今年も春の足音が聞こえてきました。もうすぐ日本列島は桜色に染まりますが、その前に皆さんの街が1日だけ、緑一色に染まりました。
3月17日の"セントパトリックス・デー"です。
アイルランドにキリスト教を広めた伝道師パトリキウス(聖パトリック)の命日で、アイルランド移民の子孫たちが数多く住む国々では、盛大なお祭りが催されます。
この日を記念し、アイルランドからやってきた"日本文化の伝道師"をご紹介します。
日本文学翻訳者、詩人、アーティストとして活躍するピーター・マクミランさんです。
日本文学の翻訳においては「小倉百人一首」や「伊勢物語」などの古典文学を中心に読み解いて英訳するなど、日本古来の文化や精神性を世界に向けて発信しています。
いつも明るく、素敵な笑顔とユーモアで会う人を和ませるマクミランさん。
聖パトリックがキリスト教をアイルランドに伝えてから約1700年を経た現代、マクミランさんは日本文化を"言祝ぐ(ことほぐ※1)者"となって、日本の"和"を世界中に伝えています。
※1「言祝ぐ(ことほぐ)」・・・言葉でお祝いすること
*インタビュー@元麻布(港区)
■ 人生を変えた「百人一首」
コロンビア大学で研究をしていた頃、アメリカ出身の著名な日本文学者であるドナルド・キーン先生を通じて日本の古典文学に触れました。
この時に出会ったのが「小倉百人一首」です。まずは日本の高校生向けの古文の教科書などを参考にしながら、百人一首を読みました。
その後、一首一首を英語に訳す作業を3〜4年かけて行いました。
この翻訳を通じて、私は日本語の婉曲的な表現の美しさや「和をもって貴しと為す」(※2)という日本人の精神性、自然と融合し一体化する日本文化の在り方に惹かれていったのです。
自然との一体化という側面は、アイルランドの文化にもあります。古代アイルランドにも、神道に近いアニミズムが存在しましたし、古くから伝わるおとぎ話もあります。
そして何より、アイルランド人も詩が大好きです。共通点がたくさんあったからこそ「もっと日本にいたい」と思うようになりました。
※2「和をもって貴しと為す」・・・聖徳太子が作ったとされる十七条憲法の一条目。"何事を行うにも、みんなが仲良くし、いさかいを起こさないのが良い"という意味
■ 翻訳を通じて"伝える人"へ
「小倉百人一首」の英訳は、自分がより深く日本人の精神性を理解したいと思って行ったものでしたので、出版するつもりは全くありませんでした。
しかし当時、直接指導を仰いでいた恩師・加藤アイリーン先生を通じて、私の翻訳がドナルド・キーン先生の目に留まったのです。
こうして2008年、コロンビア大学出版局より"One Hundred Poets, One Poem Each"として私の英訳版百人一首が出版されました。
キーン先生に書いていただいた序文では「過去に行われた百人一首の英訳の中でもっとも素晴らしい」と絶賛していただき、アメリカと日本から、栄誉ある翻訳賞もいただきました。
この"One Hundred Poets, One Poem Each"は、「英詩訳・百人一首 香り立つやまとごころ」(集英社新書刊)として日本でも出版されています(2017年4月7日に新訳版を文藝春秋より出版予定)。
この出来事をきっかけに「もっと日本の文化を世界に紹介したい」と思うようになりました。
そのような日々の中でもう一つ、私にとって大きな出来事がありました。6年前に起きた東日本大震災です。あの震災を機に、私の中で社会貢献への思いがとても強くなりました。
自分に何ができるかを考えたとき、やはり最初に思い浮かんだのは翻訳です。日本の素晴らしい書籍や文献を英訳し、世界に紹介することが文化交流につながるのであれば、ささやかなりとも社会に貢献できるのではないか・・・そう考えました。
このような思いから生まれたのが「伊勢物語」の英訳です。私は5年をかけて、この翻訳に取り組みました。
■ 世界に広げよう 歌かるたの輪
私が現在、もっとも力を入れて取り組んでいるのが"英語版・百人一首カルタ"の制作です。
英語の歌かるたは世界初ですが、もうひとつ"世界初"があります。それは、歌の世界を表す背景画をカルタに挿れたことです。
通常の歌かるたは、それぞれの歌を詠んだ歌人が描かれていますが、 私の考案したものには、富士山(Mount Fuji)など歌の舞台となっている風景や、白妙の衣(white robes)など詠まれているものの絵を挿れました。
上の句と下の句の絵を合わせると一枚の絵となるように配置されているので、分かりやすいと思いますし、何より楽しいですよね。
この歌かるたは、日本の方々に英語学習用として活用していただければと思っています。
中学・高校などで広めてもらえると嬉しいですね。また海外の人々にも身近なカードゲームとして楽しんでもらうために、トランプサイズでの制作を考えています。
さらなる挑戦は、"英語版・百人一首カルタの世界大会"です。
今年1月に都内のアメリカ駐日大使公邸で、初めて英語での百人一首カルタ大会が行われましたが、これを日本国内だけでなく、世界でも開催したいというのが、これからの私の夢です。
■ 私は"言祝ぐ"人
欧米は"正義"を重んじる文化、日本は"和"を重んじる文化です。どちらが良いということはありません。
欧米も和を貴ぶ日本人の精神性を学んだ方が良いと思うし、日本も欧米人の正義を重んじる姿勢から学べるものがあると思います。
それは私自身も例外ではありません。気質としては短気な方なので、「和をもって貴しと為す」べきなのは、むしろ私の方かもしれませんね(笑)
私の仕事を一言で表すなら、"言祝ぎ(ことほぎ)"でしょうか。
平安時代初期の歌人・在原業平は、人から頼まれて祝福の席などで歌を詠みました。それが"言祝ぐ(ことほぐ)"こと、つまり言葉でお祝いするということですね。
これは古代アイルランドの文化にもあり、王族の次に位した詩人の大事な仕事でした。
日本の素晴らしい文化を言祝ぎ、世界中に発信する・・・私はこれからも、祖国で培った詩を愛する心を持って、日本を言祝ぎ続けていきたいです。
【関連リンク】
ピーター・マクミランWeb Site:peter-macmillan.com/