全てが振り出しに戻ったトランプ大統領の欧州訪問 ――日本にとっても対岸の火事ではない

欧州にとっては、苦悩の時代が続く可能性が高い。

中東訪問とG7首脳会合出席に挟まれたトランプ米大統領のブリュッセル訪問は、欧州にとってはほとんど災難であり、トランプ政権への懸念はさらに深まることになった。

欧州諸国は、大統領選挙でのトランプ候補の当選に当惑、反発しつつも、政権発足後は徐々に関係構築の努力をしてきたが、今回明らかになったのは、これまでの努力がほとんど無意味だった現実である。全てが振り出しに戻ってしまったかのようだった。

「支払え」:NATO首脳会合

まずはNATO首脳会合である。新しい本部ビルの前で、しかも、9.11テロの世界貿易センタービルの残骸の鉄骨の展示の除幕式という舞台に立ったトランプ大統領の演説は、まさにNATOに冷水を浴びせるものだった。

トランプ大統領は、欧州諸国に対する国防予算増額要求を前面に出し、「払っていない」、「支払え」と連呼した。

さらに、GDP(国内総生産)比2パーセントの国防予算は必要最低限に過ぎず、不十分であり、「米国の納税者に対して公正ではない」と訴えたのである。

GDP比2パーセントとは、NATOとして合意された国防予算の目標基準値だが、28カ国中23カ国がそれを満たしていない。それ自体は欧州側の責任であり、トランプ大統領のみならず、米国の専門家の間でも不満が高まっている。今回の首脳会合では、国防予算、能力(装備)、NATO主導作戦等への貢献に関する「年次国別レビュー」を行うことが合意された。

それ以上に欧州側が懸念を深めたのは、今回のトランプ演説が、NATOによる集団防衛、すなわち加盟国が攻撃された際の支援(北大西洋条約第5条)への米国のコミットメントに触れなかったからである。

しかも、演説の行われた式典の名称は「9.11と第5条記念碑除幕式」だった。米国での9.11テロに対してNATOは史上初めて第5条を発動し、米国を支援した。それを記念する舞台だったのである。

従来は、国防支出と集団防衛コミットメントを関連付けるような発言――「支払っていれば守る」――があり、それすらも、本来無条件であるべきものに条件を付けたとして批判されていた。しかし今回は、財政努力を求めつつ、明示的には集団防衛には触れないままに終わったのである。

ホワイトハウス関係者は、のちに、演説の最後の「(9.11テロの際に)共に立ち上がってくれた友人を決して見捨てない」と述べた部分が、集団防衛へのコミットメントの表明であると説明した。たとえそうだとしても、他の箇所のストレートさとの相違は明らかである。

実際、大方の受け止めは、トランプ大統領が集団防衛へのコミットメントを避けたというものだった。「ロシアを喜ばせただけだ」との批判があるのもそのためである。

政権発足以来、ペンス副大統領やマティス国防長官が欧州で、米国のNATOへのコミットメントを繰り返し、安心供与に努めてきたが、それらはまさに水疱に帰したかのようだった。ただし、実態面で欧州駐留米軍の増強がトランプ政権下でも継続し、2018年度予算案においても、関連経費が大幅な増額となっていることは安心材料だといえる。

国防予算増額と並ぶトランプ政権のNATOへの要求は、テロ対策での役割拡大だった。そしてNATOは、加盟国に加えて今回、NATOとしてイスラム国に対する有志連合に参加することになった。これはトランプ政権の強い意向を受けてのものだった。

しかし、それ以上に米国が具体的に何を求めているのかは、必ずしも明確ではない。ストルテンベルク事務総長は、NATOが戦闘に関与するものではないと説明している。

今回の演説では、「将来のNATOはテロリズムと移民問題により焦点を当てなければならない」と述べている。これも、視点を変えれば、領土防衛を基盤とする集団防衛の相対化である。テロ対策はともあれ、「移民問題」をNATOの焦点とすることにどれだけの支持が得られるかは疑問であろう。

それでも、国防予算とテロ対策への関与の増大という、トランプ政権の2つの主張が、NATOを大きく動かしていることは否定できない。米国のアジェンダ設定力を改めて示したともいえる。

「ドイツは悪い」:EU首脳との会談

NATO首脳会合の前に行われたEU首脳との会談も、とげとげしい雰囲気だったと伝えられている。トランプ大統領がメディアの前で発言する機会はなかったものの、EUのトゥスク欧州理事会議長(大統領)は会談後、貿易と気候変動は未解決であり、対ロシア政策でも見解が一致しているとはいえないとの認識を示した。

さらに、会談においてトランプ大統領は、ドイツ製の自動車が米国市場に溢れていることを指し、「ドイツは悪い、非常に悪い」、「これは止めなければならない」と述べたと報じられた。

これについては、ドイツのメディアを中心にセンセーショナルな報道がなされたことを受けて、ユンカー欧州委員会委員長が後の記者会見で、攻撃的な口調だったわけではないと弁護したが、結果として発言の存在自体は追認された格好になった。

関連して、EUは域外共通関税を有しており各国の関税率は同じであること、また、共通通商政策により、貿易協定はEUレベルで締結されるという基本的な事実すら、トランプ政権側は理解していなかったとも伝えられている。ただし、正式な発表はないが、米EU間の通商関係に関する新たなメカニズム設置の方向などでは一致したと伝えられている。

通商政策や気候変動への姿勢は、直後のイタリア・シチリア島でのG7首脳会合でも争点となった。

特に貿易に関しては厳しい議論が行われ、トランプ大統領は、関税率を互いに同じにすることが「公正な貿易」であると主張したと伝えられている。自由貿易体制や地球温暖化対策のための国際体制そのものが問われているのである。

政権発足以降は、NATOに対してもEUにしても、理解が深まってきたと期待されていたが、それは幻想だったことが露呈したのが今回のトランプ訪欧であった。欧州にとっては、苦悩の時代が続く可能性が高い。

今回の欧州訪問に関しては、米国の信頼性とリーダーシップを確立する貴重な機会を逃したとの批判が、米国内でも存在する。しかし、欧州諸国の国防予算増額やテロ対策への貢献の拡大、そしてより公正な貿易といった要求自体は、国内で広範に支持されている主張である。

トランプ大統領自身、歴訪を終えるにあたって、「すべての訪問先でホームランだった」と自画自賛している。米欧関係の現状や方向性に関する米欧間の認識ギャップの拡大が大きな懸念材料にならざるをえない所以である。

対岸の火事ではない米欧対立

欧州に比べ、日本の安倍政権はトランプ政権との良好な関係の構築に、現在のところ成功しているようにみえる。安全保障面のバードンシェアリングに関しても、無謀な要求は聞こえてこないし、通商面も小康状態である。

だからこそ、G7首脳会合を前に、安倍首相は、「EUとトランプ氏が正面衝突しないように調整する」という余裕すらみせていたのである。

トランプ大統領による欧州への厳しい姿勢は、欧州で根強いトランプ政権への批判への「お返し」の面もあるかもしれない。そう考えれば、トランプ大統領の懐に飛び込んだ安倍首相の判断は、国益に資する勇気あるものだったといえる。

しかしその効果はいつまで続くのだろうか。欧州に対するような姿勢をトランプ政権が日本に対してとる可能性は本当にないのか。ないとしたら何故そういえるのか。

例えば、欧州にはGDP比2パーセントの国防予算支出を求めつつ、日本が1パーセントでよいとする合理的根拠は見出せるのか。

もちろん、警戒監視活動や弾道ミサイル防衛など、過去数年で米軍と自衛隊の協力は大幅に拡充されたのは事実であるし、2016年3月に施行された平和安全法制も追い風である。米軍駐留経費の負担割合も日本はNATO諸国に比べて高い。日本としては、受け身になるのではなく、こうした役割を強化し、発信していく他ない。

また、中国や北朝鮮の脅威を受け、米国にとってアジア太平洋地域の重要性が増しており、そのなかでの日本の位置付けが上昇しているとの背景もあろう。

それに対して、NATOにとっての最大の脅威であるロシアを、トランプ大統領はあまり脅威として認識していない様子である。

それでも、トランプ大統領がそこまでNATO諸国の国防予算に注文をつけるのであれば、日本が俎上に載せられないと断言するのは時期尚早だろうし、対独貿易赤字が問題になるのであれば、対日赤字も問題視されて当然である。

日本でも、安全保障面よりは経済・通商面でトランプ政権の方向性への警戒心が強く残っているが、いずれにしても、「日本は大丈夫」、「トランプ政権は日本びいき」といった安易な幻想にとらわれてはならない。

欧州を含めた世界の他地域におけるトランプ政権の言動に、今後とも注意を払っていく必要があろう。今回のトランプ大統領の欧州訪問における言動や米欧間の対立やすれ違いは、日本にとっても対岸の火事ではない。

そしてその先には、日本と欧州が、トランプ政権に受け身で対応するだけではなく、米国を巻き込んだ形でいかに国際秩序像を示し、その維持、形成に主体的な役割を果たしていけるかという大きな課題が待ちうけている。

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