この連載の前回では、人間の体にある「体細胞」と「生殖細胞」の違いについて紹介しました。今回はいよいよ「幹細胞」とは何かを説明していきます。
辞書的な定義を確認すると、幹細胞とは、生体の組織や臓器になる前の「もと」となる細胞のことです。体細胞や生殖細胞を「枝」と考えれば、その「もと」である「幹」が幹細胞である、と考えればわかりやすいでしょう。
幹細胞の特徴は2つあります。1つは、分裂して自分と同じ幹細胞を増やす能力で、「自己増殖能」と呼ばれます。もう1つは、体を構成するさまざまな細胞になる(分化する)能力で、「多分化能」と呼ばれます。「多分化能」がきわめて広くて、皮膚などになる「外胚葉」、消化器などになる「内胚葉」、血管などになる「中胚葉」、これら三胚葉すべてに分化する能力がある場合には、「多能性」といいます。
ただしこれらの言葉の使われ方は、専門家の間でも統一されていないことがやっかいです。たとえば「多能性」のことを「万能性」と呼ぶ専門家もいます。また、マスコミは後で述べる「多能性幹細胞」のことを「万能細胞」と呼ぶことがあります。本連載では「万能」という言葉は誤解を招く可能性があると考え、できるだけ使わない方針をとります。
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さて、幹細胞にもさまざまなものがあるのですが、有名なのは、ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)でしょう。詳しくは次回以降に書きますが、ES細胞もiPS細胞も多能性を持つことから「多能性幹細胞」と呼ばれます。
2つの大きな違いは、それぞれが何からつくられるか、です。ES細胞は、日本語訳からわかる通り、胚からつくられます。それに対してiPS細胞は、体細胞からつくられます。どちらもその多能性という特徴によって、「再生医療」と呼ばれる医療への応用などが期待されています。
ニュース、とりわけ英語圏のニュースの見出しで「幹細胞(stem cell)」という言葉が使われるときには、ほとんどの場合、ES細胞やiPS細胞のような多能性幹細胞のことを意味します。
しかし、幹細胞はES細胞やiPS細胞だけではありません。そうした多能性幹細胞のように三胚様すべてに分化できる多能性はなくても、ある程度の多分化能を持つ幹細胞は、体中に存在します。たとえば血液を構成する各種細胞の「もと」である「造血幹細胞」、各種神経細胞になる「神経幹細胞」、各種筋肉細胞になる「筋肉幹細胞」などの存在が知られています。これらはまとめて「体性幹細胞」と呼ばれており、ES細胞やiPS細胞と同じように、再生医療に活用することが期待されています(骨髄などから得られる造血幹細胞を白血病患者に移植して治療することはすでに普及しています)。
本連載では主に多能性幹細胞を扱いますが、必要に応じて体性幹細胞を取り上げることもあるかもしれません。
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次回はES細胞について解説します。
Written by 粥川準二(かゆかわ・じゅんじ)
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