「移民」と「難民」はどう違うの?【基礎編】

メディアやSNS上だけでなく一般に「識者」とされている方の間でも、「移民」や「難民」の定義について混乱した表現が未だによく見られます。

シリア出身のアラン・クルディ君のご遺体がトルコの海岸で横たわっている痛ましい写真が世界を駆け抜けてちょうど1年。日本でも「移民」や「難民」という言葉が新聞やメディアでより頻繁に出てくるようになりました。でも、メディアやSNS上だけでなく一般に「識者」とされている方の間でも、「移民」や「難民」の定義について混乱した表現が未だによく見られます。

「移民」の受け入れは、有効的な解決策を見いだせていない日本の少子高齢化問題を考える上で議論すべきテーマの一つでしょう。

また今月19日・20日には、ニューヨーク国連本部において「難民・移民の大規模な移動」に関する各国首脳レベルの国連総会サミットと、難民保護への国際的コミットを求める(通称)「オバマ・サミット」が開催されます。

そこで、「移民」や「難民」に関する世界の出来事やニュースを読み解く上で絶対に必要となる基本的な概念について、まずは「基礎編」として解説してみたいと思います。

「移民」の定義

残念ながら国際的に合意された「移民」の定義はありませんが、最も頻繁に引用されるのが、1997年に当時の国連事務総長が国連統計委員会に提案したものです。それによると(長期の)移民とは、

「通常の居住地以外の国に移動し、少なくとも12か月間当該国に居住する人のこと」

となっています。移動する目的や原因には一切触れていないので、海外赴任、転勤、留学、研修、海外旅行なども12か月以上であれば全て含まれることになります。

但し、この定義は世界各国で採用されている訳ではなく、例えば欧州連合(EU)では「EU加盟国以外の国の国籍を持ち、EU諸国内に3か月以上滞在する外国人のこと」と、滞在期間が3か月とずっと短く設定されています。また日本の国内法には「移民」の定義はありませんが、入管法上の「中長期在留者」と「特別永住者」が「移民」に該当すると、国際機関では解釈しています。これによると、2015年末の時点で既に223万人の「移民」が日本に居住していることになります。世界全体の移民数は、上で書いた通り各国政府が採用している定義がバラバラなので正確な把握は難しいですが、2015年末時点でおおよそ2億4400万人くらいとされています。

「難民」の定義

次に「難民」の定義ですが、こちらは国際法において明確かつ厳格に決まっています。1951年に締結された「難民の地位に関する条約」の第一条にその定義があって、分かりやすく言うと以下の条件全てを満たす人だけのことを指します。

(1)自国において「迫害をうけるおそれ」がある

(2)「迫害のおそれ」が、人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見に基づく

(3)既に自国外に逃れている

(4)自国政府の保護を受けることができない(あるいは迫害のおそれがあるから保護を望まない)

この4つの条件に加えて更に、「平和に対する犯罪、戦争犯罪、人道に対する犯罪、避難国外での重大な犯罪(但し政治犯罪ならOK)、あるいは国連の目的や原則に反する行為を行ったことがない」、という条件もクリアする必要があります。このように、国際法上に言う「難民」の正式な定義は、大変狭く限定的なものとなっています。

よく「経済難民」とか「環境難民」とか「紛争難民」という言葉を見かけますが、国際法上は間違いです。「介護難民」や「出産難民」なども、もちろんアウト。

意外かもしれませんが、難民とは自国において上の(2)の理由に基づく「迫害」の対象となっている人だけなので、例えば国全体が戦争や紛争、テロの危険に晒されていて、その被害や危険から逃れるために出国した人は、「難民」とは見なされないのです。

そのような人々のことは日本の法制度に従って考えると、「避難民」と表現するのがより正確でしょう。但し、EUでは戦争や紛争を逃れてきた人も「難民に準ずる者」として保護していて(「補完的保護」と呼ばれています)、アメリカやカナダなどにも同様の目的で「人道的滞在許可制度」があります。最近のシリア「難民」の中には、この「難民に準ずる者」として欧米諸国で滞在を認められた人も少なくありません。

世界の「難民」の数

国連難民行動弁務官事務所(UNHCR)によれば、世界の「難民」(に「難民に准ずる者」と人道的保護対象者を足したもの)の合計は、2015年末時点で1610万人となっています。(ただし、この中には「パレスチナ難民」(約520万人)は含まれません。)時々「世界の難民の数は6530万人」という表現をみかけますが、「6530万人」とはUNHCRが2015年末時点で世界にいると推定した「強制移住者」の総数です。

そのうちの大多数である4080万人は「国内避難民」、つまりまだ自国の中で避難している人達で、彼らはまだ国境を越えていないので「難民」ではありません。国境を越えて自国外にいるのか、それともまだ自国内にいるのかは、国際的な支援策を考える上で非常に重要な違いです。

また、1610万人の中には既にアメリカやカナダ、ドイツなどに正式に受け入れられた難民(や「難民に准ずる人」等)も含まれるので、必ずしも彼らの全員が国際的な援助を必要としている訳でもありません。ただし、1610万人のうち8割強は、トルコ、パキスタン、レバノン、イラン、エチオピア、ヨルダン、ケニア、ウガンダ、コンゴ、チャドなどいわゆる途上国に滞在しているので、彼らに対しては国際的支援が必要と確実に言えるでしょう。

「移民」と「難民」の関係

「移民」と「難民」の関係としては、上の定義に基づくと、「移民」という大きな丸の中に、だいたい15分の1くらいの大きさの「難民」という小さな丸がほぼスッポリ入っているベン図を思い浮かべるのが適当と言えます。

「ほぼスッポリ」と言ったのは、国連事務総長が提案する「移民」の定義では「12か月以上自国の外にいる」という条件が付いているからです。自国外に逃れてから12か月以内に自国に戻ることができる難民も(現実には非常に珍しいですが)理論上は考えられますし、また実際、自国に残してきた資産が心配で、自国と避難国(主に隣国)との間を密かに頻繁に行き来する難民もいます。

「移民」や「難民」の受け入れ

一般的に(難民ではない)「移民」を受け入れる「義務」は、どの国も一切ありません。一旦受け入れた移民に対してどういう待遇をするかについては、国際法上色々な義務が発生して日本も無縁ではありませんが、そもそも移民を受け入れるか受け入れないか、どういう移民を何人どこから受け入れるか、それらは全て主権国家が専権事項として決める国策です。

国家は慈善団体ではないので、中長期的な意味での「国益」に叶った移民政策を戦略的に推し進めるのが当然と言えるでしょう。

その一方で、「難民」の受け入れについては、特に「難民条約」を批准している日本のような国の場合、自国に辿り着いた難民については滞在を許可する義務があります。それに加えて、特に経済的に豊かで自由民主主義を標榜する国であれば、まだ自国に辿り着いていない難民についても積極的に受け入れる義務があるのではないか、というのが現在の世界的な論調です。

この「難民の受け入れ方」については、また改めて別のブログで紹介したいと思います。

注目記事