来る6月5日は「落語の日」。「らく(6)」と「ご(5)」の語呂合わせで考案されたこの日にちなみ、My Eyes Tokyo(MET)では海外に落語を広める人たちのインタビューをシリーズでお送りしております。お一人目の英語落語家・大島希巳江さんに続き、今回ご紹介させていただくのはドイツご出身の"落語伝道師"クララ・クレフトさんです。
ある時はドイツ人の視点から見た日本での日々の生活を綴ったブログ「クララの八百八町」ライター、そしてある時は11万人以上のフォロワー数を誇る、@808Towns("八百八町"の意)のハンドルネームで日・独・英を自在に駆使しユーモアたっぷりにつぶやく超人気ツイッタラー、そしてある時は欧州落語公演をプロデュースする落語の伝道師と、様々なお顔をお持ちです。
私たちが過去に取材させていただいた落語関係者は、落語家が中心でした。今回のような落語の海外プロモーターにお話をお聞きするのは全くの初めてです。考えてみれば落語の"裏方さん"の実態そのものがあまりメディアに出ておりませんから、その人たちの実態に触れる機会はかなり限られていると思います。
そのようなわけで、落語をヨーロッパ全土に広めるドイツ人女性伝道師のお話は、恐らく空前絶後と思われます。どうかそのつもりでお読みいただけると嬉しいです。
*この記事が掲載される頃は、お2人の落語家と共に欧州ツアーの真っ最中です!
■ 日本語落語 + 現地語字幕
私は2011年から落語の欧州公演を続けています。落語家は現地で日本語で演じ、それにライブで字幕を流すというスタイルです。字幕は英語だけでなく、ドイツ語、チェコ語、スロバキア語、ラトヴィア語、ポーランド語でも流します。なぜならヨーロッパとは言え、皆が英語を理解できるわけではないからです。
現地語で字幕を作るのは、ドイツ語と英語は私ですが、他の言語は現地の大学の日本語学科の学生さんなどにお願いします。ただし落語で使われる日本語は主に江戸弁なので、いくら日本語を勉強していても理解するのは難しい。そこで私が英訳も彼らに送ります。
会場にいらっしゃるお客さんは、日本人さえも見たことがないという人から、すごい"日本オタク"という人まで、実に様々です。会場には日本人が1人しかいないことすらあります。また必ず終演後に質疑応答の時間を設けますが、どこの会場でも来る質問はだいたい同じです。「どうして落語家という職業を選んだんですか?」とか「着物は何枚持っていますか?」とか(笑)2013年にご同行いただいた女性落語家の春風亭ぴっかりさんに対しては「男性中心の落語の世界で、大変ではないですか?」という質問が出たりしました。あとは「外国人落語家はいますか?」とか。
他にもスロヴァキアでは「落語を子どもたちの教育に使えば、感情豊かな子どもに育つと思う。空手も柔道の道場もヨーロッパ中にあるのだから、ぜひ落語教室もあちこちで開いてほしい」というご感想をいただいたり、ウィーンで読み聞かせをしているグループのメンバーはすごく感激して「これからは、もっと読み方を工夫しようと思います!」とおっしゃってくれたりしました。
どの公演でも、必ずアンケートの記入をお客さんにお願いします。でもただお願いするだけでは、回収率は2割くらいです。そこで「アンケートを記入して下さった方には、サイン入り色紙や特製手ぬぐいを差し上げます!」と言うと、回収率が9割ほどまで上がります(笑)そこで書かれたことを元に、どの噺がウケるかなどを研究しますので、会場によってウケる・ウケないの差が出ることはありません。
■ 落語との出会いはオーストリア人
私が落語に出会ったのは、日本人から教えてもらったのではありません。海外出身の方からの影響です。
ウィーン在住で日本語が大好きなオーストリア人の友達がいます。彼はウィーン大学の教授で、世代も日本語学習歴も私と同じくらい。日本人女性とお付き合いされたり、日本に旅行で来ることはあっても、日本に住んだことはありませんでした。その人が2010年に東京に来た時に私が街を案内して、友達になりました。実は彼との出会いが、落語との出会いだったのです。
彼は落語の音源をMP3などで集めていました。私は彼とそれらの噺を聞いてみましたが、さっぱり分かりませんでした。もちろん私は日本語は堪能でしたけど、"竃"とか"舫う"といった、古典落語で使われる言葉は今の生活では使いませんよね。それにオチも難解過ぎて分からないものがあり、中には演者がマクラでオチの説明をしてから噺に入るものすらあります。つまり、日本人でさえも理解するのが難しい噺が存在するということです。
でも一方で、そのオーストリア人の友人はそれらの噺を理解している・・・この人は日本に住んだことがなかったにもかかわらず笑える一方、なぜ日本に長年住んでいる私が理解できないのか?それが悔しくて「私も落語で笑えるようになってやる!」と思った。それが私が落語にはまったきっかけでした。
一番最初に私が行ったのは、"ネタ出し"の会でした。ネタが事前に公表される会のことですね。事前にネタを知らせてくれることで、落語初心者かつ日本語学習者の私は、その噺の内容を調べてから見ることができました。実際には、ウィキペディアなどで噺のあらすじを頭に入れてから会を見に行きました。そうするうちに、落語で使われる独特な日本語を覚えていきました。
しかもドイツ人の私が落語会に行くと、必然的に目立ちます。小さな会場では高座からイジられたこともありました。ロビーでおじいさんに下らないダジャレを言われて、日本語能力が試されることは今でもあります(笑)。終演後に交流タイムがあるような会もあり、そういうところにも参加しました。そうして顔を覚えていただきました。
■ "ちょっと遠いところ"で始まった欧州ツアー
私が落語に出会ったその翌年、2011年は日独交流150周年でした。そのため、まず私は親善事業の一環として、すでにお知り合いになっていた福島県ご出身の三遊亭兼好師匠に、ある提案をしました。
「師匠をお招きして会を開きたいと思っているんですが・・・」
「いいですよ」
「でも、ちょっと遠いんです・・・」
「どこまでも行きます」
「ドイツでも?」
師匠は「あ、いいですよ。行きましょう!」とおっしゃってくれました(笑)それでダメ元で国際交流基金に助成金を申請して、無事下りました。
そのようにして始まった、私にとっての初・落語海外公演。ドイツ以外にも、先ほど申し上げた落語好きのオーストリア人や、他にも知人のネットワークを使い、ドイツ・オーストリア2カ国計5カ所ほどで公演させていただきました。それが好評を得て「私たちのところにも来て下さい」というお声が多くかかるようになりました。
そのような経緯から2012年、同じく三遊亭兼好師匠、そして寄席囃子の恩田えり師匠と一緒にドイツとスイスで公演を行いました。スイスのジュネーブではフランス語の字幕を流しての公演でした。
帰国後、日本の落語ファンの方々から「こいつもヨーロッパに連れてあげてよ!」と言われて、「分かりました!」と酔った勢いで言い(笑)2013年にヨーロッパにお連れしたのが春風亭一之輔師匠でした。ドイツ、スロヴァキア、ポーランド、ベルギー、スペインで公演しました。
そして昨年(2014年)にお連れしたのが桃月庵白酒師匠、三遊亭天どん師匠、寄席囃子の恩田えり師匠でした。公演国はドイツ、スイス、チェコ、オランダ、デンマークで、オランダとデンマークでは英語字幕を流しました。現地の人から「わざわざオランダ語やデンマーク語に訳す必要はないよ。だって私たちはネイティブ並みに英語が理解できるから」と言われたからです。またこの年は日本とスイス国交樹立150周年を記念し、スイスでも公演を行いました。実は、白酒師匠と天どん師匠は海外公演だけでなく、海外に行くことそのものが初めてだったそうです。
2014年 欧州公演
■ 2015年は4カ国で公演
今年も欧州公演を行います。お連れするのは入船亭扇辰(いりふねてい せんたつ)師匠と、二ツ目の入船亭小辰(いりふねてい こたつ)さん。6月1日〜9日まで欧州公演を行い、10日に日本に帰国します。わずか10日足らずでスウェーデン、ラトヴィア、ドイツ、チェコの4カ国で公演するという、かなりハードなスケジュールです。
スウェーデンはストックホルムにある国立博物館で公演します。そこではいろんな日本の文化を紹介する通年行事があり、その一環として招聘されました。ラトヴィアは、昨年と一昨年の東京でのゲネプロを手伝ってくれた日本人の友人が住んでおり「じゃあラトヴィアでもやろうよ!」と提案してくれたのがきっかけです。ドイツは、扇辰師匠の故郷・ 新潟県長岡市の姉妹都市という縁で"トリアー"という街で公演させていただきます。
■ どの言語でも笑わせるのは落語家自身
欧州公演の前に、毎回必ずゲネプロ(本番直前に行う通し稽古)を行います。「世界制覇本番前【英語字幕付き落語】」と称し、実際にお客さんにもお越しいただきます。しかも外国人比率が高くなるよう調整します。
一番最初に申し上げたように、私たちの欧州公演では日本語落語に字幕を付けます。字幕が付いているということは、噺の始めから終わりまで日本語の内容が字幕とピッタリ合うのが理想です。話は少し飛んでいたりしても字幕でどうにか繕う事は出来ますが、もし演者がお客さんをイジったり、会場の雰囲気でアドリブを加えたりすると、字幕と合わず現地のお客様は分かりずらくなりますので、できません。また字幕があっても演じる時の言葉は日本語なので、日本での公演以上に身振り手振りへの依存度が高くなります。そのようなことも、公開ゲネプロを通して師匠たちに感じていただいています。さらにゲネプロでは終演後、質疑応答のコーナーを設けます。そこでお客様からいろんなご提案やアドバイスを頂いたり、その質問にもお答えします。
もちろん今年も、この公開ゲネプロを行いました。会場の収容人数が80名ほどだったので、欧州公演で回る場所とほぼ同じ規模での公開リハーサルになりました。
ただ面白いことに、たとえ現地語の字幕があって、そこに面白いことが書いてあったとしても、演者がただただ抑揚なく噺を「語る」だけだと、誰も笑わないんです。「字幕が人を笑わせるのではない。言葉が日本語だとしても、笑わせるのは演者の腕なのだ」ということですね。
■ 欧州公演は"三方良し"
公演のための資金調達には毎回頭を悩ませますし、それにこちらからどんなに指示や説明をしても、会場にきちんと設備が整っていないことがあります。私たちの公演は字幕が命なので、それを映写するためのプロジェクターは必須なのですが、プロジェクターが天井に備え付けられているにも関わらず、それをつなぐためのコンセントが無いことが、会場に到着してから発覚したこともありました。こちらは実際に中に入るまで会場がわからないので、会場側からの説明が足りないことがある上、会場の担当者は落語がわからないので「大丈夫でしょう」と思いがちです。全然大丈夫ではないのに・・・
また事前の準備や、助成金を出していただく国際交流基金さんへのレポート作成の期間も含めると、年1回の公演とはいえ、その年はそれにかかりっきりになります。
こんなにハードな欧州公演を、これからも続けるか? - それは分かりません。何故なら、私は強い使命感を持っているわけではなく「落語が好きで、楽しいから、やる」ただそれだけですから。日本の文化を海外に広めることが、すごく楽しいんです。
それに日本文化が海外に広まるだけでなく、公演した国のことが日本に知られるようになることは現地の人たちにとっての喜びですし、現地で日本語を学んでいる学生さんにとっては、落語家と話すのはすごく貴重な機会です。
欧州には「日本の文化=アニメ・マンガ」だと思う若い人が大勢いますが、落語公演で「あ、日本の文化って、こんな面白い物もあったのか!」と一人でも多くの人に感じていただけたら嬉しいですね。
それに落語家にとっても、高座で公演中のエピソードを語れますしね。例えば三遊亭兼好師匠は、わざと髪を伸ばしたまま日本を発ち、ドイツで床屋に行きました(笑)そうすると、床屋に行った経験を高座でお話できるんです。
私にとっての落語の魅力・・・それは、同じ噺でも落語家によって全く違う内容になるところですね。同じことは演劇にも言えますが、落語では演者はたった一人。落語家は俳優であるだけでなく、演出家でもあり、カメラマンでもあると思います。また主役だけでなく、性別問わず脇役まで一人で演じます。
たった一人の人間が、世界を作り出す - それが落語の一番の魅力ですね。
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(2015年5月15日「My Eyes Tokyo」に掲載された記事を転載)