動物実験の検出力を確実なものとするために、統計学に基づいた実験計画立案が研究者に求められている。その実現には、研究機関をはじめとするさまざまな支援が必要だ。
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アルバート・アインシュタインは、「理論はできるだけ単純であるべきだが、必要以上に単純であってはならない」と指摘したと言われている。これと同様に、in vivo実験を行う生物医学研究者も、実験に用いる動物の数をできるだけ減らすべきだが、必要以上に減らしてはならない。最近、英国の政府系研究助成機関である英国研究会議が、統計的に頑健な実験結果を得るために必要な動物数の算出過程を明示することを、助成金申請者に義務付けた(Nature 2015年4月16日号271ページ参照)。近年、個々の実験のサンプルサイズ(標本数)が小さすぎる研究が存在し、特に前臨床研究(ヒトで研究を行う価値のある薬物かどうかを見極めるための研究)に多く見られることに対して懸念が生じていたのだ。
サンプルサイズが小さすぎると、有望視されていた薬物に有効性が認められず廃棄されたり、誤判定が生じたりすることになりかねない。それに、信頼度の高い結果が期待できない小規模な研究とされれば、その研究に動物を使用することが倫理的な問題になることもある。
こうした取り組みは米国でも行われている。米国立衛生研究所(NIH)は、実験動物による前臨床研究の結果の再現性の向上を目指した助成金審査チェックリストを試験運用しており、このリストに実験計画などの項目が盛り込まれている(Nature 2014年1月27日号612~613ページ)。
動物実験の検出力を確保するための負担は、研究助成機関だけに担わせるべきではない。研究機関が、実験の統計的側面を計画する研究者への支援を拡充することも必要なのだ。しかし、そうした支援は不十分であったり、その場限りのものであったりすることがあまりにも多い。研究計画は複雑なものであり、数々の問題点を正しく理解している人々が慎重に検討する必要があるのだ(Nature 2014年2月13日号131〜132ページ参照)。
学術論文誌もまた、実験計画と解析計画の肝となる細部が読者に十分に理解されるように書かれた研究論文を掲載する責任を負っている。Natureをはじめとする多くの刊行物は、動物を使った研究論文に関する『ARRIVEガイドライン』(C. Kilkenny et al. PLoS Biol.8, e1000412; 2010)を支持している。
このガイドラインは非常に細かく定められており、初期段階の萌芽研究でこの規定を遵守することは難しいが、それでもネイチャー・パブリッシング・グループが出版する学術論文誌は、ARRIVEの適用を推奨している。Natureでは2013年に研究報告チェックリストを導入し、著者に対し研究計画で肝となる細部を発表することを義務付けている。動物研究の場合、こうした細部にはサンプルサイズの決定、ランダム化、研究の盲検化の方法だけでなく、除外基準も含まれる(Nature 2013年4月25日号398ページ参照)。現在、このチェックリストの有効性に関する影響分析が行われている。
再現性の低さに取り組む場合、サンプルサイズは対応すべき一連の問題点の1つにすぎない。再現性問題への対応で重要な役割を果たしているのは、学術論文誌だけではない。学会も主導的な役割を果たしており、例えば、英国医学アカデミーが4月にロンドンで開催した会議では、研究者と研究助成機関に加えて研究機関と大学の代表者が参加し、疫学から素粒子物理学に至る広範な研究分野の事例研究を検討した。そうした事例から研究風土とインセンティブが果たす役割を探究して、再現性の向上を図るための勧告をまとめようとした。この問題には特効薬がなく、研究コミュニティーの構成員全員でコツコツ取り組む必要があるのだ。
世界の多くの地域で研究者が同じリソースを用いて従来以上の成果を挙げることを強いている研究風土は問題であり、この解決が課題の1つであることは間違いない。できるだけ多くの論文を発表し、新知見の影響をできるだけ大きくみせようとする流れは、世界中に蔓延している。
実験心理学者Marcus Munafòらは、生物医学研究の現状を1970年代の自動車産業と比較して論じた(M. Munafò et al. Nature Biotechnol. 32, 871-873; 2014)。当時の米国の自動車メーカーは、生産ラインにおいて短い期間で自動車を組み立てていたが、不良品が生まれやすかったため、工場内の全工程で品質管理の重要性を徹底させた日本の自動車メーカーとの競争に負けてしまった。
つまり、品質保証は新たな負担だが、長期的には国民の信頼を得ることにつながるため、取り組むだけの価値があるということだ。動物実験の検出力を実験の目的に確実に見合ったものとすることは、研究助成機関と研究者がなすことのできる重要な寄与である。
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150733
原文: Nature (2015-04-16) | doi: 10.1038/520263b | Numbers matter
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