難病「ムコ多糖症」を持って生まれてきた私の長男

現在中学3年生の私の長男、耀は進行性の難病「ムコ多糖症」を持って生まれてきました。今回は耀が生まれてきた時のお話をしたいと思います。

現在中学3年生の私の長男、耀は進行性の難病「ムコ多糖症」を持って生まれてきました。今回は耀が生まれてきた時のお話をしたいと思います。

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耀は1998年10月6日、妊娠34週目の早産でおまけに逆子と言うこともあり帝王切開での出産したが、それにもかかわらず男の子らしい大きな産声を上げ元気に生まれてくれました。

しかしほっとしたのも束の間、出産に立ち会ってくださっていた小児科の先生が新生児ベビーベッドに乗った耀を連れて来られ、こうおっしゃいました。

「お母さん、耀くん苦しそうだから、NICU(新生児集中治療室)で預かりますね」

体重は2662グラムと妊娠期間が9か月に満たない割にはずいぶん大きい赤ちゃんでしたが、肺が未熟で息をするたびに胸がぺったんこになっています。小さな体で胸のところだけぺったんこになるまでへこませて、痛々しいほど一生懸命に息を吸い込む耀は、精一杯生きようとしていました。その翌日、NICUでようやく会えた耀には見たこともないたくさんの管がつながっていて、抱っこしてあげることもほっぺたに触ることさえできません。保育器越しにじっと耀を見つめていました。

静寂の中、機械の音だけが聞こえるNICUには、耀よりもはるかに小さな赤ちゃんが同じように保育器に入っていて、他のちっちゃなちっちゃな赤ちゃんたちが耀よりももっと大変なつらい状況の中、静かに懸命に生きようとしていることを知りました。

何事もなく出産するのは当然のことではない。耀もNICUにいる赤ちゃんたちも、現在の医療技術がなければ生まれて来られなかったかもしれない。

「命を助けてもらった」

と思いました。

私が退院する前日、小児科の先生からスペシャルプレゼントをいただきました。それは耀と丸一日同室させてもらえるというものです。当時は先進的な母子同室で人気の病院での出産でしたが、NICUに通う毎日で終わると思っていた私には、このプレゼントはまさにサプライズ!とても嬉しいものでした。でもこのプレゼントこそ、耀の病気――進行性の難病ムコ多糖症の症状に気づく最初のきっかけとなっているとは、思いもよらないことでした。

部屋ではキャスター付きの新生児ベッドに乗った耀にずーっと話しかけていました。ほっぺたを触ることも、抱っこもし放題です。

「大きなおめめはおじいちゃん似かなぁ」

「何ていうお名前がいい?」

でも、抱き上げるたびに違和感をおぼえます。お姉ちゃんの時とは全然違う体の硬さ。生まれたばかりなのに首がすわっているようにさえ感じるくらい硬いのです。ちょっと心配になって看護師さんに相談しますが、返ってきた言葉は

「そうかなぁ」

看護師さんが気にならないくらいなら、大丈夫なのかな?

しかしこの時すでに、ムコ多糖症の進行が始まっていたのです。

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