健康経営を巡る政府・企業の取り組み:研究員の眼

日本でも、福利厚生としてではなく、企業の持続的な成長に向けて従業員の健康に関与する必要があるという考えの下、「健康経営」という言葉が生まれている。

(健康経営とは)

健康経営が注目されている。

1980年代に米国の経営心理学者のロバート・ ローゼン氏によって「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくる」という"ヘルシーカンパニー"思想が提唱された。日本でも、福利厚生としてではなく、企業の持続的な成長に向けて従業員の健康に関与する必要があるという考えの下、「健康経営」という言葉が生まれている。

「健康経営」は、NPO法人 健康経営研究会によって商標登録されており、同会のHPによれば、「健康経営とは、『企業が従業員の健康に配慮することによって、経営面においても大きな成果が期待できる』との基盤に立って、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践することを意味しています。」とある。

また、「従業員の健康管理・健康づくりの推進は、単に医療費という経費の節減のみならず、生産性の向上、従業員の創造性の向上、企業イメージの向上等の効果が得られ、かつ、企業におけるリスクマネジメントとしても重要です。

従業員の健康管理者は経営者であり、その指導力の元、健康管理を組織戦略に則って展開することがこれからの企業経営にとってますます重要になっていくものと考えられます。」と解説されている。

(政府の取り組み 2013年の再興戦略から本格化)

この健康経営の取り組みは日本ではまだ日が浅い。

政府が2013年6月に閣議決定した日本再興戦略が本格的なスタートといっていい。

ここで、成長戦略の1つとして「健康寿命」の延伸(健康関連事業市場の創造)が掲げられた。その後、経産省が次世代ヘルスケア産業協議会を立ち上げ、2015年5月には、企業や健康保険組合に健康経営を促すアクションプラン2015がとりまとめられた。

すでに大企業向けを中心に具体的な施策がいくつか実施されている。例えば、経産省と東京証券取引所では、上場企業を対象に業種別に健康経営銘柄を選定している。また、厚労省では企業や自治体等の優良取組事例を表彰している。

(企業の取り組み 先駆的なデータ分析などはこれから)

企業側でも、具体的な取り組みが進んでいる。

経団連が企業の「健康経営」への取り組み状況を調査し、2015年11月に事例集を公表した。スポーツイベントの開催や階段使用の推奨など体力増進を狙ったものや、社員食堂で健康メニューを提供するなど食事・生活習慣病対策を狙ったもの、禁煙推進やがん検診受診キャンペーンや復職支援体制の構築など様々だ。

但し、健康経営が注目される以前から、CSRとして同様の取り組みを行っていた企業は多い。

そこから一歩踏み込んでまさに経営として、健康関連コストの試算や健診・レセプトデータを活用した費用対効果の算出など、データ分析による定量的な評価まで踏み込んだ事例はまだまだ少ない。

(中小企業の取り組みはこれから)

このように大企業では様々な取り組みを進めているが、中小企業での取り組みはまだ少ない。しかし、病気やメンタルの不調等で従業員が欠ければ、事業に与える影響は中小企業の方が大きい。

東京商工リサーチの調査では、2015年の倒産件数は前年比9.4%減と減少した一方で、「人手不足」関連倒産は同5.6%増と増加した。労働人口の減少に伴い、人材確保が困難となっており、中小企業ほど従業員の健康に目を配り、生産性を高める必要がある。

そして、社員の健康促進をコストとしてではなく、投資と捉えることが重要だ。ただ、そもそもノウハウもなく、費用対効果といったメリットがはっきりしないのが現状だろう。

そのため、アクションプラン2015では労働人口の7割を占める中小企業の健康経営促進に力を入れていくとしている。大企業向けには取り組みが評価・表彰される仕組みが中心だった。

中小企業向けには、横展開を図るための優良事例の公表やノウハウを提供するアドバイザーの資格制度の創設、さらに健康経営に取り組む優良企業に対して政府系金融機関などから低金利で融資を受けられることも検討している。

また、政府は2015年9月に一億総活躍社会を掲げ、その中で「生涯現役社会」の実現に向けて健康経営、健康宣言等に取り組む企業を増やすための環境整備を対策の1つに挙げた。

心身ともに健康であることは一億総活躍社会の基盤であるといっていい。政府の後押しもあり、今後「健康」を巡る取り組みは中小企業にも拡大していくだろう。

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(2016年3月2日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 研究員

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