ドゥテルテ大統領、1年目の通信簿 外交・経済及第点も麻薬、汚職対策は低評価 社会分断深まる恐れも

ここにきて出身のミンダナオ島で激化するイスラム武装勢力との戦闘が胸突き八丁を迎えているが、国内では8割近い支持率を維持している。

フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領(72)が就任してから6月30日で1年が過ぎた。暴言・放言の数々と、司法手続きを無視した麻薬対策にからみ数千人が殺されたことで内外の注目を集めてきた。

ここにきて出身のミンダナオ島で激化するイスラム武装勢力との戦闘が胸突き八丁を迎えているが、国内では8割近い支持率を維持している。

「ジェットコースターに乗っているみたいだ」と本人が振り返る1年を、◎〇△✖で評価し、今後の課題を探ってみた。

◎外交―外遊好きが成果をもたらすか

アキノ前政権から最も大きく変化したのは外交である。中露へ急接近し、米国と疎遠になった。

オバマ政権に対する姿勢は反米と言ってよかったが、トランプ大統領が就任してから、暴言王同士ということもあってか、多少修正された感がある。それでも歴代政権に比べれば、対米親近感は極めて希薄だ。

とはいえ、この1年で最も成果を上げた分野は外交だと私は考える。

首都から離れたダバオで長年の首長経験はあるものの、中央政界にはほとんど縁がなく、まして外交は全くの素人だった。

ところが外遊は21回。就任1年目としては歴代大統領で最多だ。東南アジア9か国のほか、日中露、中東などを駆け回った。アキノ、エストラダ氏らは8回だったというから突出した数である。

行く先々で在留フィリピン人らに熱狂的に迎えられるさまは、「ロックスター」と称されるほどだ。

安全保障上最大の懸案である南シナ海問題については就任直後、オランダ・ハーグの仲裁裁判所で中国の領有権主張を全面的に退ける判決を得たにもかかわらず、中国との交渉でこれを棚上げにした。

今年は東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国である。中国を名指しで非難する共同声明の採択をめざしてきたアキノ時代とは打って変わって、議長として中国批判を率先して回避した。

その見返りだろう、訪中時に240億ドル(2兆5千億円)におよぶ支援をとりつけ、中国が実効支配を続けていたスカボロー礁で4年ぶりにフィリピン漁船の漁が再開された。

米国、フィリピンと組んで中国の南シナ海進出に歯止めをかけたい日本政府からずれば眉を顰める展開だが、「戦争という選択肢はない」(ドゥテルテ大統領)フィリピンの国益を考えれば、悪くないディールといえる。

10月には訪中に続いて訪日、日中を天秤にかけるしたたかさをみせた。安倍首相も今年1月にはダバオを訪れ、5年で1兆円の支援を約束した。

ロシアに接近する一方、オバマ時代には米比関係が過去最悪となった。米国への反発に理由がないわけではないが、個人を猥雑な言葉で罵倒する言動は国益にそぐわなかった。

トランプ大統領とは電話で会談するなどウマが合いそうな雰囲気もあるが、ひざを突き合わせる機会はなく、今後は見通しづらい。米国からの軍事援助や演習について、繰り返し否定的な考えを示しながらも、決定的な断絶には至っていない。

発言がぶれ、気まぐれな大統領に多くの国が振り回されてきた。今後についても予測不能だ。大統領の姿勢次第で、中国が援助やスカボロー礁への対応を変えることは十分にありうる。対米関係は首脳会談次第であろう。

確かなのは、大統領の「日本愛」が本物だということぐらいだ。だからと言って、南シナ海問題で日本に好ましい動きをする保証はまったくない。

〇経済―腕力の使いどころをわきまえれば

経済政策は基本的にアキノ政権を引き継ぐと宣言した通り、好調を維持している。違いは「Build Build Build」の掛け声でインフラ整備に力を入れようとしているところだ。

確かに前政権は、財政黒字にもかかわらず、官民連携(PPP)に頼るばかりで財政出動に消極的だった。これに対してドゥテルテ政権は、日中や湾岸諸国の援助に加え、政府支出をいとわぬ姿勢を見せている。

大きな経済ロスとなっているマニラ首都圏の渋滞対策やマニラ国際空港の過密状態の解消に期待がかかるが、どのプロジェクトもまだ計画段階か、着手したばかりである。今後もこの方針を貫けば、任期末には状況が多少改善されているかもしれない。

剛腕を使ってほしいところはたくさんある。外資参入を阻む憲法の規定の改正や税制改革、規制緩和だ。渋滞対策でも、インフラ整備とともに、運転規律を無視するドライバーらに「ガツン」と言わせてほしいものだ。

外国人としては、空港の職員が盗みや恐喝を働かないよう必罰を徹底すること、入管職員を増やして長い行列を解消することなどを求めたい。

高い国民支持という政治資産を意味のあることに使ってほしい。

△麻薬撲滅戦争―根源に迫る姿勢希薄

大統領はこの一年間、選挙公約通り、「麻薬撲滅戦争」に最も力を入れてきた。その成果をどうみるか。

体感的には「夜の街を歩けるようになった」「ドゥテルテを恐れて、悪いやつらが大人しくしなった」という声をマニラ首都圏でも聞く。ただ犯罪率の低下などの具体的なデータは手元にない。

「戦争」による死者数については、さまざまな数字が乱れ飛んでいる。7千~1万人が多いが、手堅そうな大手放送局ABS-CBNの集計では、ドゥテルテ氏の当選が決まった昨年5月10日からの1年間で、麻薬がらみの殺人は3407件。

うち過半の1897件が警察による殺害だ。マルコス独裁政権時代に9年間続いた戒厳令下で、権力側に殺された犠牲者は約3000人とされる。それと比べても、この間の死者数は際立っている。

殺された多くは末端の密売人や使用者だ。殺すのは警官のほか、自警団と呼ばれる暗殺隊、密売組織のメンバー、刺客らと想像される。なかには密告に対する報復や利益配分をめぐる内部抗争もあるだろう。

しかしより多くは、麻薬組織とつながっていたり押収した麻薬を横流したりする悪徳警官や、密売組織の支配下にある自警団による関係者の口封じとみられる。

大統領は、麻薬犯罪者に対して「お前らを殺してやる」と宣言している。自らの関与が明るみに出ることを恐れ、これまで脅してきた密売人らを殺す警官らにお墨付きを与えているようなものだ。この超法規的殺人に対して、欧米諸国や国連、人権団体からの批判はやまない。

一方、フィリピン国内では一部の人権団体や、直接の被害者、家族を除けば、大きな問題とは受け止められていない状況だ。大統領自身の支持率とともに、「麻薬撲滅戦争」への支持も8割前後を維持している。

政府の推定によると麻薬の使用者は約400万人。大家族のお国柄なので、庶民層なら一家に1人はシャブ中がいて、家族全体の足を引っ張っている感じなのだ。

殺されても、母親や妻、子供は悲しんでいても、兄弟やおじ叔母になれば、実はほっとしているといった例も多いのだろう。

国民が許容している限り、人権云々などと外から口をはさむのはお門違い、と大統領側は主張する。それはひとつの理屈だとして、果たして麻薬問題は解決に向かっているのか? 政権が変われば元の木阿弥にはならないのか?

就任当初、大統領は麻薬取引のボスとして多くの名前を挙げた。関係する議員や首長らのリストも出した。しかし1年後のいま、このうちの何人が摘発されただろう。

大統領を批判し続けた前の法相で政敵のデリマ上院議員を「麻薬取引の元締め」として逮捕したほかは、大物の摘発を寡聞にして知らない。

麻薬取引の首謀者のひとりとされたレイテ島の町長が拘留中に警察幹部に殺される事件が昨年11月にあったが、大統領は、この幹部が有罪になれば恩赦を出すと宣言している。どうみても口封じで殺したとみられるのに、だ。

本気で麻薬取引を撲滅するためには、この国の警察の闇に切り込む必要があるが、残念ながら大統領からその意思は伝わってこない。麻薬汚染の状況が永続的に改善されていく保証はない。

✖汚職追放―期待できない

ドゥテルテ氏の選挙公約のもう一つの柱は汚職追放だった。これは全く期待できないと私は思っている。麻薬汚染が警察の腐敗体質と密接に関係しているにもかかわらず、手を付けないことだけではない。

昨年の選挙戦最終盤で、ドゥテルテ氏の巨額銀行口座の存在を暴露したトリリャネス上院議員が2月、大統領と家族が24億ペソを不正蓄財していると口座記録をもとに再び追及した。

2011年から13年にかけては、ダバオ市の実業家から1億2千万ペソが大統領や家族の口座に振り込まれたとも指摘、口座履歴の公開を求めたが、大統領側は「銀行の判断に任せる」と証拠提出を拒んでいる。歯切れの悪さは否定できない。

さらに政権交代直後の昨年7月、略奪罪に問われていたアロヨ元大統領の公訴が最高裁で棄却され、脊椎の病気を理由に拘置されていた病院から釈放された。

ドゥテルテ氏は選挙中から、アロヨ氏との交友関係を隠さず、大統領就任の暁には釈放に尽力すると話していたが、たちまち現実になった。

アロヨ氏も「大統領と最高裁判事に感謝する」と語った。拘置中は車いすで首にコルセットをして弱々しかったアロヨ氏がいまや下院議員として議場を闊歩する姿を見て、強烈な違和感を覚えるのは私だけだろうか。

歴代の大統領が受け入れなかったマルコス元大統領の英雄墓地への埋葬についても、ドゥテルテ氏はゴーサインを出した。昨年11月、反対派の抗議活動を避けるように遺体はヘリでイロコスから運ばれ、埋葬された。

自らの潔白証明に消極的で、政治腐敗の象徴だった先輩たちを免責する。汚職追放など、私にはたわごとにしか聞こえない。ドゥテルテ時代にこの国に根付く政治家・公務員の腐敗が改善することはないだろう。

✖政権の姿勢―敵に厳しく身内に甘いネポティズム

アロヨ元大統領、マルコス家に共通するのは、アキノ前大統領の政敵である点だ。前大統領と、その流れをくむ野党勢力を政敵と見定めるドゥテルテ氏にとって、アロヨ氏、マルコス家は親しい間柄というより、「敵の敵は味方」といった存在と解釈するほうがしっくりくる。

麻薬対策にしろ、汚職撲滅にしろ、ドゥテルテ氏の判断基準は敵か味方か、あるいは身内かどうか、に置かれているようにみえる。閣僚や側近にはダバオ市長時代にかかわりが深かった人々や幼馴染をあて、批判には耳を貸さない。むきだしのネポティズムがこの政権の特徴だ。

野党や批判的なメディア、外国政府、国際機関に対しては大統領本人だけではなく、取り巻きがネットを使って徹底的に罵倒する。

ドゥテルテ支持のネティズンらは、反対勢力とみなす副大統領や野党議員、記者らへの人格攻撃を繰り返し、ときに脅迫へとエスカレートさせている。大統領がこれをいさめることはほとんどない。

ネットの影響に加え、格差の拡大から社会の分断、亀裂が広がるのは世界的傾向だが、フィリピンも例外ではない。それを大統領が助長していないか、気がかりだ。

5月23日、ミンダナオ島南ラナオ州マラウィ市の一部を、過激派組織イスラム国(IS)に忠誠を誓うマウテグループなどが占拠し、国軍と激しい戦闘になったことを理由に大統領は同島全域に戒厳令を布告した。

1987年に制定された現在の憲法は「侵略もしくは反乱により、治安維持のために必要な場合」に戒厳令布告と人身保護令状の停止措置を取ることができる」と定めている。

マラウィ市の状況が「侵略もしくは反乱」にあたるかどうかは、野党の下院議員らの申し立てにより最高裁で審理中だが、戒厳令が問題解決の特効薬でないことは、数百人の武装勢力の鎮圧に1か月以上もかかっている状況をみれば明らかではないだろうか。

ドゥテルテ氏は大統領就任後、たびたび戒厳令の布告に言及していた。昨年12月には、パンパンガ州のイベントで「上下両院の承認を得ずに戒厳令を発布できるよう憲法を改正すべき」と演説した。

戒厳令の期限は60日間。7月下旬にやってくる。延長の可能性は高いだろう。大統領は、過激派勢力がビサヤ地域やルソン島に進出すれば、という前提付きながら戒厳令を全土に広げる可能性も示唆している。

戒厳令を敷いて野党や反体制派を弾圧したマルコス元大統領を「過去最高の大統領」と称賛する大統領には、強権への憧憬が、少なくとも民主主義的な手続きを面倒と感じるメンタリティがあるのではないかと私は感じている。

ミンダナオにおけるイスラム武装勢力との紛争を抜本的に収めるための解を戒厳令下の武力鎮圧のみに求めるべきではない。

アキノ政権下でモロイスラム解放戦線(MILF)と合意に達しながら、時間切れの形で頓挫した和平プロセスを一刻も早く復活させ、多くの組織や人々を巻き込む必要がある。

それなしには大統領の地元ミンダナオの安定と発展はないし、切望する鉄道建設も夢と終わるだろう。残された5年のうちに和平を定着させ、その果実を住民に分けてほしいと願う。

注目記事