有病率と発生率の違い-リスクの評価には、どちらの率を用いるべきか?:研究員の眼

病気の率を表す概念として、有病率と、発生率がある。これらは似て非なるもので、混同は避けなくてはならない。両者の違いを見ていこう。

人々の健康状態や、人がかかる病気について、統計学を用いて解明する学問分野として、疫学がある。疫学では、ある病気のかかりやすさが問題とされることが多い。

病気の率を表す概念として、有病率(prevalence rate)と、発生率(incidence rate)がある。これらは似て非なるもので、混同は避けなくてはならない。両者の違いを、簡単に見ていこう。

まず、有病率。いつ病気にかかったかはさておき、ある時点(例. 検査時)に、集団の中で、病気にかかっている人の割合を指す。

もし、一定の集団で、ある病気が治癒性のものでも、致死性のものでもなければ、集団内でその病気の患者数は増加していく。このため、その病気の有病率は上昇していく。

逆に、病気が治癒性や、致死性のものである場合は、治癒や死亡により患者数が減る。このため、新たに、その病気にかかって患者となる人とのバランスにより、有病率は上昇する場合や、低下する場合がある。

次に、発生率。特定の期間内に、集団の中で、新たに生じた患者の割合を指す。新たに生じた患者を問題にするため、発生率を調べる際の集団は、期間中に疾病に罹患する可能性のある人々に限られる。

例えば、一度罹患すると、体内に免疫が形成されて、再び罹患することはないといった感染症のような病気の場合、発生率の計算上、免疫保持者は集団から外される。発生率は、病気の発生だけを問題にする。その後の、治癒や致死による患者数の減少は加味しない。

経済学の用語を使えば、有病率はストック、発生率はフローを表す概念と言えるだろう。

それでは、感染症などのリスクを評価する際には、どちらを用いるべきだろうか。通常、リスクの評価では、ある期間に、病気が発生する確率が問題とされる。

従って、発生率を用いるべきということになる。もし、有病率を用いると、次のような悩ましい事態が生じることになる。

・病気の発生が増大しているのに、有病率が一定となるケース(その1)

病気を発症する人が増えても、その病気が治癒性のもので、同じ数だけ、その病気から治癒する人が増えれば、病気をもつ人の数は変わらない。この結果、有病率は一定となる。

・病気の発生が増大しているのに、有病率が一定となるケース(その2)

 病気を発症する人が増えても、その病気が致死性のもので、同じ数だけ、その病気で死亡する人が増えれば、病気をもつ人の数は変わらない。この結果、有病率は一定となる。

・病気の発生が増大しているのに、有病率が低下するケース(その1)

病気を発症する人が増えても、その病気が治癒性または致死性のもので、それを上回る数の治癒者や死亡者がいれば、病気をもつ人の数は減少する。この結果、有病率は低下する。

・病気の発生が増大しているのに、有病率が低下するケース(その2)

ある集団で、病気を発症する人が増えても、それを上回る数の患者の、他の集団への流出があれば、その集団で病気をもつ人の数は減少する。この結果、その集団の有病率は低下する。

このように、有病率は、病気の発生動向を表す指標として、適切とは言えない。それでは、有病率は、全く役に立たないものなのであろうか。

実は、有病率は、ある時点の医療政策を検討する際に、参照されることがある。例えば、糖尿病の患者向けの医薬品を開発したときに、どのくらい市場に投入すべきか、薬価はいくらに設定すべきか、といったことを検討するとしよう。

その場合、人口全体に占める糖尿病患者の割合が、問題となるだろう。このため、糖尿病の有病率が、有効な参考情報となる。

また、国単位で健康状態を比較する場合にも、有病率が用いられることがある。例えば、結核は、新興国を中心に蔓延(まんえん)している。

世界保健機関(WHO)は、各国の結核の状況を把握するために、結核有病率を調査している。そして、その結果をもとに、蔓延地域に重点的に、診断設備の配備などの医療支援を行うこととしている。

なお、通常、ある病気の有病率や発生率の算定には、集団の性別や年齢の構成が影響を与える。このため、複数の集団や年度間で、有病率や発生率を比較する際には、性別・年齢の構成を揃える必要がある。

そのために、日本では、「平成 ** 年10月1日現在推計人口」などの基準人口が設定されており、これをもとに人口構成に揃えた上で、集団間や年度間の比較がなされている。

以上のとおり、有病率と、発生率は、どちらも病気の患者の率であり、混同してしまう恐れがある。その結果、病気や患者の動向について、認識を誤ってしまうことにもつながりかねない。両者の違いを、よく理解した上で、上手に使い分けていく必要があると思われるが、いかがだろうか。

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(2017年4月3日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 主任研究員

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