この頃は日本の電車や地下鉄の車内で新聞を読んでいる人はめったに見かけない。多くの乗客はスマホやタブレット端末を手にし、じっと画面を見つめている。隣からちらりと見れば、ニュースを読んだり、LINEをしたりしている。
しかし、最近、出張で訪れたロンドンでは、未だに電車や地下鉄、バスの中で新聞を読んでいる人が少なくなかった。ロンドン郊外のヒースロー空港からロンドン中心部に向かう地下鉄の中でも、座席に座って新聞を読む人の姿をかなり見かけた。
モバイル時代の今日、なぜロンドンっ子はわざわざ紙媒体の新聞を読み続けるのか? その理由について、1981年に大学の留学生として初渡英し、累計で17年のロンドン生活を送ってきた通訳者の坂井裕美さんは、「ロンドンでは、朝は『メトロ』『City A.M.』、夕方は『イブニング・スタンダード』といった無料新聞が配られていることが大きい」と話した。
さらに、「日本と違って、ロンドンの地下鉄のWi-Fiの通信状況が悪く、スマホやタブレットではニュースを読みづらい」と指摘した。
今年1月からロンドン・ビジネス・スクールに留学中で、筆者のブルームバーグ・ニュース時代の元同僚、森田一成さん(34)も、「私の住む地域でも、The Camden New Journalという無料新聞が地下鉄の駅で毎朝、配られている。この国は日本と比べても意外と活字を読む」と話した。
森田さんは、ロンドンの地下鉄構内での不便な通信環境のほか、携帯電話やデータ通信代が日本よりも割高である点も、デジタルよりも紙媒体の新聞のロンドンでの普及を促している可能性を指摘した。森田さんの場合、毎月の通信費は約70ポンド(1万2300円)に上るという。
実際、ロンドンっ子はどう思っているのか。筆者のかつての同僚である国際的な軍事週刊誌、ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(JDW)のアジア太平洋担当のエディター(編集者)であるジェームズ・ハーディーさんは、「ロンドンっ子がなぜ電車やバスで新聞を読むかって? それは無料だから。無料であるうちは紙媒体でも好まれる」と言い切った。さらに「新聞の大きさが非常に小さい。新聞が、ニュースのお菓子とも言えるような、噛みやすいサイズになっている」と例えてみせた。
ジェームズさんは、「有料で『真面目な』新聞のタイムズとインディペンデント、ガーディアンも、通勤・通学者向けの新聞サイズに変わって、業界内で競争力を保って張り合おうとしている」と述べた。
ロンドンの通信事情については、「ロンドンの3G対応エリアにはムラがあり、地下鉄内のWi-Fi通信環境もムラがある」と言い、「iPhone や iPad でニュース記事をダウンロードすることに苦闘するより、手持ちの新聞紙で読んだ方がはるかに簡単だ」と述べた。このほか、ロンドン全域の各駅で配られる無料新聞の配達網の秀逸さをジェームズさんは指摘した。
ロンドンの街角を歩いていて驚くのが、日用雑貨食料品店(ニュースエージェント)で売られている、新聞の多種多様さだ。英語のほか、フランス語、スペイン語、アラビア語、中国語などいろいろな言語の新聞が並んでいる。欧州連合(EU)統合の時代の流れの中、移民が流入し、ロンドンが以前よりもぐっと多民族社会に移行している状況がうかがえた。
保守寄りのビジネスマンに読まれてきた高級紙のタイムズの9月27日の朝刊一面は、アメリカの人気俳優ジョージ・クルーニーさん(53)の結婚式直前の写真が飾った。イギリスの新聞のエンターテイメント化を象徴するもの。タイムズをはじめ、イギリスの主要紙は、広告を含め、全ページがカラー化している。
デーリー・テレグラフやインディペンデント、ガーディアン、タイムズといった高級紙は、ヒースロー空港でも積極的な販促活動を展開していた。1.4〜2ポンドほどの新聞を買えば、ミネラルウォーターが無料で1個付いてくるとのキャンペーンを実施していた。
ハフィントンポストのようなネットニュースメディアが台頭し、群雄割拠の時代に生き残るため、紙面の小型化など必死の生き残り努力を続けるイギリスの新聞。部数減の世界的な傾向は日本をも襲っている。イギリスの新聞の取り組みは、日本の新聞の参考になるはずだ。