太平洋にある人口27万人の小さな国・バヌアツを知っていますか。日本ではまだまだ馴染みのない国です。私はその国のクリニックで保健師として2年間働きました。そこで出会った患者さんのストーリーは、日本の常識からはみ出るようなことばかりでした。でも、恋愛をして、結婚して、家族が出来て、という過程は国が違っても、根本は同じです。
全10回の連載で、バヌアツのディープな性事情を紹介しながら、そこから見える日本の性や生きることを皆さんと考えていきたいと思っています。
出産をする場所と言えば、皆さんはどこをイメージしますか。
多くの方が「病院」と答えるのではないかと思います。
日本ならば、出産場所も出産方法も、様々な選択肢から選ぶことが出来ます。
しかし、バヌアツには産む場所の選択肢はほとんどありません。
病院、診療所、自宅、または「まさかそんなところで!?」というケースにもしばしば出会います。
日本とバヌアツのお産の事情を比べてみると、バヌアツの出産事情に関する課題がたくさんあることを感じます。でも、課題だけではありません。
今ある限られた資源の中で、人々は出産をライフイベントの一つとして、自分たちで上手く対処しているバヌアツらしい強みもあります。産婦人科医師や助産師という専門職だけがお産を知っているのではなく、素人でも「人が生まれる」という過程を身近に感じる環境があります。
一方、日本の高い周産期医療レベルは本当に誇らしいもの。でも、「安全さ」を追求し「医療化」されすぎて、専門家にお任せしていれば安心という雰囲気になっているのかもしれない、と感じることもありました。
そう感じるようになったバヌアツでの経験の中から、今回はバヌアツの医療施設での一般的な出産、イレギュラーな場所での出産のストーリーを紹介しようと思います。
1.医療施設での出産
首都ポートビラの国立病院であるビラ中央病院の産科病棟は約40床。年間の出産件数はビラ病院だけで3000件、そうすると毎月の出産件数は250~300件、一日平均7~8件、というところでしょうか。日によって違いはありますが、とてもとてもとても忙しそうです。
子どもはたくさん生まれる、でもスタッフがいなくて大忙しのバヌアツの産科病棟。
妊婦さんたちはどのようなお産をしているのでしょうか。
バヌアツの産科病棟を見学させてもらったときの驚きや感心したことを、私目線でご紹介します。
<プライバシーという概念の違い>
●患者さんの病室、といっても大部屋にベッドが並んでいるだけ。一応カーテンはあるもの、カーテンを下げている人は殆どいない。日本だとプライバシーがない、って驚かれるかもしれない。でも、バヌアツでは人との距離感が近い。カーテンがなければ、妊婦さんも付き添い者も自由に周りの人と話し出す。「先生に診察に呼ばれたから、私の赤ちゃん見ておいてね」と言って、お隣さんにお任せしていることも。自分と他人の境界線が曖昧だからこそ成り立つバヌアツらしい人付き合いの様子を、病院でも感じます。そして、病室には付き添いやお見舞いの女性がたくさん。みんなちょっぴり肥満体型でお腹が大きめなので、妊婦・産後のママ、付添者の区別がつかない!笑
<母親に授乳指導や沐浴指導はしません!!!>
●病院には「新生児室」という場所はありません。母子は出産後から退院まで24時間一緒に過ごします。そして、母体にも子どもにも問題なければ翌日には退院。日本のように、出産後に授乳や沐浴などの退院指導は一切ありません。では、母親達はどうやって新生児を面倒見る方法を習得するのか?これも家族のサポートが大きいのです。病院のベッドサイドには家族や親戚が来て身の回りのお世話を手伝っています。母乳をあげるのも、沐浴させるのも、洋服を着替えさせるのも、布おむつの当て方も、看護師や助産師は一切お手伝いをしませんが、家族や親戚の女性達が母親をサポートしています。
バヌアツの産科病棟を見学して感じたことは、病院はあくまでも「出産」をお手伝いする場所、ということ。生まれる前、生まれた後のケアは家族や友人、入院中のママ同士で行います。
医療職者の役割は何なのか?
お産を取り上げるだけでいいのか?、、、そんな疑問を感じました。
もちろんバヌアツ人助産師達も、せっかく病院に来ているのだから、良いケアを提供したい、というのは感じていることです。でも、やりたくても出来ない、どこからやればいいのか分からない、日々の仕事で精一杯。というのが、今の現状でした。
では、続いて病院以外で起こる「まさかそんなところで!」な出産エピソードのご紹介。
2.医療施設以外で起こった出産例
前回の妊産婦検診についての回で紹介したように、島や村では医療機関へのアクセスにはたくさんの課題があります。まったく健診を受けずに自宅出産をするケースもありますが、病院に向かう途中で「生まれちゃった」ケースもたくさんあるのです。
Case①「島からの搬送中に、、、」
産科病棟で出合ったお母さんとご家族のお話。
母「島で健診を受けていたんだけど、逆子だって言われて念のためこっちに移動してきたの。でも、移動している最中に子どもが生まれちゃったのよ!大変だった~!」
私「移動中に生まれるってどういうこと?」
母「飛行機のなかだよ!」
私「!!!(驚きのあまり言葉が出ませんでした。)」
逆子の赤ちゃんを飛行機で無事に出産できたことに心の底から驚き、そして疑問が次々と溢れます。
誰が介助したんだろう?一体どうしたら飛行機の中で出産できるんだろう?(ちなみに、首都とその島間の飛行機は定員10名くらいの小型飛行機で、大人が横になることは難しいくらいの狭いスペースです。)母子ともに無事であることが奇跡だと思いました。
ケース②「私が出産の介助したんだよ!」
クリニックにてボランティアとして手伝ってくれていた助産師志望の女子学生のお話。
私「どうして助産師になりたいの?」
女学生「私の村はヘルスセンターから遠くて村に看護師もいないところ。自分の親戚が妊娠しているときに、ヘルスセンターに間に合わなくて、私が赤ちゃん取り上げたの。助産師になって自分の村に戻りたいんだ。」
その時の年齢は16,17歳ぐらいだったそうです。そんな状況に居合わせて手伝えた彼女も凄いし、そんな経験を経て助産師を目指している彼女を尊敬しました。
彼女の例以外にも、「道端で赤ちゃんを取り上げた」とか「入院中に院内を散歩していたら庭で赤ちゃんが生まれた」とか、驚きエピソードは何度か耳にしました。
そんな話を度々耳にしますが、それはきっと無事に生まれたから話せる一つの武勇伝なのでしょう。妊産婦死亡率は出生10万人あたり約80人で、日本の約30倍という規模で起こっています。
安全なお産が出来るように、検診を受けてもらおうと啓発活動を行っていますが、離島や村へは医療者も頻繁に行き来することが難しいのです。物理的に村へのアクセスが悪いところは、教育や情報についての考え方も閉ざされたままのことが多くて、首都と同じレベルでは話が進んでいきません。(第4回にて詳しく)
出産に関する知識も同じで「今まで大丈夫だったから今回も大丈夫」という考えが、僻地の島や村の母親達やコミュニティにあります。設備の良いヘルスセンターや病院への受診を勧めますが、アクセスの問題や金銭的な問題を考えると、彼らの考え方を変えるのは一筋縄では行かないのです。
「出産は病気ではない」けれども「正常を逸脱するリスク」が存在するライフイベント。
バヌアツの妊婦さん達が、安全で安心できるお産が出来るようになるまでは、まだまだ課題がたくさんありそうです。