日本における健康への最大の脅威は?

日本は単に平均寿命の高さだけで満足するのではなく、偏った食習慣や心の問題、喫煙、高齢化の課題に対して、政策から現場まで一貫して取り組む時期にきているのではないかと思う。

今から20年前、当時研修医として勤務していた千葉県の田舎の病院で、救急当直の合間にたまたま読んだ一冊のレポート、「世界開発報告1993年度版:健康への投資(世界銀行)」は衝撃的であった。

そこには、世界の健康指標分析である「世界の疾病負担研究(Global Burden of Disease Study, GBD)」をもとに、世界中で急速に高齢化と疾病構造の変化が進展していることが書かれていた。

そして何よりも、「保健医療は投資であり、必ずしもコストではない」ということが示されていたのだ。

早速、筆頭著者であるクリス・マレーに会いにボストンに行く事にした。

私はすぐにクリスと意気投合した。医者は病人を治すだけが仕事ではないとお互い思っていたし、何よりも二人とも数学と総計、そして、常識にチャレンジすることが大好きだったのだ。

それが、私の保健医療政策との長い付き合いの始まりであった。

時は巡り、ちょうど20年後の2013年、私は、クリスら世界の500人以上の研究者との国際共同研究「2010年の世界の疾病負担研究(GBD 2010)」の国別分析結果をランセット誌およびウェブサイトに発表した。

この国別結果は、当初より多くの国々から非常に大きな反響があった。英国、中国、米国などでは政府レベルでの政策への活用が既に始まっている。

国別分析結果の特徴は、300近くの疾患や60以上の危険因子を同時に比較できることである。我が国ではともすると3大死因(がん、心臓病、脳卒中)などに注目が集まるが、では、本当にそれらが疾病として大きな負担を与えているか否かについては、これまで全く検証されてこなかったのだ。

これではきちんとした保健医療政策はできない。

今回の私達の分析によると、日本における健康への最大の脅威は、何と、腰痛であった。脳卒中、虚血性心疾患、肺炎、その他の筋骨格系の疾患が、その後に続く。自殺も、健康上の負担の原因のトップ10に入っている。注目すべきは、アルツハイマー病だ。今や日本人の障害の第8位の原因であり(1990年当時23位)、2010年に初めてトップ10に入った。

平均寿命から病気で過ごしている年数を差し引いたものを、健康寿命と呼ぶ。健康寿命は、各国の健康度を測る上では最も魅力的な指標だ。平均寿命が伸びても、寝たきりや心の問題を持った方が多ければ、その国の健康状態は良いとは言えない、と私は思う。

日本は、平均寿命も健康寿命も、共に過去20年間世界第一位だ。それは素直に喜ぶべきことだ。

日本人女性の平均寿命は1990年の82歳から2010年には85.9歳まで伸びたが、日本人男性も、2010年には平均で79.3歳まで生き、1990年の76歳から上昇した。

しかし、私たちが注目しなければならないのは、健康寿命だ。健康でいられるのは、女性は71.7年、男性は68.8年しかない。つまり、多くの日本の中高年は何らかの病気を持って生きているのだ。

世界的に広く称賛されている日本食だが、実は伝統的な日本食は、低脂肪だが塩分が多く、果物やナッツ、全粒穀物といった栄養素が欠けている。高血圧や喫煙も相変わらず多い。

寝たきりになる老人の問題も深刻だ。介護を誰がやるのか、という問題は家族の経済状態のみならず精神状態にも関わってくる。

日本は単に平均寿命の高さだけで満足するのではなく、偏った食習慣や心の問題、喫煙、高齢化の課題に対して、政策から現場まで一貫して取り組む時期にきているのではないかと思う。そう促すことによって、日本人は本当の意味での長寿を全うすることができるのだ。

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