五輪史上初の「難民選手団」
リオ五輪が開幕した。現地時間5日に行われた開会式では、小さな五輪旗を振りながら入場した10人の「難民選手団」が、開催国ブラジルに次ぐ大歓声で迎えられた。通常選手たちはいずれかの「国(ないしは地域)」を代表して参加するが、母国における迫害のため他国に逃れ、受け入れ国でまだ国籍取得に至っていない難民や国籍の無い者にとって、五輪への参加は今までは諦めなくてはならない夢だった。今回初めて国際オリンピック委員会(IOC)がとった特別措置は、オリンピック憲章に謳う精神に則った極めて時宜を得た英断であり、賄賂やドーピング問題に揺れるIOCにとっては「大金星」と言えるだろう。
ブラジルで暮らす難民選手
今回の特別措置でIOCと同時に「大金星」をとることになったのがブラジルだ。偶然のタイミングという面もあるが、「難民選手団の参加はリオ五輪から始まった」という新記録は、五輪の歴史に刻まれることになるだろう。また、10人の難民選手のうち8名はケニア、ベルギー、ドイツ、ルクセンブルクで暮らす難民だが、残り2名の柔道選手(コンゴ民主共和国出身のヨランデ・マビカさんとポポレ・ミセンガさん)は、ブラジル政府から難民として認められブラジルで暮らす難民である。IOCが五輪参加の最低基準を満たすとして難民選手団に選んだ難民のうち2人が、五輪ホスト国に既に受け入れられた難民であることの意義は大きい。
ブラジル政府が発行する難民用「人道ビザ」
あまり知られていないが、実はブラジルは難民保護において突出した人道主義を貫いている国である。ほとんどの国の政府は、人権状況が悪い国の出身者に対し「事前にビザを取得しないと入国できない」という原則を設け、自国に来た後庇護申請しそうな者にはビザを発給しないという入国制限措置をとることで、自国に多数の庇護申請者が押し寄せることを阻止している。
この「渡航前ビザ取得原則」があるため、大多数の庇護申請者は密航業者を通して偽造文書を取得するなどの不法入国を試みるしかない(ちなみにそのような「不法入国のために難民を罰してはならない」という条文が、1951年の難民条約にはある)。潜在的庇護申請者に対して事前のビザ取得を義務付けていることが、地中海などで決死の航海を試みる「密航船」が収まらない理由の一つである。
ところがブラジル政府は、そのような危険な航海や密航業者の撲滅のために、まだ母国(例えばシリアなど)にいて迫害の危険がある人々に積極的に「人道ビザ」を発行し、合法的かつ安全にブラジルに入国できる道を開いているのである。ブラジルが歴史的にハイチやコロンビアなど近隣国出身の難民に寛容なのは比較的分かりやすいが、地政学的また外交的に関係の薄いシリア人に対しても「人道ビザ」を発行しているのは、世界でも類まれな難民保護政策である。昨年10月の段階で、累計8000人以上のシリア出身者がこの「人道ビザ」の発行を受けてブラジルに合法的かつ安全に入国し、新たな生活を始めている。
4年後の東京五輪は?
そのブラジルから五輪聖火を受け継ぐのが日本である。既に数人の難民選手が記者会見やインタビューで「東京五輪」への参加意欲を表明している。リオ五輪開会式での大歓声や世界中のメディアからの注目を受けて、今後「難民選手団」の五輪参加は恐らく恒常化されるだろう。今回選ばれた難民は10人だけだったが、彼らのリオでの活躍は世界中で五輪参加を夢見る難民出身の競技者たちを大いに奮い立たせることになり、参加資格を満たす難民が増えるかもしれない。東京五輪に参加する「難民選手団」の中にはブラジル同様、ぜひ日本で暮らす難民も入ってほしいものである。
これからの約2週間、陸上、柔道、競泳など様々な競技に参加する難民選手を心から応援しつつ、4年後の東京五輪ではどのような「難民選手団」と彼らに対する日本の「おもてなし」が見られるのか、楽しみに想像したい。