「はやぶさ」、「かぐや」、「しずく」、「あかつき」そして「はやぶさ2」。日本を代表するさまざまな人工衛星やロケットなど、宇宙開発のモノづくりを支えてきたスペシャリスト、斎藤克摩さん。その卓越した技術で、2014年、厚生労働省が表彰する「現代の名工」に選ばれた。
斎藤さんは、人工衛星のエンジン駆動や電源、姿勢制御、通信など、さまざまな機能を支える搭載機器の組み立てを手がけている。集積回路やトランジスタなどを“はんだ付け”によりプリント基板に実装する組立てや配線を担当しているのだ。
そんな斎藤さんに、モノづくりへのこだわり、30人のチームを率いるリーダーとしての役割、そして宇宙に旅立った「はやぶさ2」に対する想いなどを語ってもらった。
高度な技を磨き続ける、技術者としての歩み
―斎藤さんのこれまでの仕事の歩みについて聞かせてください。
1988年に、私が入社したのは東芝でした。最初は無線機器の配線作業を担当していましたが、入社半年後に東芝の衛星事業拡大に伴い、そのプロジェクトメンバーとして参加することになりました。それが私の衛星部品の組立て技術者としての出発点です。
2001年には、NECと東芝の合弁会社であるNEC東芝スペースシステム(現在のNECスペーステクノロジー)に出向し、衛星部品の電源回路基板の組立ての仕事を続けてきました。
私の四半世紀を超える業務経験の中で、人工衛星の部品組立て技術も変化や進化を重ねています。人工衛星は最新鋭の機械で作られているイメージがあるかもしれませんが、ひとつひとつ「手作業」によるモノづくりが、現在も生産工程の中心となっています。
―組立てを、手作業で行う理由は?
衛星部品には宇宙の過酷な環境に耐える特性や高いレベルでの品質が要求されます。具体的な対策としては放射線や静電気、熱、振動などに対するさまざまな独自加工を施した上で、はんだ付けによる実装を行わなくてはなりません。そのはんだ付けは、人間の手先の微妙な感覚に頼る所が多く、機械では対応できません。
また、衛星の部品は一点もので非常に高価ですから、作業で失敗できません。そうした理由から、繊細な技を持つ技術者による手作業が重要であり、求められるのです。
宇宙では修理できないから、失敗は許されない
―部品づくりにおいて、大切なことはどんなことですか?
ひとつは、設計図面の指示の通りにすばやく、正確な作業を行うことです。宇宙対応のはんだ付けの規定に基づいて、適正な温度、時間、はんだの量などの基本を忠実に守り作業します。
たとえば5cm四方くらいのサイズのICに備わった300ピン以上のリード線を0.25㎜間隔で、プリント基板にはんだ付けするような細かな作業もあります。私たちは顕微鏡を覗きながら、こうした微細加工を行いますが、正確な作業ができないと、衛星の動作不良や故障の原因にもなりかねません。
※写真の基板はサンプル品です。
優れたはんだ付けは、富士山の裾野のような美しい形状になり、表面は鏡のようなツヤに仕上がります。もし不具合が起きても、宇宙に出張して修理することはできませんから、部品ひとつひとつに対する丁寧な作業が不可欠です。
職人の世界では、よく失敗を繰り返しながら経験を積んで、技術を高めていくと言われますが、一点ものの衛星部品に関わる私たちの場合、失敗は許されません。失敗によって、人工衛星の打ち上げ延期など多大な影響が出てしまうからです。
宇宙の新たな扉を開く、最先端のモノづくり
―組立てにおける苦労を教えてください。
組立て作業では、高度化する設計の要求にも応えていかなくてはなりません。近年の衛星開発では小型・軽量化が大きなテーマとなっています。それに伴い、部品の高密度化や高集積化がさらに進み、はんだ付けにおいても、より微細で高いレベルの技能が求められます。
また、組み立てやすい仕様や工法を工夫して現場の生産性を高めていくことも必要です。高いスキルを持つ人は限られていますので、若手や中堅など人的リソースをうまく振り分けて、作業全体を滞りなく進めることも苦労のひとつですね。
―斎藤さんのやりがいとは何ですか?
通信をはじめ、カーナビ、気象予測、災害監視など、人工衛星は地球で生活する私たちにとって、いまや欠かせないものになっています。人工衛星は、地球や人類の未来を支えるために、その重要度はこれからますます高くなっていくはずです。そんな重要かつ最先端のモノづくりに関わっていることに、大きなやりがいを感じます。
斎藤さんが、これまで手がけてきた中で、もっとも思い出深いと語っていた「はやぶさ」
また、宇宙の神秘や地球の起源などの解明に役立つ惑星探査機などの開発は、宇宙の新たな扉を開いたり、人類が新しい歴史の一歩を踏み出したりと、夢やロマンに満ちた仕事でもあります。
2014年12月に宇宙に飛び立った「はやぶさ2」には、さまざまな快挙をトラブルなく成し遂げて欲しいという願いとともに、「どうか、無事に帰っておいで」と声をかけてあげたいですね。
技術の追求にゴールはない
―斎藤さんの今後の展望を聞かせてください。
技術者としては早く、安く、高品質なモノづくりをこれからも追求し、生産能力の向上から会社の発展へ貢献していきたいと思っています。衛星開発におけるモノづくりは、非常に多岐にわたります。四半世紀を超える経験を積んだ40代半ばの私ですが、太陽電池パネルなどまだまだ手がけていない領域があります。これからもさまざまなモノづくりに積極的にチャレンジしていきたいですね。
自分自身ではロケット、衛星搭載機器組立ての技術者として「まだまだ」という気持ちや「これから」という想いもあります。技術の追求に「ゴール」はありません。
自分自身を磨きながら、今後は若手の中から新たな「現代の名工」を育てるのが、もうひとつの私の願いであり、務めだと思っています。
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