に過ぎないのであり、小池知事の会見での「土壌汚染対策の安全性についてオーソライズされていない。」という発言が、「正当化」「権能を与える」という意味で「オーソライズ」という意味であれば正確ではないし、その「専門家会議の提言に反した」ということだけなのであれば、法的には「行政的な問題がある」ということにはならない。
「建物の地下に盛り土をせず地下空間を設置する」という方針が、石原知事をトップとする当時の東京都の行政組織の中で正当な手続で決定されたものであれば、それが、「専門家会議」の提言に反したものであったとしても、「行政的」には問題はなかった。
「行政的な問題」があるとすれば、地下空間設置の方針が、どこで、どのように決定されたのかが不明確だということであり、それは東京都という行政組織の「ガバナンスの問題」である。それを問題にするのであれば、石原都知事の対応を含めて考えることが不可欠のはずだ。
そのガバナンス問題を別とすれば、「盛り土・地下空間」の問題というのは、「土壌汚染対策全体について『専門家会議』による権威づけが行われている」という都民向けの「情報開示」が誤っていたことと、建物地下の土壌汚染対策に関する都議会での東京都の答弁・説明の内容が誤っていたことという二つの面での「情報開示・説明の問題」なのである。
「技術会議」は、「盛り土せず地下空間設置」を否定してはいない
では、実際のところ、「建物下で盛り土せず地下空間を設置する」という方法について、「専門家会議」を受けて具体的な工法を検討するために設置された「技術会議」でどのような議論が行われたのか。
全面公開された会議の経過と結果に関する資料を見る限り、少なくとも、技術会議では、「建物の地下に盛り土をせず地下空間を設置する」という方法自体についてはほとんど議論が行われておらず、肯定も否定もしていない、というのが実際のところである。
技術会議に対して、「盛り土をせず地下空間を設置すること」が一つの案として提示されていたことは、第8回の技術会議の資料から明らかである。東京都の「自己検証報告書」(「第一次報告書」)では、第8回技術会議について、
都は「土壌汚染対策と地下水浄化の対策をした後、地下水質のモニタリングを行い、さらに万一、地下水中から環境基準を超える汚染物質が検出された場合には、汚染地下水の浄化が可能となるよう、建物下にこれらの作業空間を確保する」と説明した。
第9回技術会議について
技術会議が独自に提案した事項として、汚染物質の除去・地下水浄化の確認のため、『国が検討している土壌汚染対策法改正が行われ、豊洲新市場予定地が同法の対象となった場合にも、地下水質のモニタリングができるよう観測井戸を設置し、指定区域の解除が可能となるような対策とする。なお、仮に地下水中から環境基準を超える汚染物質が検出された場合には、汚染地下水の浄化ができるよう建物下に作業空間を確保する必要がある』とした。ただし、地下とするか否かについての言及はない。
と記述していた。
このうちの「技術会議が独自に提案した事項として」の部分が誤りであったとされ、第二次自己検証報告書(「第二次報告書」)で、「『技術会議報告書の構成』案を事務局から提案したが、その中で」と訂正されたが、第8回会議と第9回会議で、「地下空間」についての記述自体は訂正されておらず、事務局側から「建物下に作業空間を確保する」との提案が行われ、議論が行われたことは明らかである。会議資料の中には、「建物建設地にはモニタリングのための地下空間を設置し、建物建設地以外は埋め戻しをする」という具体的な案も提示されている。
問題は、その「建物下にモニタリングのための地下空間を設置する」という案について技術会議での検討の結果、どのような判断が示されたかである。第9回会議では、「委員」から「土地の利用、機能、価値の問題が、経費に対して十分プレイバックされない」との指摘が行われているが、ここでの「地下空間」に対する反対理由は、かかる経費に見合う機能・価値が期待できないということであり、建物下に盛り土を行わないことの「安全性」の問題ではない。
技術会議では「地下空間」については、それ以上の議論は行われた形跡がない。結局のところ、「建物下にモニタリングのための地下空間を設置する」という事務局の案に対しては、「機能、価値が経費と見合わないのではないか」との意見が出たのみである。
第一次報告書の、
端緒となる第1段階は、技術会議においてモニタリング空間に関連する議論が行われていた時点である。第4回技術会議(平成20年10月21日)では、委員から地下水の長期モニタリング及び処理の必要性についての発言があり、第8回技術会議(平成20年12月15日)においてとは、モニタリング空間の必要性を説明している。第9回技術会議(平成20年12月25日)においても、技術会議の独自提案としてモニタリング空間が提示された。土壌汚染対策に万全を期す機運がこのころから醸成されていった。
という記述も、訂正された「技術会議の独自提案として」という点以外は、技術会議での「モニタリング空間」についての検討状況全体についての概ね正しい記述なのである。
「技術会議が独自に提案した事項として」という第一次報告書の当初の記述も、「その案を技術会議の側が全く独自に提案した」という意味だとすれば事実と異なるが、一般的には、このような外部者会議の独自提案というのは、原案を事務局が示し、それを会議で議論した上で「会議の独自提案」とすることが多いのであり、全くの誤りという程のものではない。少なくとも、公開された官公庁の行政文書に「赤文字による訂正」を記入するという「前代未聞の措置」を行うほどの重大な誤りだったとは思えない。
「第二次自己検証報告書」による技術会議報告書の「歪曲」
そして、その「第一次自己検証報告書」を訂正し、真相に迫ったとされている「第二次自己検証報告書」では、「豊洲新市場整備方針の策定(平成21年2月6日)」として、
平成21年2月6日、石原知事決定の『豊洲新市場整備方針』(以下、『整備方針』という)が策定された。技術会議の提言内容(敷地全面A.P.+6.5mまでの埋め戻し・盛土)をもって都の土壌汚染対策とすることが明記された。これにより、専門家会議、技術会議の提言は、都の方針となった。
と記述されている。
しかし、ここで「敷地全面A.P.+6.5mまでの埋め戻し・盛土」と書かれているのは不正確である。技術会議報告書には、「エ 埋め戻し・盛り土」の項目の中に、小項目として「①砕石層設置」「②埋め戻し・盛り土」が設けられ、「砕石層設置」については「敷地全面にわたり、A.P.+2mの位置に厚さ50㎝の砕石層を設置する」と書かれているが、「埋め戻し・盛り土」については、「砕石層設置後、計画地盤高(A.P.+6.5m)まで埋め戻し・盛り土を行う」と書かれているだけで、「敷地全面にわたり」とは書かれていない。
基本的には、「砕石層の上に6.5m埋め戻し・盛り土を行う」という方針であることは明らかであるが、モニタリングのための地下空間を設置することにした場合にも、6.5mの「盛り土」を行った上で、設置することが必要だという趣旨かどうかは不明である。
モニタリング空間を設置した場合にも、「全面盛り土」を維持するとすれば、建物の床面は、空間の高さだけ周囲からレベルアップすることになり、その場合には、自動車等のアクセスのための誘導路の設計等が問題になるが、そのような検討が行われた形跡はない。
前述したように、技術会議での議論からは、「建物下にモニタリングのための地下空間を設置する」という方法が、土壌汚染対策の安全性の観点から否定されたとは思えない以上、技術会議報告書の内容と、それを受けて策定されたとされる「豊洲新市場整備方針」が、例外なく敷地全体にわたって「盛り土」を行う方針だったと断定することには無理がある。技術会議の報告書で「敷地全面にわたって盛り土」を明記したとする「第二次検証報告書」には、技術会議の意見を「全面盛り土・地下空間否定」の方向に歪曲している疑いがある。
専門家が評価する「建物下盛り土せず地下空間設置」
既に述べたように、専門家会議も技術会議も、条例上の根拠に基づく「附属機関」ではないのであるから、東京都が「技術会議」の決定に拘束されるものではない。実際に土木工事・建築工事の設計・施工については、東京都が、専門家会議の提言や、技術会議の報告書を尊重しつつ、適切に決定していけばよいのである。
もちろん、最終的にとられた「建物下は盛り土をせず地下空間を設置する」という方法が、土壌汚染対策の客観的な安全性に関して問題がある、というのであれば、話は別であり、豊洲への市場移転を根本的に見直す必要がある。しかし、今回の豊洲市場への移転の遅延の原因となった「建物地下に盛り土をせず地下空間を設置する」という方法に関しては、現時点では安全性に関する具体的な問題は指摘されていない。
むしろ、建築・土木の専門家の立場からは、「空間があることで地下水と地上階を遮断することが可能となるため、より衛生的である。」(【築地移転・豊洲問題:「地下室」の方が「盛土」よりも衛生的で安全である、という技術論】 藤井聡氏)、「汚染物質に対するコンクリートの遮蔽性は高く、床を透過する危険性はほとんど論じられていない。」(【「盛り土」「地下空間」「汚染物質」 ── 豊洲市場問題とは何だったのか】 若山滋氏)といったように、建物地下に盛り土を行わず地下空間を設置したのは、安全面でも優れた方法だったとの意見が多く、「地下空間肯定論」に対する専門的見地からの批判はほとんど見られない。
また、市場問題PT第1回会議において、専門委員である建築家の佐藤尚巳氏は、座長が冒頭に、当面はプロジェクトチームの対象外だとした地下空間について、「非常に大きな誤解」があるとして敢えて言及し、地下空間はコスト削減・保守メンテ性・地下水の管理という面からも「非常に有効な空間」であり、「作ったのは都の技術系職員の英知だと思う」「正しい選択であった」と述べた。
不毛な「地下空間設置・盛り土一部不実施」の犯人探し
小池知事が「地下空間設置・盛り土一部不実施」の一点に問題を集中させ、「それを、いつ誰がなぜ決定したのか」という課題設定を行い、徹底調査するよう指示した。その方針にしたがって、東京都の内部調査が行われ、9月30日に調査結果が公表されたが(第一次報告書)、そこでは「行為者」「責任者」が特定されていなかったことに批判が集中した。
そして、10月7日に、自己検証報告書中で、「技術会議が独自に提案した事項として」「建物下に作業空間を確保する必要がある」としていたのが誤りだったとされたことが契機となって再度の調査(第二次自己検証)が行われ、11月1日に第二次報告書が公表された。
小池氏が、その調査結果の公表で、退職者も含む東京都幹部8人を責任者として特定し、「懲戒処分の手続に入る」と明言したことに、世の中の多くの人は、「東京都の組織の古い体質に大ナタを振るった」と評価し、拍手喝采を送っている。
このような経過から、世の中の多くの人には、東京都の幹部が、内部調査であることをいいことに、自らの責任追及を免れるために、建物下で盛り土をせず地下空間を設置したことの責任を技術会議に押し付けようとしたが、それが嘘であることがバレてしまい、第二次自己検証の結果、真相が解明されて、東京都の幹部に対して「正義の鉄槌」が下った、と受け取られているようだが、それは、「小池劇場」の演出によるところが大きいと言うべきであろう。
「第二次自己検証報告書」の認定と判断
小池氏が、「盛り土」問題について、東京都の幹部8人を処分する根拠としている第二次報告書では、
いつ、どの時点で誰が「建物下に盛土をせず地下にモニタリング空間を設置する」ことを決定したのか
がサブタイトルとされ、「それを決定した者を責任者として特定すること」に全精力が注がれている。しかし、その内容は、「十分な根拠もなく認定した事実に基づいて、(小池知事の意向に沿って)責任を(無理やり)肯定した」というものであり、まともな組織の「調査報告書」とは言い難いものだ。
同報告書では、前述したように、第一次自己検証報告書の「技術会議が独自に提案した事項として」の部分を訂正したほか、基本設計に関する中央卸売市場新市場整備部と日建設計との間の具体的なやり取りが明らかにされ、同部が当初から、建物下にモニタリング空間を設置し盛り土をしない方針で臨んでいたこと、平成23年8月18日の部課長会で、その方針が確認されたことを認定している。
そして、「部課長会のメンバーは、当日出席したか否かにかかわらず、当該部課長会において、整備方針に反して、建物下に盛り土をせず地下にモニタリング空間を作ることを了解したと判断する。」との判断を示し、当時在籍していた新市場整備部の部長級職員には「整備方針に反して地下空間設置を進めていた責任」、新市場整備部長には「上司の市場長、管理部長に報告・説明等をしなかった責任」、管理部長には「地下空間設置を知り得る立場にあり、新市場整備部に必要な措置をとるよう調整すべき立場にあったのに、職責を全うしなかった責任」があるとされ、市場長は、「事務方の最高責任者として責任」を免れないとされている。
しかし、既に述べた専門家会議・技術会議の法的性格、メンバー構成、技術会議での議論の内容からすると、「建物下に盛り土をせず地下にモニタリング空間を作ること」が東京都の整備方針に反しているとは言えない。地下空間を含む最終的な建物の設計を、いつ、誰が、なぜ決めたのかが、手続上明確になっていないということは、東京都が組織として明確に意思決定しなかったことについての「ガバナンスの問題」である。
建物下での「地下空間」の設置と、それに伴う「一部盛り土不実施」だけを取り上げて、それを決定した行為を「行政上の問題」にし、都幹部の懲戒処分を行おうとしているが、いずれも、責任の根拠は、「決定」などとは到底いえない極めて曖昧で抽象的なものにすぎず、法的にもコンプライアンス的にも正当とは言えない。特に、東京都の行政の最高責任者である当時の石原知事の責任を除外して、具体的な根拠もなく、市場長に「事務方の最高責任者」として責任を問うのは明らかに不当である。
小池氏のマスコミ等への対応の問題
これまで述べたように、今回の「盛り土・地下空間」に関する問題が、当時の東京都のガバナンスの問題と、都民への情報開示や都議会への答弁・説明の誤りであることを前提に考えた場合、9月10日の「緊急会見」を起点とする小池知事のマスコミや都民に向けての対応はどう評価すべきであろうか。
市場の整備が終了し、移転を待つ段階の現在においては、問題が都民の「安心」に影響することを最小限にとどめることができるよう、「客観的な安全性」に直接影響する問題ではないことを十分に説明しつつ、「情報開示・情報公開」に関する問題を指摘していくべきであった。
しかし、9月10日の小池知事会見以降、「豊洲市場」の問題を指摘する報道において、移転を進めてきた(小池知事就任前の)東京都を批判する報道が過熱し、「土壌汚染対策は十分なのか」「食の安全は確保できるのか」といった世の中の懸念は一気に高まった。
共産党都議団が視察時に撮影したと思える「豊洲の地下空間の大量の水たまり」の写真が繰り返し映し出され、テレビで水に浸したpH試験紙が青色に変わったことから地下空間の水がpH12〜14の強アルカリ性であることが示され、「なんらかの化学物質が影響しなければこれだけの強アルカリ性にはならない。」との共産党都議団の主張がそのまま紹介されたり、民間検査機関の分析結果を公表し、1リットルあたり0.004mg(環境基準は0.01mg)の微量のヒ素が検出されたとの発表が取り上げられたりしたことで、多くの視聴者は、豊洲市場の地下空間は「土壌汚染による汚染水がたまっている空間」だと考えるようになった。
「建築の専門家」と称する人物による建築構造批判を、テレビ番組が無検証で報じるものもあった。「欠陥」の主なものとしては、①床の積載荷重不足(「床が抜ける」)、②耐震強度不足、③地下への重機搬入口がない、などがあったが、いずれも誤った根拠に基づいた内容だということがわかった。
東京都議が視察時に撮影した写真から、加工パッケージ棟4階の柱が傾いているのではないかとの情報提供を受けて、民放の報道番組で「柱が傾いている」という放送が行われたが、即座に、都職員や別の都議が検証実験を行った結果、柱は傾いておらず、カメラの角度でそう見えただけだったことが判明したという信じ難い誤報問題も発生した。
東京都が公表した、敷地内の地下水のベンゼン、ヒ素、水銀についてのモニタリング数値も、飲料水として利用する場合の「環境基準」、排水に用いる場合の「排水基準」等が区別されることなく、あたかも土壌汚染を示すものであるかのように報じられた。生鮮食品を扱う市場の敷地内で有害化学物質が検出され、しかも、過去一度も上回ったことのない「環境基準」を超える量のベンゼンやヒ素が検出されたり、「国の指針値」の7倍もの濃度の水銀が検出されたりしたという話を聞けば、豊洲市場への移転について、消費者が不安を持つのは当然である。
9月10日の「緊急会見」後の一連の報道の結果、豊洲市場に対するイメージは極端に悪化し、「生鮮食品を扱う市場として使うことは困難になった」との声も聞かれるに至っている。
その会見の10日前、小池知事は、「安全性への疑念」も理由の一つに挙げて、豊洲への市場移転の延期を発表していた。わずか10日後の土曜日の「緊急会見」で「安全性の確保についてオーソライズされていない」と発言すれば、「安全性への疑念」が具体化したことの指摘と受け取られることは十分に予想できたはずだ。
小池知事自身が「盛り土・地下空間」の問題が「情報開示・情報公開」の問題であり、ただちに客観的な安全性につながる問題ではないことを繰り返し強調する姿勢をとらない限り、豊洲への市場移転に一貫して反対してきた共産党都議団の動きや、それに便乗してガセネタを流布する「専門家」の言動とあいまって、「豊洲市場」について「安全性に関する重大な問題がある」との認識が世の中に拡散する結果になるのは必然だったと言えよう。小池氏の対応には、マスコミ報道の過熱を助長する面があったと言わざるを得ない。
【前回ブログ記事】でも述べたように、11月7日に予定され、既に施設が完成し業者も準備を行っていた8月末の段階での豊洲への移転延期という、通常はあり得ない決定を発表していた小池氏にとって、移転延期の判断が正しかったことを根拠づける何らかの理由が必要だった。そのために、「情報開示に関する問題」に過ぎない問題を、安全性にも関連する問題でもあるかのように、「前のめり」に取り上げてしまったと見ることもできるだろう。
小池氏の対応は本当に「都民ファースト」か
豊洲市場問題に対する小池氏の発言や対応は、表面的には、コンプライアンス的に正しいように思える。まさに、小池氏は、コンプライアンスで武装した「リボンの騎士」であり、「小池劇場」で演じられているのは、まさに小池流「コンプライアンス都政」である。
しかし、これまで述べてきたように、その「コンプライアンス論」には、いくつもの矛盾と欠陥がある。少なくとも、東京都が、現在のやり方のまま、豊洲市場問題に対応していくことが本当に都民の利益に沿う「都民ファースト」と言えるのかには多大な疑問を持たざるを得ない。ところが、豊洲市場問題への小池知事の対応について、正面から批判する声はほとんど聞かれない。小池氏が都知事選挙で圧勝し、今なお絶大な人気を誇っていることから、批判すること自体で「炎上」の危険があると考えているからかもしれない。
小池氏が、本当に「情報公開」を都政改革の中心に位置づけていくのであれば、小池氏が明らかにした方針や、公開された情報に関して、自由闊達な議論が行われることが重要であろう。正面から批判をすることを躊躇させるような小池劇場の「魔力」には危険な面がある。巨大な東京都の行政組織が明らかに変調をきたしていることに、一都民として、強い危惧を感じざるを得ない。
都知事としての発言・説明の「私案」
最後に、これまで述べてきたことを踏まえ、「本件について都知事として行うべきであった発言・説明」について私の案を示し、本稿の締めくくりとしたい。
豊洲市場に関しては、土壌汚染対策として、敷地全面について盛り土を行っていると、都民の皆さまにも、都議会にもご説明していたのに、建物の下は空間になっていて盛り土をしていないのではないかとの御指摘を頂き、確認をしましたところ、青果棟、鮮魚棟等の地下は、汚染土壌を取り除いた上に砕石層を設置し、それを直接コンクリートで蓋をして、その上は地下空間になっていることがわかりました。
この敷地全体に盛り土をするという方法は、豊洲市場の土壌汚染対策について専門的見地から御検討頂くために設置していた専門家会議で提言されていたことでありますし、都民の皆さまには、提言どおりの土壌汚染対策を行っていると情報公開し、議会でも説明していたわけですから、一部盛り土が行われていなかったということは、そういう点からも、都民の皆さまにも、議会に対しても事実に反する情報公開・説明をしていたことになります。
もちろん、このような建物の下で盛り土をせずにコンクリートで蓋をして地下空間を設置するという方法が、都の担当部局において、様々な観点からの検討を行った上で、土壌汚染対策も含め安全性に問題はないとの判断に基づいて行ったものだと思いますし、そのような方法をとることで土壌汚染対策の安全性に問題が生じるということではありません。しかし、いずれにせよ、都民の皆さまや議会に対して事実に反する情報公開・説明をしていたことについて、訂正するとともに、東京都の行政の最高責任者として、深くお詫びをしたいと思います。
「情報公開」は私が都政改革の中心的課題として掲げるものですが、公開する情報が正しいものでなければならないことは当然であり、今回のようなことは二度と起きないように情報公開の改革を進めていきたいと思います。
また、今回の問題は、土壌汚染対策の安全性に直接疑問を生じさせる問題ではありませんが、かねてから豊洲市場の安全性に対する疑念が払拭できていない中で、この「建物の下は盛り土をせず地下空間を設ける」という方法についても、改めて専門家にお伺いするなどして、安全性に問題がないことの確認をしっかり行っていきたいと思います。
なお、もう一つ重要な問題は、建物の下に盛り土をせず地下空間をつくるという方法が、いつ、どこで、誰によって決定されたのか、という点であります。専門家会議の提言を受け、施設整備の中で土壌汚染対策を具体化することに関して設置された技術会議において、そのような方法がどのように議論されたのか、都の担当部門で、どのような検討を行い、どのような手続を経て、それを決定したのか。専門家会議の提言とは一部異なる方法をとるのであれば、その点が十分に説明される必要があると思います。
これは、ある意味では、東京都という行政組織のガバナンスの問題でもありますので、その点は、当時の担当者も含めて、場合によっては、当時の東京都の最高責任者であった石原元知事にもお話をお伺いした上で、明らかにしていきたいと思います。その結果、東京都の組織の在り方、ガバナンスの問題があるということが明らかになった場合には、躊躇なく、思い切った改革を行っていきたいと思います。
(2016年11月23日「郷原信郎が斬る」より転載)