経常黒字の消滅
2013年度の日本の経常収支は、かろうじて黒字を維持したものの、その金額は約7900億円に縮小した。2007年度には24.3兆円もの黒字があったが、その3%程度に縮小しており、黒字金額が名目GDPの0.2%という水準は、ほぼゼロと言っても良い状況だ。
経常収支が赤字になったのは第二次石油危機の1980年度以来で、1980年代半ば以降では黒字のGDP比がこれほど小さくなったこともなかった。
中身を見ると、海外との利子や配当の受払収支である第一次所得収支は16.7兆円の黒字となっているものの、貿易・サービス収支が14.4兆円という大幅な赤字になっていることが、経常収支がゼロに近い水準になっている原因だ。貿易・サービス収支は2008年度にも0.9兆円の赤字となっているが、この時はリーマンショックで日本から米国への輸出が大きく減少しためで、2009年度にはすぐに4.8兆円の黒字に回復している。
しかし、2011年度に赤字になって以来、貿易・サービス収支の赤字幅は拡大を続けており、2012年末頃から円安が急速に進んでいるにも関わらず、輸出の伸びは期待を大きく下回り、赤字縮小の気配は見えない。
犬が西向きゃ尾は東
経済の教科書には、国際収支と企業の損益計算書の収支とは異なった見方をすべきものだということが述べられている。原理的には、すべての企業の収益が黒字ということもあり得るが、国際収支では世界中の国の収支が黒字ということはあり得ないからだ。
例えば貿易収支では、日本の輸出は相手国から見れば輸入だから、世界中を合計すると輸出額と輸入額は同額となって、世界の国々の貿易収支の合計はゼロになる。
犬が西向きゃ尾は東ということわざがあるが、国際収支では日本が黒字なら必ず誰かは赤字に成らねばならない。
経常赤字が続いて対外債務が累積すると、債務の利払いや外貨の資金繰りの問題が発生し、通貨危機や債務危機が起きやすくなるから、どこの国も経常赤字が続くことは避けようとする。各国の経常収支は、短期的には赤字になったり黒字になったりしながら、中期的には収支がほぼゼロという状態が望ましいとされる。
従って日本の経常収支が赤字になったとしても、大幅な赤字が持続するのでなければ、それほど過敏に反応する必要はない。むしろ、日本が大幅な黒字を維持するということは、世界のどこかに同額の赤字が累積していくことになるので、世界経済が不安定化してしまう。
現在の世界経済では、中国やドイツのように大幅な経常黒字を出し続けている国があることがグローバルインバランスと呼ばれる大きな問題なのである。
ギリシャ化する日本
高齢化が進めばいずれ日本の経常黒字が無くなって赤字化する可能性があるということは昔から指摘されてきた。とは言うものの、筆者は日本の貿易・サービス収支の赤字定着が2010年代半ば、経常収支の赤字化が起こる時期を2020年頃と予想していたので、これほど早く黒字が無くなったのはやはり驚きだ。予想よりもかなり早く黒字が縮小しているのは、財政赤字が予想をはるかに上回る規模となっているためである。
日本経済が経常収支が赤字で財政収支も赤字という状況になれば、それは1980年代前半の米国や近年の南欧諸国のように、財政赤字をまかなう資金を海外に依存している「双子の赤字」の状態に陥るということである。
日本の財政赤字が大きいにも関わらず、これまでギリシャのような危機に陥らずに済んできたのは、経常収支の黒字があったからだ。
このまま推移すれば、日本経済は大幅な財政赤字を抱えたままで経常収支が赤字化し、債務危機に陥ったギリシャの二の舞になりかねない。
これに対して経常収支が赤字化すると国内で財政赤字をファイナンスできなくなるので、財政破たんを回避するために経常黒字を維持する必要があるという議論が時々見られるが、これは本末転倒だ。目指すべき方向は、経常収支の黒字縮小でも問題が起きないように財政赤字の削減を行うことである。
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株式会社ニッセイ基礎研究所
専務理事
(2014年6月30日「エコノミストの眼」より転載)