6月3日の本欄に、『「歩きスマホ」のリスク社会』を書いた。スマホの普及と共に「歩きスマホ」が増加し、駅ホームからの転落事故等が発生していたからだ。その後、マスコミでもこの問題がしばしば取り上げられ、携帯電話会社による「歩きスマホ」に対する注意喚起キャンペーンも行われている。
私がその時から同時に心配していたのが、「歩きエスカ」という駅等のエスカレーター上を歩くことの危険性についてである。これも最近、鉄道各社等が連携して、駅やショッピングセンター等のエスカレーターの安全利用を呼びかける『みんなで手すりにつかまろう』キャンペーン(2013年7月29日~8月31日)を実施しており、社会的関心も高まっている。
JR東日本によると、利用者のエスカレーターに関わる事故の件数は、年間で250件に上るという。近年ではエスカレーター上を歩行する「歩きエスカ」による事故が多く、「歩きエスカ」の人だけではなく、立ち止まっている人を巻き込んだ事故も多くなっているそうだ。
エスカレーターで片側を歩行用に空けることがマナーのようになったのは、1970年の大阪万博で「動く歩道」の"片側空け"を呼びかけたことが発端らしい。確かに急ぐ人のために「動く歩道」の片側を空けておくことは理解できるが、「動く歩道」とは違って、エスカレーターの構造は歩行を想定した設計にはなっておらず、「歩きエスカ」の危険性は極めて大きいという(日本エレベーター協会)。
大阪万博といえば日本が高度経済成長の只中にあった時代で、高齢化率も低く、右肩上がりの「効率最優先社会」だった。以後、40年あまりが経過し、日本はほぼ4人にひとりが高齢者という世界一の高齢社会を迎え、街を行き交う人も、エスカレーター上の人の中にも高齢者が多く含まれている。そのため、「歩きエスカ」は本人の事故と同時に高齢者等の他者を巻き込む危険性が極めて高いのである。
今日、日本は成熟した高齢社会となり、特に高齢者や障がい者など他者への配慮が求められている。社会規範も時間が経てば変わっても不思議ではなく、むしろ今は、高齢化という大きな人口構造変化に相応しい日本社会の新たな将来ビジョンが必要になっているのではないだろうか。
「歩きエスカ」を支持する理由として、時間をもっと効率的に使うべきだとの意見がある。しかし、「歩きエスカ」問題は、「効率最優先社会」が既に終焉を迎えているという日本全体の社会意識改革と、今後の超高齢社会に適応するための価値観のパラダイムシフトの必要性を提起しているのだ。1973年の全国交通安全運動で有名になった標語『せまい日本 そんなに急いで どこへ行く』が蘇ってくる。
(※この記事は2013年8月19日の「ニッセイ基礎研究所 研究員の眼」より転載しました)