月額3000円の子ども手当で妊娠を望むって?

南アフリカでは1800円というお金は、多くの家族にとって、一年かけても貯めることができる金額ではないのです。残念ながら。

南アフリカの第三の都市ダーバンから約45分ほど車を走らせると、目の前に広がるのは、行けども行けども果てしなく続くサトウキビ畑です。

ここは、クワズールナタール州の田舎、Hibberdeneと呼ばれる地域で、ウグ郡のUmzumbe Municipality内にあり、自治区全体の人口は約16万人です。主たる産業は農業ですが、人口の大多数を占めるZuluの人たちはこの延々と続くサトウキビ畑の持ち主ではなく、必要な時期だけに雇われる農業従事者です。

ここで郵政省のボランティア貯金助成金やJICA草の根技術協力事業、JICAの小規模プロジェクトなどをつなぎながら地域の発展のため、40校に上る小中学校、高校に図書館を寄贈し、学校菜園のプロジェクトを2003年から続けている日本人女性がいます。

平林薫さんは、ANC(African National Congress)の東京事務所の最後のスタッフの一人でした。薫さんはANCの事務所で働きながら南アフリカに惹かれ、ついに1997年南アに移住してしまった女性です。

その薫さんの案内で、彼女たちが図書館を設置した小学校、高校を何校か訪問しました。

薫さんが現在南ア代表を務めるアジア・アフリカと共に歩む会(TAAA)は地道に活動を続けていて、図書館に回す予算がまったくなかった地域の学校に確実に図書館を設置してきています。

多くの経済的に恵まれない家庭の子どもたちが通う地域にある学校で、子どもたちが自由に本を借りられるのは素晴らしいことです。

今回はあいにく、実際の図書館の活動は見学することはできなかったのですが、ある小学校での校長先生との話に私は深く心を動かされました。

校長先生は、Mrs. Mbambo 。このBhekizizwe 小学校に赴任されてから10年が経ちました。私たちが訪問した日、彼女は盛んに明日のお天気を気にされていました。なぜかというと、次の日はこの小学校の一年の最も大切な行事が控えていたのです。

それは、子どもたちを電車とタクシーを利用させて、HibberdeneからDurbanまで遠足に行く日だったのです。

その費用は日本円にして約1800円。これを親たちが1年かけて貯金するのです。全校生徒200余名の中、71名が今年は参加、ということでした。

残された130名の子どもたちのことに話が及びました。

「1800円というお金は、多くの家族によって、一年かけても貯めることができる金額ではないのです。残念ながら。行けない子どもたちはかわいそうだけど、これがこの地域の現実です」

たった一時間しか離れていないダーバン。でも、この地域の子どもたちにとって、そこは遠い大都会であり、そこまでたどり着くのは並大抵のことではないのです。

この話を聞いてから、段々と言葉が少なくなってきた私に、校長先生がさらにこんなことを言い始めました。

「私が何を残念に思うかというと、この小学校でいい成績を残した女の子たちに限って、高校に入って9年生までにほとんどが妊娠して高校を退学してしまう、ということなのです。元気で活発だった女の子がほとんど皆そうなってしまう」

この社会的背景が何か、想像できますか。

実は、南アフリカでは、子ども手当、という福祉制度があって、子ども一人につき、月額3000円程度のお金が政府から支給されるのです。

考えらえないことですが、こういった田舎に住む、他に何の収入のあてもない女性たちが、この微々たるお金を目当てに妊娠し出産にいたるのです。

「彼女たちの親たち、とにく母親はこういうことをどう考えているんですか」

という私の問いに、校長先生はこれまた非常に過酷な現実を述べ始めました。

「彼女たちの母親は、だいたいがアルコールに溺れていて、母親らしいことは何もしていないのですよ」

これがすべてだとは思いません。が、現在9年生というと年の頃は14、5歳です。とすると、母親たちは30歳前後なのです。十分な教育を受けていない、就職先が本当に限られている地域で、多くの人たちが、希望もなく、またどんなことをしたらいいか見当もつかないで、アルコールや麻薬に溺れている、という現実がそこにありました。

アフリカに暮らす、ということはこういう現実が自分の目の前に広がっていることを直視する、ということも含みます。

で、自分はこれをどう捉えるか、ということです。

私は教師として、大人として、子どもたちには、教育が、あるいはもっと大きい意味で、"学ぶこと"が広げる可能性を実感して欲しい、と願い続けています。

でも、さすがにこのたかだか3000円のお金欲しさに妊娠に走る女子高校生たちに、何をどう伝えればいいのか、と茫然としてしまいました。

が、茫然としている暇はないのです。

私は自分が何をできるかをとことん考えました。Hibberdeneから帰宅して、何日も眠れない夜を過ごし、いろいろ考えました。

もしも自分があの地域に住む子どもだったら、将来、何かになりたい、と夢想することがあったのだろうか、と想像してみました。

目の前に広がるのはただただ風に揺れるサトウキビです。家に目を向ければ、お酒に飲まれてしまっている母親。父親は多くの場合は同居していません(ズール族の習慣で多額な結納金が必要なため、両親が結婚関係にあることの方がめずらしい)。多くの子どもたちの経済環境は厳しく、毎日の食事にさえ事欠くこともあるのです。

結局、何かを選択しようにも、世の中にどんな選択肢があるのか、というそもそもの情報が圧倒的に欠落しているのです。

「それだったら、あの日本で大ベストセラーになった、『13歳のハローワーク』を南アフリカバージョンで作れないだろうか」

というアイディアがウワ~ッと勢いよく浮かんできました。

『13歳のハローワーク』とは、村上龍さんが作成した中学生向けの仕事ガイドです。この本が優れているのは、なんといっても、中学生が自分の得意な分野から将来の仕事を学ぶことができることです。

いかに情報が隅々まで行き届いているような日本の社会でも、実際、子どもたちが将来の仕事としてイメージをわかせやすいのは、身近にいる大人の職業からかもしれません。

昔のように、家業を継がなくてはいけない時代はとっくに過ぎたのに、多くの人が自分の親の職業に就くことを選択するのは、やはりその職業が幼い頃から身近にあったことが大きな原因になっているのでしょう。

でも、Hibberdeneに暮らす多くの子どもたちにとって、自分たちの周りにある"職業"は、片方の手で数えられるほど限られているのです。

学校の先生、警察官、農業の手伝い、酒場の店員、タクシードライバー......。これらの仕事は世の中には必ず必要です。が、これだけではいかんせん、子どもたちが想像力を掻き立て、憧れの職業に就くことを目標としてもらうことは難しいです。

『13歳のハローワーク』のページを見ていくと、本当にいろいろな職業を学ぶことができます。また、その職業に就いたら、一か月平均でどのくらいの報酬が期待できるのか、ということも包み隠さず記述されているのがとても具体的でいいと思います。

この本では、子どもたちが得意な学校の科目から、これを発展させると、こんな職業に就くことができるよ、と職業を紹介していきます。

各職業には、「そこにたどり着くには、どんな勉強をして、どんな資格が必要なのか」という実務的な情報もどんどん登場します。

子どもたちにとって、例えば、

「私はみんなでしている菜園のプロジェクトが好き」

という発言に、こんな風なつぶやきをしてあげられます。

「そうなんだ、菜園が好きなら、野菜を研究する人とか、農業とか、いろいろできるね」

「外で働くことが好きなら、公園を管理することもできるよね」

実は、学校の科目も、あり方も、日本と南アではかなり違いがあるので、村上さんの本をそのまま翻訳しても、南アの実情に沿ったものにはなりません。南アには南ア向けにまったく新しい視点でこういった類の本を最初から作り上げる必要があるようです。

小学生たちには絵本仕立てにして、世界にはどんな職業があるかを楽しく紹介してあげたいと思います。

中学生たちには、本の内容を厳選して、南アの公用語に翻訳して彼らの興味を広げたいと思います。

そして、高校生たちには、それこそ、南アのどこの教育機関で、それぞれが目指す職業に就くための勉強ができるかを具体的に紹介してあげたいと思います。

まだまだクリアしなくてはいけないことは多々ありそうですが、前進あるのみ、で邁進していこうと鼻息を荒くしております。

(2015年11月18日「空の続きはアフリカ」より転載)

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