いきなりだが、問題。以下のうち、実在する条例はどれとどれか。
- 豪邸以外は建ててはいけない条例(兵庫県芦屋市六麓荘町)
- ギャンブル浪費生活保護受給者通報条例(兵庫県小野市)
- サルへの餌付け禁止条例(栃木県日光市)
- イノシシへの餌付け禁止条例(兵庫県西宮市)
- のら猫への餌やり禁止条例(東京都荒川区)
- りんご丸かじり促進条例(青森県板柳町)
- 清酒による乾杯促進条例(京都府京都市)
- 焼酎による乾杯促進条例(宮崎県日南市)
- うどん店でのそば販売禁止条例(香川県さぬき市)
- 人生トライアスロン金メダル基金条例(福岡県大牟田市)
- 砂丘への落書き・ごみ捨て禁止条例(鳥取県)
- 手なげ弾を捨ててはいけない条例(福岡県福岡市)
- 結婚促進キューピット条例(三重県紀勢町)
- 少年少女へのコンドーム販売規制条例(長崎県)
- 愛する地球のために約束する草津市条例(滋賀県草津市)
- 子どもたちのポケットに夢がいっぱい、そんな笑顔を忘れない古都人吉応援団条例(熊本県人吉市)
答えは......うどん条例(さぬき市)以外のすべて。
なるほどと思うものから意味も目的もさっぱりわからないものまでいろいろあるが、統一地方選を迎えたいま注目すべきは、これらのような条例を考えて、つくっているのは一体誰なのか、ということだ。
4月12日に投開票がおこなわれた統一地方選・前半戦は、過去最低の投票率となった。例によって選挙への無関心が原因と分析されているようだが、有権者がほんとうに「市長(区長)や市議(区議)が誰になろうと、自分たちには関係ないからね」と思っているとしたら、ちょっと待ってちょっと待ってお兄さんである。
たとえば、東京の渋谷区議会でこの3月に可決成立した多様性社会推進条例、いわゆるパートナーシップ条例。アパートを借りるときや病院での付き添いで「親族」として扱われなかった同性カップルの権利を保護するこの条例は、提案した区長と、委員会で可決した区議会議員、その両方が揃わなければ成立しなかった。
市区町村の首長や議員には、そのように国や都道府県に先駆けて、先進的・画期的な政策や、ときには意味不明な構想を「条例」というかたちでルール化する力が与えられている。統一地方選は、それだけの大きな力を託してよいのかどうかを問う選挙なのである。
条例というと、町おこしのムードづくりや特産品のピーアールを目的とした「理念・宣伝型」か、もしくは地域の景観や環境の保護、住民の生活保全のための「限定規制型」のイメージが強く、そのいずれかが実際にほとんどを占める。しかし結果的に、制定した地方自治体の枠を超えてその影響が広がる条例も少なくない。
国の規制のゆるさに業を煮やして、という例では2003年に東京都の石原慎太郎知事が言い出しっぺとなり、神奈川・千葉・埼玉の3県とともに制定・施行した「ディーゼル車走行規制」がある。これは英断だったと思うが、東京都といえば、マンガ・アニメの「18歳未満の架空キャラクター」の性描写を規制するとか、アホとしか思えない条例改正をときどき行おうとするので油断がならない。
さらに最近注目の例が、危険ドラッグ対策である。愛知県、和歌山県、徳島県など6都府県は2013年までに独自に規制する条例を施行したが、これは昨年危険ドラッグがらみの事件・事故が相次いでニュースで盛んに取り上げられるよりも前のことだ。鳥取県は昨年10月の改正で、対象薬物を薬事法の範囲を超えて拡大し、製造、販売、所有、使用のすべての禁止という「危険ドラッグ全体に網をかぶせる規制」を実施して全国的に注目された。
では先進的な条例を導入されてめでたしめでたしかというと、そう単純なものでもない。危険ドラッグ対策の場合、鳥取県や兵庫県が国に先駆けて、成分を特定せずに規制できる条例を制定し、その動きが全国に広がりつつある。その結果、専門店が規制地域から撤退したり、ネットの販売業者が規制地域を発送先から除外したりし、条例がない地域や規制のゆるい地域をねらう業者が現れていると指摘されている。
同性パートナーシップ条例については、渋谷区での成立を受けて、世田谷区、横浜市、宝塚市などが同様の権利保護をうたう条例の制定を検討しはじめたと報道されている。人権の扱いのレベルに差が生じるという視点から考えると、先進的な自治体の登場はおのずと「後進的な自治体」という分類をもたらすことになる。条例は自治体の「格差」をつくりだすのだ。
条例が法律を追い越して「暴走」する不安もなくはない。暴力団排除条例は2010年に福岡県がまずはじめに導入してあっという間に全国へ広がったが、個人の人権を束縛するものという批判がある。司法や立法がその点に慎重なのも理解できる。全国の指定暴力団の4分の1が集中する福岡県が「地域の特殊事情」に応じて定めた条例に、他の自治体がどさくさまぎれに乗っかった(+警察がそれを後押しした)ようにも見える。
法令ではなく条例なんだからあくまで努力義務なんでしょ、というのも間違っている。
条例の制定は憲法94条で保証されている一方、法律によらない科刑を禁止した憲法31条や73条との兼ね合いから、罰則を科すことの合憲性については昔から議論があり、条例の適法性自体が裁判で問われたこともたびたびある。ただし自治事務に関することであれば基本的人権に制約を課すことや、法律によらない規制や罰則も許されるという解釈が一般的になっている(『憲法・第六版』芦部信喜)。
実際、地方自治法は条例の違反者に対して2年以下の懲役もしくは禁錮、100万円以下の罰金、などもしくは5万円以下の過料を課すことを認めている。身近なところでは、東京都千代田区が2002年に施行した歩きタバコ禁止条例で、違反者に2000円の過料を徴収したのが「そこまでやるか」と話題になった。鳥取県の危険ドラッグ対策は、罰則は薬事法の定める範囲にセーブしているが、規制の規模が国を上回るので実質的な「厳罰度」は高い。
コミュニティーの範囲が狭い市区町村の場合、罰則規定のもうけ方は悩ましい。地域の成員をまもるために外部者にはそれなりの罰を科したい一方、内部者同士の処罰感情をあおって域内がギスギスすることは避けねばならないからだ。
サルへの餌やりを禁止する条例は大阪府箕面市も制定しており、悪質な違反者には1万円の過料を科している。これは箕面ドライブウェイでニホンザルに食べ物を与えて帰る無責任な観光客をおもに対象としているためで、イノシシ対策で餌やり禁止条例をつくった兵庫県西宮市の罰則は勧告だけ。同じイノシシ条例をつくった神戸市は昨年、勧告を無視した違反者は氏名を公表することに規定を強化したが、ネットでの「晒し」などが問題になっている昨今では、これもそれなりに勇気のいる判断だったろう。
いやいや、自分が住んでいるのは人口がたかだか数万人か数十万人の市や区なんだから、そんな大げさな話は関係ないですよ、と思う人もいるだろうか。
スカイツリーができて有名になるはずがあまり有名になっていない東京都墨田区(人口約26万人)は、もともと地場の中小の工業・商業従事者が多かった地域で、1979年に日本で初めての「中小企業振興条例」を制定した。また2004年に国民保護法が成立した際には、テロや災害などの発生時に自治体が「国民」をまもる具体的な措置を定めた協議会条例を東京23区でまっさきに策定した。
統一地方選の掲示板に並ぶポスターのおじさん・おばさんたちは、小学校の運動会や町内会のイベントでやたら張り切り、つくり笑顔だけを振りまいている遠い存在なのではない。市長・区長や市議会議員・区議会議員にはことほどさように、地方創生から安全保障にいたるまで、僕らの仕事や生活を左右する条例を考えてつくるための権能と時間と責任が与えられている。
号泣県議などの体たらくを見て地方議員の政務活動費を減らせなどという意見もあるが、とんでもない。既存の条例の適否や新たな条例の必要性を検討するためにどんどん活用して、先進事例や失敗例の視察が必要なら城崎温泉でもどこでも行ってくれというのが正直な気持ちである(ただし領収書添付)。
(2015年4月20日「竹田圭吾blog.」より転載)