医療情報の「非対称性」解消を!-健康ビッグデータを活かす:研究員の眼

平均寿命とともに健康寿命を延ばすためには、医療データの長期経年変化を観察することが必要だ。

日本でもキャッシュレス化の動きが進んでいる。それは現金中心社会の非効率性を改善し、社会の透明性や企業活動の生産性を高め、われわれの日常生活の利便性の向上をもたらす。

個人の消費行動などに関するビッグデータは、新たなビジネスチャンスにつながる一方、プライバシーの侵害や国家による監視社会化の懸念も惹起する。キャッシュレス社会では、常にプライバシー保護のための十分なセキュリティ対策を行った上でデータ活用することが求められる。

医療情報についても同様のことが言える。個人の健康状態に関するビッグデータがもたらす便益はとても大きいが、健康に関する情報はきわめて重要な個人情報だからだ。

医療者が大量の医療データを分析すれば、高齢化の進展により逼迫する国民医療財政を改善し、医学・医療の発展にも大きく寄与できる。また、個人の病歴や投薬歴が正確にわかれば、われわれは適切な医療を効率的に受けることができ、医療の質の向上にも大いに役立つのではないだろうか。

「情報の非対称性」ということがよく言われる。市場において財やサービスが取り引きされる場合、取引主体間の有する情報に格差がある状態を意味する。この情報の不均衡は市場の最適化を阻害し、一方の側に不利益をもたらす。それは医療分野にも当てはまる。

一般的には医療者側が多くの専門的情報を持っているのに対して、患者側はほとんど情報を有していない。その結果、患者にとって最適な医療が提供されないという状況が発生する可能性があるのだ。

政府は2015年の『日本再興戦略』のなかで、2018年度から医療分野におけるマイナンバー制度の段階的運用を開始するとしている。個人番号カードに健康保険証の機能を付与し、国民一人ひとりの医療データを取り込むことにより医療資源の有効活用を図ろうとするものだ。

平均寿命とともに健康寿命を延ばすためには、医療データの長期経年変化を観察することが必要だ。しかし、勤務先や受診する医療機関が変わると、毎年行われる健康診断の医療データさえも引き継がれない。

企業に勤める被雇用者の加入保険が、定年退職後に国民健康保険に変更されても、医療情報が蓄積されることが必要だ。その結果、ムダのない医療の適正化や国民医療財源の改善を図ることができる。

医療者と患者によるAI(人工知能)を使った健康ビッグデータの活用は、相互の情報格差を是正し、適切な医療の選択肢を拡げる。両者の間の医療情報の「非対称性」の解消は、医療の質の向上とともに、われわれが望む医療や介護の在り方の実現に一歩近づくことになるのではないだろうか。

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(2018年3月6日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

社会研究部 主任研究員