アジアの病・渋滞 最悪のマニラ

渋滞はアジアの病だ。ほとんどの都市で道路事情は悪化しているが、私の観察ではジャカルタとマニラが特にひどい。
CUBAO, QUEZON CITY, PHILIPPINES - 2016/01/15: Motorcycle during heavy traffic near EDSA Highway. Philippines is known to have the 'Worst Traffic in the World' according to Metro Manila (CNN Philippines) based on a global evaluation conducted by Waze, a GPS-based navigation app. (Photo by Herman Lumanog/Pacific Press/LightRocket via Getty Images)
CUBAO, QUEZON CITY, PHILIPPINES - 2016/01/15: Motorcycle during heavy traffic near EDSA Highway. Philippines is known to have the 'Worst Traffic in the World' according to Metro Manila (CNN Philippines) based on a global evaluation conducted by Waze, a GPS-based navigation app. (Photo by Herman Lumanog/Pacific Press/LightRocket via Getty Images)
Pacific Press via Getty Images

渋滞はアジアの病だ。

都市部で縁がないのはシンガポールとブルネイのバンダルスリブガワンぐらいか。

信号機のない首都、ブータンのティンプーでさえ、車は年年歳歳増えて、朝夕は道が詰まることもあるという。昨年10月、7年ぶりに訪れたラオスのビエンチャンも空港からホテルまで小一時間もかかった。

私は昨年末まで東京を拠点に毎月、仕事でアジア各地を回ってきた。ほとんどの都市で道路事情は悪化しているが、私の観察ではジャカルタとマニラが特にひどい。

規模でいえば、ジャカルタが上を行く感じだが、すでに地下鉄の建設が始まり、その工事も渋滞の原因になっている。それに比べマニラでは抜本策がスタートせず、解決へ向けた政治的意思が感じられない。人口動態、消費予測などを勘案すると、近い将来、マニラがアジア最悪となるのというのが私の見立てだ。

私がマニラを初めて訪れたのは1986年。マルコス独裁政権を追放したピープルパワー革命の半年後だった。90年代半ばには2年半駐在し、その後も毎年訪れているが、渋滞は年々悪化し、経済が好調なここ数年は加速度を増している。

どこに行くにも時間が読めず、予定が立てづらい。国家経済開発庁(NEDA)は、マニラ首都圏の渋滞で毎日30億ペソ(1ペソ2・5円)、年間1兆ペソの経済損失が生じていると推計する。交通事情が経済、特に外国投資の足を引っ張ることになるだろう。

渋滞の原因は、東南アジア1とされる人口密度に加えて、洪水や台風に頻繁にさらされること。そして何よりインフラの不十分さだ。

都市交通システムの導入で実はマニラはバンコクやクアラルンプールに先行した。1980年代にはLRTが導入された。しかし、その後が続かなかった。

1990年代、バンコクは渋滞で名を馳せた。いまもそのイメージは残るが、車は結構動く。かつてドンムアン空港に向かうためにチャオプラヤー川でボートを乗り継いだこともあるが、10年前に郊外に完成したスワナプーム空港から都心までだいたい40分で計算が立つ。1時間みておけば大丈夫だ。この間、バンコクでは高速道路網が着々と整備され、都市交通システムBTSや地下鉄がどんどん網を広げてきた。さらに排水システムも格段によくなり、雨季にも強くなった。

一方のマニラはLRT、MRT網はわずか50キロ程度。都心を貫く国鉄に至っては相変わらず周囲をスクワッターに占拠され、スピードも本数も確保できなていない。

マニラ首都圏を縦断するロハス通りと、半円形の環状道路エドサ通りは、思えば偉大なインフラである。いずれも戦前に完成していたのだが、その後70年以上、この2本を超える動脈の整備はされてこなかった。周辺国がインフラ整備に取り掛かりだした80年代後半から21世紀初頭にかけて、フィリピンではクーデター未遂や大規模な街頭デモなどによる政治的混乱が続いた。

フィリピンよりGDPの少ないベトナムでもハノイ、ホーチミンですでに地下鉄建設が始まっている。ところがマニラ首都圏では、JICAが2014年9月にインフラロードマップを提案したが、遠い「夢の計画」に過ぎない。

先月末、マラカニアン宮殿で天皇陛下と会談したアキノ大統領は、フィリピン経済最大の課題として交通インフラの整備を挙げた。私は地元紙でこれを読んで、さすがに大統領も認識はしているんだと納得するとともに、どこか他人事のようだとも感じた。

最大の問題であるならば、なぜ高支持率に支えられた6年間に、例えば地下鉄計画の具体化に着手しなかったのか。

有力な次期大統領候補の一人がジープニー業界のボスだから地下鉄計画は進まない。運転手らが反対するからだとのうわさを聞いたことがある。真偽は不明である。しかしそうしたことがまことしやかに語られるところにこの国の病巣がある。

解決に向けた政治的な意思の欠如が最大の問題なのだ。

2012年のデータだが、人口千人当たりの自動車の保有台数はマレーシア395、タイ191、インドネシア73だが、フィリピンは35に過ぎない。このまま経済成長が続けば、車は何倍にも増えることは間違いない。人口増加率もアジア1だ。渋滞に関していえば、マニラ首都圏では、あまり想像したくない将来が横たわる。そこが「最悪」の所以である。

(マニラ新聞編集顧問 朝日新聞元論説副主幹 柴田直治)

注目記事