宇宙飛行士・若田光一さんが操作するニュース映像などでも知られるロボットアーム。国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟に設置され、さまざまな実験作業を支援している。
そんな、ロボットアームの設計開発をはじめ、約30年にわたり宇宙ロボット開発に関わってきた「ロボットアームの母」と呼ばれる女性がいる。NEC 宇宙システム事業部の大塚聡子さんだ。
大塚さんの宇宙ロボットへの思い、宇宙環境保全への新たな取り組みについてお話を聞いた。
ロボットアームの使命
―宇宙におけるロボットアームの役割について教えてください。
ロボットアームは、宇宙ロボットの一つと言えます。宇宙に限らずロボットは、人間を支援する何らかの使命を持ち、その役割を果たすことが求められます。私たちがJAXAのもとで開発したロボットアームは、国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟で行われる、実験をはじめとするさまざまなミッションを支援することを目的としたものです。
具体的には、「きぼう」の船外実験プラットフォームで実験装置の移動・設置をするほか、小型衛星の放出、「きぼう」のメンテナンス作業などをサポートします。
―次に、ロボットアームの概要や仕組みについて聞かせてください。
「きぼう」のロボットアームは、肩や肘、手首など6つの関節で先端を目的の場所に移動させることができる長さ約10mの親アームと、その親アームの先端に接続可能な長さ約2mの子アームから成ります。アーム本体や船外実験プラットフォーム上に設置された複数台のカメラの映像を、「きぼう」内にある2台のモニターで見ながら、コンソールでの操作で動かします。2つのアームを目的に合わせて使い分ける親子アーム構成というのは、日本独特の方式です。
大塚さんが「ロボットアームの母」と呼ばれる理由
―ロボットアーム開発で、大塚さんはどのような業務をしてきたのでしょうか?
宇宙で稼働するロボットアーム開発は大きなプロジェクトで、設計と言ってもロボットアームの機械設計や制御設計など、さまざまな業務があります。そうした中で私は、運用や操作画面設計などを、主に行ってきました。
―大塚さんが「ロボットアームの母」と呼ばれている理由は?
開発したロボットアームの操作の仕方を、宇宙飛行士にレクチャーするのも私の業務のひとつでした。宇宙飛行士としての彼らの意見を受け入れながらも、システム開発者として譲れない部分もあります。彼らにとって、時にはキツイ意見も言う私は、まるでロボットアームを守る母親のように映ったのでしょう。それが、「ロボットアームの母」と呼ばれるようになった、そもそものきっかけなのです(笑)。
海外の宇宙飛行士からも信頼される日本のロボットアーム
―ロボットアーム開発業務で、最も大事なことはなんでしょう?
宇宙関連の機器や部品は、高い品質や信頼性など宇宙仕様のモノが求められます。加えて、私たちのロボットアーム設計で特に重視したのが、安全性です。
ロボットアームの誤動作は、修復不能な大きな事故につながりかねません。そこで私たちは、「モノを不用意に離さない」「衝突しない」という2つのポイントを徹底的に追求しました。
「きぼう」やロボットアームの開発で共通していること。そこには、日本のモノづくりの特長である「まじめさ」と「丁寧さ」が根底にあります。日本で設計開発されたロボットアームは使いやすさだけでなく、フォルムの美しさにおいても、海外の宇宙飛行士からの評判が高いですね。
―ロボットアームの開発で、工夫した点を教えてください。
操作性におけるソフト面での工夫があります。先程の安全性につながることですが、ロボットアームが触れてはいけないモノや機器を予めプログラミングしておいて、作動中のロボットアームがそこに近づくと自動停止するという仕組みです。
次なるチャレンジは「宇宙のゴミ」問題
―宇宙ステーション業務から離れた、現在の大塚さんの主な仕事とは何ですか。
日本の宇宙ロボット技術の継承と新たな分野でのロボット活用のために、私が現在取り組んでいるのが、「スペースデブリの除去」です。スペースデブリとは、宇宙空間にある人工物体の中で、機能を喪失した衛星、関連部品、破片などを指します。
スペースデブリは、非常に小さなモノでも、稼働中の大切な衛星を破壊する危険があります。スペースデブリ同士が衝突すれば、さらに大量のスペースデブリが発生します。2020年から年間5個以上の大型スペースデブリ除去が必要とも言われています。衛星との衝突を避けるだけでなく、宇宙環境問題という観点からも、スペースデブリ除去は差し迫った世界共通の課題なのです。
―スペースデブリ除去に関する研究や取り組みについて、教えてください。
スペースデブリ除去にあたって、その処置には宇宙ロボット技術の活用もひとつの手段として期待されます。私自身、ロボットアームで培った経験を新たな場で活かすべく、この取り組みに思いを持って取り組んでいるところです。NECとしては現在、どうやってスペースデブリを処置するかという調査研究に携わっています。スペースデブリ除去は、一企業や日本だけでは解決できない国際的な課題です。また現在は、スペースデブリ除去に対するグローバルな枠組みや国際的なルールがまだ整備されていない状況です。除去にかかる膨大なコストの問題もあります。
NECで企業としてスペースデブリ除去の技術的な研究を進めるとともに、現在私は慶応義塾大学大学院に在籍して、国際的な仕組みやルール作りなどの研究を並行して行っています。
―スペースデブリを実際に除去するには、どんな課題があるのでしょうか。
スペースデブリ除去については、現在さまざまな処置の方法が検討されています。その中で、衛星を使ってスペースデブリを除去することを考えると、クリアすべき課題が複数あります。
•スペースデブリの運動状態を検知する
•除去衛星が自分の運動を制御しながらスペースデブリに近づく
•設計時に捕獲されることを想定していないスペースデブリを捕獲する
•安全なポイントにスペースデブリを正確に処置する
実際にスペースデブリにコンタクトして処置したという実績は、世界でもまだありません。こうした課題を克服しながら行うスペースデブリ除去は、まさに宇宙ロボット開発者としてチャレンジングな領域なのです。
途切れさせない技術の継承の先にイノベーションがある
―宇宙事業における、今後の展望や社会貢献については、どう考えていますか。
宇宙ロボットを含め、これまで培ってきたさまざまな宇宙関連技術を、次の世代へ継承することが、これから先とても大切だと思っています。なぜなら、途切れさせない技術の継承の先に、進化があり、それがイノベーションにつながるからです。
宇宙技術は、宇宙の謎の解明に役立つとともに、社会や人々の暮らしをより便利に、より快適にするためにいまや欠かせない技術です。その利便性がスペースデブリによって損なわれる危険があります。宇宙の環境問題だけでなく、人々の暮らしの利便性を維持・発展するという社会貢献においても、宇宙の環境保全はとても重要です。