ハフィントンポストUS版が入手した「大統領令草案」には数々の移民・難民政策が含まれている。このブログ執筆時ではそのうちどの程度が最終的に署名されるか不明だが、「難民受け入れ」に関わる部分についてのみその非合理性について簡単に解説したい。
(なお、同大統領令でいう「難民受け入れ」は、「庇護」経由ではなく「第三国定住」経由での難民のことしか触れていないことに注意が必要である。米国では前者を「被庇護者(asylee)」、後者を難民(refugee))と呼ぶ。両者の違いについては以前のブログを参照。)
1.「全ての国からの難民受け入れを120日間停止し、その間に難民受け入れ手続きが米国の治安と福祉に対する脅威になっていないか再検討する」
通常、難民が第三国定住経由で受け入れられる場合、どこの国行きでもかなり綿密な審査プロセスを経てから入国が許可されるが、米国政府の場合その内容は既に世界一厳しいものとなっている。まず国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国際移住機関(IOM)等による難民一人一人の基本的なプロフィール(履歴書)作りとプレ審査に始まり、米国政府職員数名による対人面接、健康診断(一般的な身体測定に加え血液検査、X線、HIV検査、場合によっては精神鑑定まで)、そして国土安全保障省による何重にも及ぶ人定事項や背景チェックがパッケージとして実施される。このプロセスには2年以上かかることも全く珍しくない。
通常の観光客やビジネスマン、留学生などに対する入国審査やビザ発給手続きとは比べ物にならないほど厳しいことは明らかである。もし本当に「米国の安全と福祉の脅威」を心配するのであれば、既にこのような綿密な審査プロセスを経ている難民ではなく、他の移民や入国者に対しても全てこれらの審査を実施すべきだろう。
また、これらの第三国定住難民は2001年の9.11テロ事件以来、合計で約78万4000人が米国に受け入れられているが、そのうち「テロ計画」の疑いで逮捕された難民は3名、そのうち2名は米国外でのテロ計画に関わっていたとの嫌疑であった(その後有罪が確定したかどうかは不明)。米国では銃関連事件が毎年5万件(うち4人以上の死傷者を出している乱射事件が年平均300件)を超えると報告されており、本当に「米国の治安」を心配するのであれば真っ先に取り組むべきは銃規制であろう。
更に、「米国の福祉」という観点では、確かに(第三国定住)難民の多くは一般的に教育や就労の機会が限られた途上国の難民キャンプなどから受け入れられるため、米国入国当初は生活保護や何らかの民間支援に頼らざるを得ないが、10年も経つと収入や納税レベルが他の一般の米国民と同等になるという調査結果がある。しかも男性に限って言えば、米国人男性よりも難民男性の方が就業率が高く、米国財政の「お荷物」になっているという主張には根拠がない。
一言で言えば、難民が「米国の治安と福祉の脅威」になっていると目をつけるのは、完全にお門違いなのである。
2.「シリアからの難民の受け入れを無期限に停止する」
アメリカは過去数年平均すると毎年7万人前後の難民を第三国定住経由で受け入れているが、そのうちシリア難民は極めて少数に過ぎない。2013年~2015年の第三国定住難民の出身国は多い方から順に、ミャンマー、イラク、ソマリア、ブータン、コンゴ(民)である。シリア難民は、2013年・2014年は統計に載ってさえおらず、2015年に1,682名受け入れられたに過ぎない。
また一般にはあまり公言されないが、欧州諸国が(少なくとも当初)シリア難民受け入れに積極的だった理由の一つは、一般的にシリア人は高学歴で高度技能を有しており英語等の外国語を話せる者も珍しくないところにある。当然、より脆弱で低技能で長年難民キャンプに留っている(シリア以外の)難民を受け入れることは人道的観点からは結構なことではあるが、トランプ氏が繰り返し唱える「米国の国益」に資するかどうかは疑問である。
3.「2017年度に受け入れる難民数は5万人に(削減)する」
確かに、難民を第三国定住経由で受け入れる国際法上の義務はなく、完全に各国政府の政策判断に委ねられているため、5万人に減らすこと自体を非難することはできない。しかし歴史的に、多くの有能な人材が難民として米国に受け入れられ、米国政府の中核的ブレインとして活躍していることは、既に以前のブログで述べた。第三国定住難民受け入れの縮小は、米国の「ブレインの縮小」に繋がりかねない。
逆にいうと、今までは世界一般的に多くの有能な難民が米国を希望して第三国定住経由で受け入れられていたが、今後は他国(当然日本を含む)にもそのような有能な難民をより多く第三国定住で受け入れるチャンスが開けることになる。
4.「シリア国内に『安全地帯』を設置する」
「安全地帯」の設置はとりもなおさず「超危険地帯」の設置である、という事実は過去20~30年の歴史を見れば明らかである。ルワンダやボスニアにおいて、そのような「安全地帯」に逃げ込んだ一般市民が大量殺戮されたのは記憶に新しい。また、90年代初頭にイラク北部のクルド人のために設置された「安全地帯」のように、「安全地帯」を運営するには当然地上軍の派遣が必要になるが、シリア国内の現在の治安状況を踏まえると、地上軍派遣は米国人兵士に死傷者が出ることとほぼ同義となる。そのような地上軍派遣が、シリア人自身の保護やアメリカの国益推進に繋がるのか、大いに疑問である。
一言でいえば、今回の大統領令草案に含まれた難民政策は全て、その目的とされている「米国の治安と福祉」や「アメリカの国益」に資さない愚案ばかりなのだ。このような草案が出て来るということは、残念ながらホワイト・ハウスの「ブレインの縮小」が既に始まっている証左なのかもしれない。