(左から、ケビン・ディレイニー氏、リッチ・ジャロスロフスキー氏、藤村厚夫氏)
■伝統メディアから「完璧な事例」が生まれた理由
先日、スマートニュースが事業戦略発表会を開催しました。そのなかで「SmartNewsと米国メディア責任者が語る最新メディア動向とジャーナリズム」というセッションがありましたので紹介します。
登壇したのは、メディア事業開発担当/シニア・ヴァイス・プレジデントの藤村厚夫氏、ヴァイス・プレジデント コンテンツ担当/チーフ・ジャーナリストのリッチ・ジャロスロフスキー氏、アトランティック・メディア社「Quartz(クオーツ)」編集長、ケビン・ディレイニー氏の3名。藤村氏がモデレーターを務めました。
リッチ氏、ケビン氏ともにウォール・ストリート・ジャーナル出身。ケビン氏は現在のメディア環境について「質の高いコンテンツが求められており、ジャーナリズムはまだまだ繁栄の余地があります」と語りました。
クオーツでは「クオーツカーブ」という独自の指標・考えのもと、スマートフォンやタブレット時代の記事づくりを実践。具体的には、500ワード以下、そして800ワード以上の記事が目安です。長い記事については、グラフィックやチャートを差しこむことで、効果的なストーリーテリングを実現します。
最新の数字では、月間1100万訪問数、トラフィックの半分はアメリカ外から。ジャーナリストは40名ほど在籍しているとのことでした。ウォール・ストリート・ジャーナルや、エコノミスト、ニューヨーク・タイムズなど伝統メディアで能力のあるジャーナリストを雇用しています。そういう人たちがモバイルやタブレットユーザーを意識して書くということ。読者開発の第一歩として、改めてこのことに意味があると思いました。
クオーツについて藤村氏は、「2年前にリリースされたときに、大手メディアのなかからトップページをもたない媒体が生まれた」ことが衝撃的だったと言います(現在はトップページを用意している)。スクロールでページが自然に切り替わるデザインであるものの、各記事にはURLがあり、検索エンジンも無視していません。また、ストリーム型のコンテンツに対してのリッチな広告を提供するアプローチも特徴として挙げました。
リッチ氏はクオーツを「完璧な事例」と表現。「本当の意味でアナログの部分を持ち合わせていない」デジタルメディアとして評価しました。クオーツの革新性をもったデザインは、いまではタイムなどいくつかの大手メディアも真似するようになっています。
しかし、なぜ、アトランティック・メディアという伝統メディアからクオーツが生まれることができたのでしょうか。
ケビン氏は「7~8年前に、これからのジャーナリズムはデジタルになるだろうと思っていました。当時、紙媒体のほうに50万の購読者がいましたが、あるときオンラインも50万人の読者を記録しました」と当時を振り返ります。また、クオーツはワシントンにオフィスを構え、ニューヨークに拠点を置くアトランティック・メディアとは違う母体としてつくったこともひとつの要因としてあるようです。
■「どこに読者がいるのか考えないといけない」
ところで、リッチ氏は、ウォール・ストリート・ジャーナルのオンライン版立ち上げにもかかわった人物ですが、非営利団体「ONA(Online News Association)」の創設者としても知られています。なぜ立ち上げたのでしょうか。
団体を創設したのは1999年。「当時のアメリカにおけるジャーナリズムは伝統重視でした。印刷媒体からオンラインを立ち上げた人物として、印刷媒体よりもデジタルの人との共通点が多くありました」。紙媒体を主力とする伝統メディアではなく、オンラインのみのメディアも多く生まれ始めており、非営利団体というかたちで問題意識を共有しはじめたのです。
そんなリッチ氏はいま、スマートニュースという紙でもウェブメディアでもない、ニュースアプリというフィールドに挑戦しています。参画した理由には、同社の共同代表2人が大きなコミットをして質の高いプロダクトをつくろうとしていること、苦境の状態が続くメディア産業において、質の高いジャーナリズムがなくなってはいけないということからでした。
藤村氏は2人に「ジャーナリズムは黄金時代に入ったのか。それとも苦境なのか」と問いかけます。ケビン氏は「いまは黄金期です。多くの人がニュースを読むようになっており、だからこそ、ジャーナリストはいい記事を書こうと思います。長い記事を読みたい人がいるのはいいことです」と語り、一方で、「どこに読者がいるのか考えないといけない」というクリティカルな問題についても共有しました。
■「ジャーナリズムとともに、広告にもイノベーションが来ている」
メディア環境の変化は、マネタイズにも大きな影響を与えています。海外においてとくに新聞社はペイウォール(課金)を採用することが増加傾向にあります。しかし、ケヴィン氏が編集長を務めるクオーツでは採用していません。
クオーツでは、記事を無料でオープンにしておくことで読者を増やしたいということがひとつ。別の観点から、広告市場をグローバルに考えたときに、課金に依存しなくても収益を上げることができると思ったことも理由に挙げました。
続いてトピックは「ネイティブ広告」について。
リッチ氏は「ユーザーに広告だと伝えること」に加え、「ユーザービリティ」を求める。「広告がコンテンツが隠れるようなことや、クリックしてApp Storeに飛ぶことも、ユーザーの環境を変えてしまうからよくありません。ユーザーがメディアに来ているのは、広告のためではないということです」。ケビン氏は「ジャーナリズムとともに、広告にもイノベーションが来ています」と述べました。
最後は「アルゴリズム」が論点となりました。つまり、本当に必要な情報が届いているのかということです。たとえば、アメリカでいまでも話題が続く、白人警官が黒人少年の射殺したことに端を発したファーガソン暴動。このとき、ツイッターではこれについての情報が多く流れましたが、フェイスブックではいまや懐かしいALS患者と患者団体を支援するアイス・バケツ・チャレンジの動画が占めていました。
アルゴリズムがなにを目的として、どのようなバランス感でパーソナライゼーションをおこなうのか、というのもメディア全体の課題となりそうです。スマートニュース共同CEOの浜本氏はこの日の発表会で「ニュースは公平であるべき」とも語っていました。メディアや公共性の歴史を振り返りつつも未来を見据えながら、「公平とはなにか」といった根本的な議論も活発になるべきなのだと実感しました。
(2014年12月3日「メディアの輪郭 新興メディアの視点と大手メディアの実験を追うブログ」より転載)