最近、アジア地域で開催される国際会議で、日本人の参加者が少ないこと、日本が話題に上ることが少なくなっている傾向が指摘されている。
確かに、先月筆者が参加した会議(於香港)でも、100名を超えるアジアからの参加者の中で、日本人はわずか3人であり、様々な議題や話題に上がった中国とは対照的に日本のことはほとんど言及されなかった。
その一方、興味深いことに、参加者と食事やお茶を一緒にしながら種々懇談する中では、非常に多くの人から日本への観光旅行の思い出話や、整ったインフラへの高い評価、和食、日本文化などへの興味・関心、憧れが数多く示され、日本人である筆者以上に日本の各地のことを知っている人たちも非常に多かった。
さらに、トヨタ・ソニーをはじめとする製品や高水準のサービスへの信頼は相変わらず非常に高いものがある。
上記のような、①会議等の場での日本の存在感の低下と、②日本に関心を持ち、日本製品・サービスを信頼するという人々の増加、というコントラストは非常に印象深いと感じている。
本稿では、その点に関して私見を述べようと思う。
30年を超える筆者とアジアとの関わりのスタートは、外務省でのアジア諸国へのODA(政府開発援助)の担当官としての業務であった。
その頃のアジアは、経済発展の機運は既に見られていたが、例えば、1986年当時に、私のメインの担当国であるタイは、一人当たりのGDPが約800ドル(1986年)の水準であり、約17,000ドルに達していたわが国とは比べるべくもなかった。
さらに、既に東南アジア地域における先進国になっていたシンガポール(1986年の一人当たりGDPは15,000ドル弱)へも、わが国は、コンピューターの供与やその活用に関する技術指導の援助を行っていた。
日本はアジアにおける絶対的なリーダーであり、当然ながら、国際会議など様々な場でも話題をリードしていた。
一方、アジアの国では、最大の経済ショックとなった1997-1998年のアジア通貨・金融危機などの厳しい局面を経験しながらも着実な歩みを進め、NIEs(韓国、香港、台湾)、ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国、中国・インドなど各国・地域が高成長を遂げた。
図-1にあるように、今や、経済規模(名目GDP:2016年4月IMFデータ)で、中国は、わが国の2.7倍(2015年)という大差で世界第2位の経済大国となっている。また、20年前には、わが国が、欧米諸国と比べても世界最高水準であった一人当たりGDP(2016年4月IMFデータ)では、アジア地域において、シンガポール、香港が日本を上回っている。
さらに言えば、図-1・2にある諸国・地域の中で、20年前と同水準やそれを下回る水準にあるのは日本だけであることが分かる。
このように日本が経済的に足踏みし、他国が成長するというトレンドの中、新たな取り組みへの積極的なチャレンジや、既成の諸制度・システムの改革への取り組みの鈍さ、意思決定や行動のスピード感の欠如、といった点で、日本への期待度や尊敬の念が低下しているのではないだろうか。
この点に関し、経済運営のあり方について日本を反面教師とするとの発言もよく聞かれる。
他方、日本のインフラ、日本製品やサービス・技術力が優れたものであることは多くのアジア諸国の人々が認めており、上記の経済発展の中で、富裕層・中間層の所得水準が増加し、その購買力の高まりや観光旅行などへの余裕と意欲が高まる中で、日本の魅力を感じる層が増加している。
このような日本に対するアンビバレント(二律背反的)な見方の中で、日本は重要な岐路に立っていると感じる。
少子高齢化の最先進国として世界が注目する中、多くの人々が高く評価し尊敬している安定して秩序のある社会を堅持し、国民が幸福な生活を営む世界の先進例になることを目指すべきであると思う。
そのためには、縮小均衡に陥ることなく、社会福祉や医療・教育、先進的な産業・技術など必要な方面への投資とそれを可能とする改革を実行することが必要であり、それには、アジアなど成長する地域や諸国の活力を、アウトバウンド・インバウンドの双方で大胆に取り込むことが大切であろう。
かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などといわれ有頂天になっていた頃の傲慢さは忘れてはならないが、それを経験した世代には、その苦い経験から、必要以上にリスクをおそれチャレンジが進まないということがあるように思う。
一方、生まれ育って以来、日本がアジアや世界のトップリーダーであった時代を知らない若い世代に対しては、日本の良さや強みと、アジアなど成長地域のダイナミックな動きとそこに存在する大きなチャンスを認識してもらうことが大切だろう。
そのためには、実際に多くの若者が、現地の空気や匂いに触れ、現地の人と話し、自ら感じてもらうことが重要と考える。
昨今のテレビ番組には、必要以上に、日本を悲観した番組と、日本を礼賛する番組が、増えているとの印象があるが、自らの強みと課題、日本を取り巻く環境やチャンスなどについて客観的に考え、知ることが大切であろう。
この点で、政府、マスコミ、教育・研究機関の責任はより重要になっていると考える。
関連レポート
(2016年7月15日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
保険研究部兼経済研究部 主席研究員 アジア部長