1――地方都市発の有望ベンチャー
身の回りで見かけるクモの糸、実は重さあたりの強靭性が鋼鉄の340倍もあるという。そして、伸縮性にも優れていることに加え、限りある化石燃料から作られる化学繊維等とは違って、たんぱく質で出来ている。
もしも、このクモの糸が人工的に量産出来たら、そして、衣料品・自動車・飛行機など色々な用途に活用できたら・・・。そのような事業に取組んでいるのが、慶應義塾大学発ベンチャー、Spiber(スパイバー)株式会社だ。
スパイダー(蜘蛛/Spider)とファイバー(繊維/Fiber)から名付けられた、革新的技術を持つこのベンチャー企業、どこにあるかご存知だろうか。ヒト・モノ・カネが集まる大都会にあるわけではない。米どころで有名な庄内平野、人口13万人程の地方都市、山形県鶴岡市だ。ベンチャー創造協議会主催の第1回「日本ベンチャー大賞」では、このSpiberが地域経済活性化賞を受賞している。
Spiberは、山形県鶴岡市にある慶應義塾大学「先端生命科学研究所」発のベンチャーである。同研究所の最先端のバイオテクノロジーを用いた研究は、医療・環境・食品などの分野に応用されている。生み出されたベンチャーは、このSpiberだけではない。
ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社もその1社だ。細胞内の代謝物質(メタボローム)を短時間かつ一斉に測定する分析技術(CE-MS技術)をベースに設立され、代謝物質の受託解析やバイオマーカー(*1)の研究開発に取組んでいる。2013年12月に東証マザーズに上場を果たした、大学発ベンチャーの成功事例の1つだ。
他にも、唾液を用いた疾患検査技術に取組む株式会社サリバテックなど、今までにバイオ領域のベンチャーが6社設立されている(*2)。この事例は、地方都市でも革新的なベンチャーを生み出せるという一例だ。
(*1) 血液や尿などの体液や組織に含まれる、タンパク質や遺伝子などの生体内の物質で、病気の変化や治療に対する反応に相関し、指標となるもの。その量を測定することで、病気の存在や進行度、治療の効果の指標の1つとすることができる。
(出所:国立がん研究センターWebサイト https://ganjoho.jp/public/qa_links/dictionary/dic01/biomarker.html)
(*2) 慶應義塾大学 先端生命科学研究所発のベンチャーについての詳細は、同研究所HPを参照されたい。http://www.iab.keio.ac.jp/about/venture.html
2――地域の取組み
2001年、山形県及び鶴岡市の誘致により、慶應義塾大学鶴岡タウンキャンパス、先端生命科学研究所が設置された。学校法人慶應義塾、山形県、鶴岡市の間で協定が締結され、山形県及び鶴岡市が同研究所の研究教育活動について、研究補助金等の支援を行っている。
鶴岡市の「鶴岡市まち・ひと・しごと創生総合戦略」(2015年10月策定、2017年7月改訂)の中でも、重点施策として、「先端バイオを核とした次世代イノベーション都市の創造・発信による地域活性化」を掲げており、同研究所を核とした地域・産業振興策に取組んでいる状況だ。
2017年4月には、地方創生のための政府関係機関の地方移転の一環として、国立がん研究センターが「がんメタボロミクス研究室」(山形県鶴岡市)を開設、慶應義塾大学の先端生命科学研究所と連携して研究を進めていくこととなった。山形県や鶴岡市の長年の取組みが奏功し、バイオテクノロジー関係の研究機関、ベンチャー、人材が集まりつつある。
地域の金融機関も支援に取り組んでいる。上述のヒューマン・メタボローム・テクノロジーズが上場に至るまでには、山形銀行、やまぎんキャピタル、きらやかキャピタル(現きらやかコンサルティング&パートナーズ)、フィデアベンチャーキャピタル(現フィデアキャピタル)といった地方銀行やその系列企業が資本参加している。
また、フィデアホールディングス傘下の荘内銀行は、中期経営計画(*3)において、地方創生への取組みとして「産官学金連携の強化」を挙げ、その一環として「慶應義塾大学先端生命科学研究所を出発点とするバイオ分野を中心としたベンチャー企業を支援」することを掲げている。
このように、地方自治体や地域の金融機関の取組みも、ベンチャーの創出・成長を後押しする環境作りに繋がっている。
(*3) フィデアホールディングス株式会社 平成29年3月期決算説明会資料よりhttp://www.fidea.co.jp/pdf/20170613.pdf
3――厚みのある「生態系」を作ることができるか
ベンチャーを取り巻く環境を表す言葉として、よく「生態系(エコシステム)(*4)」という言葉が使われる。活力あるベンチャー、イノベーションを生み出すためには、この生態系(エコシステム)が厚みを持つことが重要である。
動植物で溢れる豊かな森林の生態系のように、大学や研究機関、自治体、金融機関、ベンチャー・キャピタル、事業会社等が共存共栄し、次々とベンチャー・イノベーションが芽吹くことが理想だ。豊かな生態系では、夢破れたベンチャーも、その経験・人材等は新しい芽を生む種・養分となる。
数少ないベンチャーを大事に守り育てるのも大事だが、次々とベンチャー・イノベーションが生まれる(良い意味での)多産多死の環境を作ることが重要だ。
地方都市は、一般に大都市と比べるとヒト・モノ・カネが集まりづらく、生態系(エコシステム)に厚みを持たせるには一層の工夫が必要である。
鶴岡市の事例では地方自治体や、地元の企業や金融機関の取組みも当然大きかったが、慶應義塾大学や、上述のバイオベンチャーの創業期から成長を支えた域外のベンチャー・キャピタル等、外部の力をうまく活用し取り込めたことも忘れてはならない。
人口減少という課題に直面する地方都市が多い中、ベンチャーやイノベーションを通じた地方創生への期待も大きい。豊かなベンチャー生態系(エコシステム)を持つ、魅力溢れる地方都市が増えていくことを期待している。
(*4) 「ベンチャー・チャレンジ2020」(2016年4月日本経済再生本部決定)では、「ベンチャー・エコシステムとは、起業家、既存企業、大学、研究機関、金融機関、公的機関等の構成主体が共存共栄し、企業の創出、成長、成熟、再生の過程が循環する仕組み(生態系)である」とされている。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
関連レポート
(2018年5月23日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
総合政策研究部 主任研究員