渡米10年目にしてオフ・ブロードウェイ・デビュー。私がニューヨークに居続ける理由。

ニューヨーク10年目、私はますます元気です!
何度見ても写真に収めたくなるマンハッタン・スカイライン。
何度見ても写真に収めたくなるマンハッタン・スカイライン。
Rodrigo Rodriguez

2018年、6月3日。

その日、私はマンハッタンの劇場にいて、自分にとっていわゆる「オフ・ブロードウェイ・デビュー」となった舞台『Time's Journey Through a Room』(*1) に出演していました。

2009年、6月3日。

その日、私はグランド・セントラル駅の近くにいて、「Heavy」のスティッカーが貼られた巨大なスーツケースを引きずりながら、途方にくれていました。ジョン・F・ ケネディ国際空港から市内に向かうバスの中で、パスポートと所持金のすべてを盗まれてしまったからです。財布は空っぽ、頭は真っ白でしたが、この日から憧れのニューヨーク生活が始まると思うと、胸は期待ではち切れんばかりでした。

6月3日は、私の渡米記念日です。 今年の記念日をもって、私のニューヨーク在住歴は丸9年となり、10年目に突入しました。

この景色の中には、何人の人がいるんだろう、、、
この景色の中には、何人の人がいるんだろう、、、
Rodrigo Rodriguez
  • 10年後を知っていたら、ニューヨークには来ていなかったかも。

毎年この時期は、「渡米当時の私が、今の私を見たらどう思うだろう」というようなことを悶々と考えてしまいます。

6月までの間、上記の舞台に参加できたことは、我ながら身にあまる光栄だったと今でも思います。ただ、渡米当時の私に、「あなたは9年経たないとオフ・ブロードウェイ・プロダクション(*2) の舞台には立てないよ」、という事実だけを教えてあげたら、彼女はとっとと日本に帰ってしまったかもしれない、とも思います。

あの時は、ニューヨークで頑張ったら、きっと、ぐんぐんスキルアップして、いろんな仕事ができて、楽しい未来が待っているはず!ということばかりを考えていて、知らなかったこと、わかっているつもりでわかっていなかったことが多すぎました。

  • ここが辛いよ、ニューヨーク。

どこに住んでいようとも困難はつきものですが、外国人としてアメリカ合衆国で生活していくのは、決して簡単とは言えません。

まず、外国人である私たちは、ビザを取って、それを存続させていないと、この国には住み続けられません。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、俳優として働くために必要なアーティスト・ビザ(O-1)や、アーティスト・グリーンカード (EB-1) を取得するためには、多額の費用と、これまでの実績を証明する長い長いプロセスが必要です。

自分が一生懸命積み上げてきた実績が全否定されるかのような敗北感、拠り所にしてきた価値や信念を嘲笑われるかのような屈辱感、常に演じる仕事に関わっていないとアメリカには居られないという焦燥感と恐怖が、ビザ取得の過程にはついて回ります。また、実績を証明するために必要な推薦状を求めて頭を下げて回る中で起こり得るパワー・ハラスメントやセクシャル・ハラスメントの数々を、私は何度も見聞きしてきました。

外国人が学生の間は、特別な許可をもらわないとお金を稼げませんし、就労ビザを持っていても、ビザカテゴリーの仕事以外の副業は基本的にはできません。それにも関らず、生活費、学生ローン、必要経費の数々は、容赦なく財布と銀行口座に襲いかかります。高騰し続ける家賃は東京の3倍4倍(*3) はするかというほどで、人見知りを我慢して数人とルームシェアをして寝どころを確保するも、家主やルームメイトとのトラブルは日常茶飯事。ラーメンだって、メンマと替え玉を追加注文すれば1杯20 ドル (約 2237円) は当たり前。仕方がないから同じものばかり食べていると、栄養不足でやつれたり、抵抗力が落ちて寝込んだりします。

さらに、仕事でも私生活でも、1秒で「言葉がわからない人」というレッテルを貼られ、身構えられてしまうレベルの英語しか話せなくても、自分の考えを主張し続け、自分は「どこの馬の骨かもわからない」者ではないことを証明できなければ、誰も足を止めて向き合ってはくれません。

もちろん、日本の家族や友人にも気軽には会えません。大切な人が亡くなったり、病気や怪我をしたり、事件や事故又は天災の被害にあっても、すぐには駆けつけられません。このために眠れずに過ごした夜は数え切れません。私にはこれが一番辛かった。

他にも挙げればきりがありませんが、このように、ビザ、お金、言語、人間関係、心身の健康などの面で、果たしてニューヨークにいる意味はあるのだろうかと自問自答させられる場面がこれほど多く訪れるとは、渡米当時は想像できていませんでした。

  • それでも居たい、ニューヨーク。

では、私はなぜニューヨークに居るのだろう。9年間も居続けてしまったのはなぜだろう。

こちらでアメリカ生活の大変さを回想していたら思わず泣きそうになりましたが (笑)、ニューヨークに住んだ9年は、決して辛いことだけではありませんでした。住んでみないとわからなかったニューヨークの素晴らしさも、たくさん知ることができました。

自分の才能や技術の不足ぶりに絶望した時に、思わぬところで評価を得たり、もう終わりにしようと思った時に、思わぬチャンスが舞い込んできたり。

私個人の生活を振り返ると、そんな小さな希望の糸を必死に紡いで命綱にし、まだやろう、あと少しやろう、と思っているうちに、汚くてうるさい地下鉄にも慣れ、訛りのある英語も大声で話すようになり、チーズケーキの大きさにも驚かなくなり、マンハッタン内の自転車走行が安全な道を熟知し、1ヶ月の食費を150ドルにする節約術を覚え、キャットコールをされても物怖じせずに睨み返すようになり、ゴキブリやクモを殺すことなく窓の外に逃がす技を習得し、近所のハトたちの顔の見分けがつくようになり、気がついたら9年経ってしまった 、というのが正直な感想です。

ニューヨークは、「個」を尊重する文化があり、チャンスの扉が開いている街です。キャリアや家族の形などに関して多様な生き方を選択をしている人たちが身近にいて、「私もこういう人間になりたいな」と思わせられるロールモデルには事欠かない街です。

「個」を尊重するからこそ孤独が浮き彫りになり、チャンスがたくさんあるからこそ競争が激しく、選択肢が多いがゆえに価値観や考えが相容れない人同士が衝突します。しかし、それを補って余りある街の魅力が、きっと結果的に9年もここに居てしまったことの理由だろうと思います。

なんだかこう書くと、タチの悪い恋愛にはまるパターンの典型みたいですが、「続けていればいつか何か良いことが起こりそう」、「自分はこれだけ頑張れたのだからもう少しいけそう」、と信じられる場所が、私にとってはニューヨークだったのかなと思います。

  • 未来への希望と、自分への信頼の感覚を得られる街。

「俳優って、自分ではやめどきがわからなくない?やめどきがわからないまま、歳だけとっちゃった俳優崩れみたいな人たち、ニューヨークにはいっぱいいるよね。」

と、かなり昔に日本人のお知り合いの一人に言われたことがあります。かなり昔すぎて、どんな適当な返事をしたかは忘れてしまいましたが、胸の奥で何かがぎゅっと締め付けられたような感覚になったことは、今でも鮮明に覚えています。

未来への希望と、自分への信頼の感覚を与えてくれるニューヨークは、私に限らず夢や目標を持ってやってくる者たちにとっては、ある意味、罪な街なのかもしれませんね。。。

来年は飛躍の年になる、来年は飛躍の年になる、とフォーチューン・クッキー (*4) に言われ続けて、気がついたら人生終わっている、というようなことにならない気がしないでもありませんが、、、

ニューヨーク10年目、私はますます元気です!

☆☆☆

  • 次の投稿では、そんな私のニューヨーク生活において、最も多くの時間と労力と精神力を注いで制作してきたパッション・プロジェクトである連続ドラマ『報道バズ』をご紹介します。ニューヨークの日本人仲間2人と4年以上にわたり取り組んできた本作は、セクハラ、ネット炎上、メディアの在り方をテーマにした6話完結の物語で、現在クラウドファンディングを行い完成・配信のための資金を募っています。
  • この投稿は、著者のブログ『気まマホ日記』から一部を改定して転載されました。

☆☆☆

(*1) 「Time's Journey Through a Room」は、第49回岸田國士戯曲賞を受賞した岡田利規さん作「部屋に流れる時間の旅」の小川彩さん翻訳による英語版の脚本を、ザ・プレイ・カンパニー(The Play Company, The PlayCo)のプロデュースによってオフ・ブロードウェイ・プロダクションとしてニューヨークで上演した舞台。 同プロダクションは、米ニューヨーク・タイムズ紙の「Critic's Pick(舞台批評家がオススメする舞台)」に選ばれ、その他舞台批評家の間でも好評のうちに千秋楽を迎えることができました。貴重なお時間を割いて足を運んでくださった皆様、支えてくださった皆様に、俳優として関わっただけの私からも心よりお礼を申し上げます。また、このような海外の素晴らしい作品をオフ・ブロードウェイ・プロダクションの舞台としてプロデュースし続けているザ・プレイ・カンパニーの皆様に、心からの感謝と敬意を表明いたします。

(*2) オフ・ブロードウェイ・プロダクションとは、舞台俳優や舞台監督などの組合である Actor's Equity Association (アクターズ・エクイティ・アソシエーション、AEA、米国俳優協会) の契約のうちの「Off-Broadway Contract(オフ・ブロードウェイ契約)」が適用される舞台で、組合俳優の出演料、1日のリハーサルや休憩の時間・回数、公演期間などに厳密な規定があります。しかしながら、組合の契約が適用されず前述の規定がない舞台でも、「オフ・ブロードウェイ」とだけ呼ばれることもあるようです。

(*3) Business Insiderによると、今年のマンハッタンの平均家賃は3,667ドル(約41万円) だそうです。。。

(*4) 主に中華系レストランで、食事の最後にもらえることがあるクッキー。中が空洞になっており、占いが書かれた紙が入っています。

注目記事