混迷の時代こそ「中庸」なる政治を -トランプ氏だけでない米大統領選の危機

共和党は支離滅裂な政策を掲げるトランプ候補と、保守強硬派のクルーズ候補が首位争いを演じ、民主党はサンダース候補が現実離れした「変革」を唱えます。

米国大統領選挙の本格的幕開けとなる、民主・共和両党の候補者選びが、2月1日アイオワ州でスタートしました。

まだ候補者選びの段階にも関わらず、アイオワでの選挙戦がこれだけ注目されるのは、この地での結果が今後の投票動向の帰趨を決めかねないから。実際、2008年に大統領選に立候補したクリントン氏も当初優勢と伝えながらもアイオワ州でオバマ氏にまさかの敗北を喫し、その後撤退を余儀なくされました。

ただ今回の選挙戦がかつてないほど世界中から注視されるのは、もちろん「暴言王」の異名をとる実業家ドナルド・トランプ氏の候補者指名が現実化しているからです。

トランプ候補と言えば、有色人種や移民、あるいは女性などへの差別的で過激な発言でマスコミの関心を煽り大衆の支持を集めていますが、メキシコからの不法移民を防ぐため国境に「万里の長城」を築き、数百万人のメキシコ移民を強制送還すると公約。イスラム教徒の入国も全面禁止、TPPにも反対、日本や中国との貿易不均衡の徹底した是正を掲げるなど、掲げている政策は支離滅裂としか表現のしようがありません。

注目の投票結果は、共和党では上院議員のテッド・クルーズ候補が1位となり、事前の世論調査で首位だったトランプ氏を下しました。が、アイオワ州は保守的な土地柄ですので、クルーズ氏にはもともと有利な地域。今後の選挙戦がどのように推移するかは予断を許しません。

しかも、トップとなったクルーズ候補も共和党執行部としばしば対立を繰り返すというほどの保守強硬派。キリスト教福音主義の牧師を父に持ち、宗教保守や「ティーパーティー」からの指示を固めるクルーズ氏は、「小さな政府」「中絶禁止」「銃規制反対」などの政策を掲げ、オバマ政権の医療保険制度の拡充や外交姿勢を痛烈に批判。IS(イスラム国)をじゅうたん爆撃で壊滅させると主張しています。

ちなみに3位には穏健派とされ両親がキューバ移民という上院議員マルコ・ルビオ候補が2位に僅差で位置しており、共和党候補選は今後この3者によって争われる見込みです。

共和党からは「アウトサイダー(非主流派)」とされ、鼻つまみ者と揶揄されるトランプ、クルーズ両候補が首位争いを演じるという現代のアメリカ。歴史を振り返っても混迷の時代には、歯切れが良く強硬で極端な主義主張や語り口が大衆を動かすのは常とは言え、今後の世界秩序の行く末を思うと暗澹たる気分になります。

暗澹たると言えば、民主党候補選も同様です。

出馬表明時は支持率1桁台だった上院議員バーニー・サンダース候補が、本命と目され独走状態だった前国務長官ヒラリー・クリントン候補と大接戦を繰り広げ、初戦のアイオワ州では事実上の引き分けとなりました。

自称社会主義者の74歳、筋金入りの左派であるサンダース候補は、貧富の格差是正や公立大授業料無償化、国民皆保険の導入など、既存の制度を大胆に変える「政治革命」を標榜。公共事業への1兆ドルの拠出、最低賃金の1時間15ドルへの引き上げ(現在7.25ドル)などを訴え、このあまりに現実離れした「変革」に共鳴した若者を中心に支持が急速に拡大、民主党支持層の中では45歳未満からの支持率が7割を超えています。

トランプ候補のようにド派手な熱狂ではありませんが、サンダース候補がギター片手の若者たちとフォークソングを熱唱している集会を見ると、マスコミが吹かす旋風頼みのトランプ戦法以上に底知れない、ネット時代ならではの"冷めた熱狂"に戦慄を禁じ得ません。

私は、両方を足して2で割る"折衷"のような、あるいは極端と極端の間を取るような中道を望んではいません。

しかし、一定の常識的かつ現実的な見解や、責任あるパブリック・マインドに基づき、普遍的真理や良識に依拠した「中庸」なる政治こそが、混迷をきわめる時代を正しく導ける唯一の道であると確信しています。

反動的で復古的な保守にも、現実を見失った理想主義にも、人類の明日はありません。

中国の古典・四書の一つ『中庸』には、

 偏らざるをこれ中と謂い、易(か)わらざるをこれ庸と謂う。

 中は天下の正道にして、庸は天下の定理なり。

とあります。太古から営々と一瞬もとぎれることなく時(とき)を繋いできたこの世界、つまり天下を治める原理原則は、たとえ時代が変わろうと、地域が変わろうと、宗教や民族が変わろうと変わるはずがありません。

普遍的な真理や大原則を見失わないこと、もし見失いかけているのであれば歴史や古典に立ち帰り、謙虚にゼロから学び直すこと。それこそが、混迷と激動の時代に生きる現代人にとって、最も必要とされることではないでしょうか。

米国・大統領候補選を追った一日、深く考えさせられました。

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