"法令無視の原子力規制行政" 〜 元委員の要求と対応に係る顛末

関西電力大飯原子力発電所の『基準地震動』は過小評価だったか?

関西電力大飯原子力発電所の『基準地震動』は過小評価だったか?

『基準地震動』とは、原子力発電所の耐震設計の基準になるものだ。この論争は、最終的に「見直し不要」で決着。マスコミ各社は、比較的大きな扱いで報じた

今回の騒動によって、原子力規制委員会(とその事務局である原子力規制庁)に対する信頼性は、またもや大きく損なわれる結果となったように思う。事の発端は、原子力規制委・規制庁が前委員長代理である島﨑邦彦氏の要求に従って、大飯原子力発電所に係る基準地震動の再計算を行ったこと。

これについて私は、拙稿『政治の監視が効かない原子力規制行政の"独走" ~元委員の要求を異例の特別扱い』で、こうした異例とも異常とも言える対応に関する問題点を述べた。原子力規制委・規制庁が公開している議事録などから、この件に係る問題点を改めて整理してみると、大きくは次の5点が挙げられるだろう。

1. 一人の地震学者だけの意見を受け入れた点

6月20日の定例会見で、原子力規制委の田中俊一委員長は、再計算を行う理由について、「島﨑先生からの御指摘なので・・・特別に・・・やや例外的に受け入れた」と述べた。そして、7月13日の定例会合で、原子力規制庁が再計算結果を報告した。

それに対して、島﨑氏から反論がなされた。再計算方法に不備があることも明らかになったのだ。これについて田中委員長は、7月20日の会見で、「一研究者の言葉だけで見直すわけにはいかない・・・普通はやりませんね」と前言を翻す発言。

この再計算は、原子力発電所の耐震設計の基準になる「基準地震動」に大きな影響を与える。再計算を行うからには、手続面でも審査面でも法律に基づく明確な規定が必要であるはずだ。

それを、"元々の審査の責任者の指摘なので"などという情緒的な理由だけで、"普通はやらない"ことをやったのは何故なのか?

これでは、法治行政の大原則を無視した非常識な行政行為と言われても仕方ないし、実際そうである。

2. 機関決定を一週間で覆した点

再計算結果が報告された7月13日の定例会合で、地震・津波などを担当する石渡明委員は、「改めて計算してみて良かった」と述べた。田中委員長は、「結果を得られた」、「この問題はここで打ち切りにしたい」と締め括った。

しかし、島﨑氏から反論されると、7月20日の定例会合で田中委員長は、「もう一度説明をお願いしたいのですよ。その上でこの問題についての判断を原子力規制委員会で再度議論をさせていただければ・・・」と述べ、前回の委員会決定を覆した。

前回の委員会で全員納得して了承したことが、たった一週間で覆されたわけだ。これでは、原子力規制委・規制庁の権威はまたもや墜ち、原子力規制行政への信頼は更に失われてしまうだろう。規制行政機関として甚だ不適格である。

3. 標準として確立していないものを規制行政に持ち込んでしまった点

6月20日の定例会合で石渡委員は、「学会とか、そういう場所でそれなりに、しかるべく評価されたものをベースにして、原子力規制委員会として独自に判断しながら取り入れていくというのが基本的なスタンス」としながらも、「そうは言っても、実際に審査を担当されていた前委員」からの指摘でもあり、「それ以外の、いろいろ計算式がございますので、そういうものについても計算作業をすぐにお願いしたい」と述べている。

しかし、島﨑氏の主張については、先の拙稿のとおり、"過小評価"と名指しされた入倉孝次郎氏が自身のホームページで反論しているなど、未だ学説が分かれている段階。

原子力規制庁は、島﨑氏の主張だけに沿って再計算を行い、7月13日の定例会合に、「大飯発電所の審査において、基準地震動の見直しを求める必要はない」との計算結果を報告し、了承された。

その後、島﨑氏から反論されると、7月20日の定例会合で田中委員長は、「無理な計算をお願いした」、「やれないことをお願いしてしまった」と述べ、同日の定例会見では、「先週の委員会で判断したのは、どうも拙速であった」、「(再計算結果は)撤回と言えば撤回でしょうね」、「スタンダードとして確立されなければ見直すわけにいきません」と述べた。

規制行政機関としての基本的スタンスを逸脱した"再計算"を行っておきながら、島﨑氏から反論され、言い訳のようにスタンダードを言い出すのは、規制行政機関としては実にお粗末な話だ。

4. 反論されると島﨑氏を批判する田中委員長の姿勢

前述の通り、田中委員長は、「島﨑先生からの御指摘なので、特別に、例外的に受け入れた」と述べ、島﨑氏に敬意を払っていた。

だが、原子力規制委が了承した再計算結果を島﨑氏から反論され、思い通りに事が進まないことがわかると、7月20日の会見で田中委員長は、「自分がきちっとやるべきなのですよ、科学者として」、「自分で全くやっていないで、それを規制庁にやるべきだというのは、科学者としては、その道の専門家としては無責任」とまで発言し、島﨑氏に対する態度を豹変させた。

元はと言えば、島﨑氏の要請を受け入れ、再計算の実施を指示したのは田中委員長であり、今回の顛末についても田中委員長が責任を取るべきではないのか。それにも拘わらず、島﨑氏から反論されると田中委員長は、「科学者として無責任」とまで公の場で言い放った。こんな姿勢こそ、田中委員長自身の責任感の欠如を疑ってしまう。

5. 原子力規制委が原子力規制庁に責任をなすりつけた構図

7月13日の定例会合で石渡委員は、「安全側に見込んだ基準地震動になっているということで、その範囲内に入っているということが確認されたということで、私としては改めて計算してみてよかった」と述べ、原子力規制庁の計算結果を了承している。

原子力規制庁の計算結果は、すぐに島﨑氏に反論された。また、7月20日の定例会合では、再計算方法に課題がある旨が原子力規制庁から説明された。

すると石渡委員は、「この説明は、本来、前回の原子力規制委員会でやるべきだったというふうに思います」、「原子力規制庁の方はこの計算結果は撤回するのか」、「事前にそういう計算のディテールを御説明いただかなかったということで、前回の原子力規制委員会でした判断については、私としてはその件については保留ということで、もう少し検討が必要ではないか」と述べ、原子力規制庁に責任を押し付けた形となった。

これに対して、原子力規制庁は黙っていなかった。同日の定例会合で原子力規制庁の櫻田部長は、「お言葉を返すようで恐縮なのですけれども、武村式と入倉式を置きかえて地震動を計算してほしいと、こういう御指示があったので、なるべく御指示に沿うようなことを工夫して計算したということであります」、「我々としては御指示に従った計算をできる限り一生懸命やらせていただいたというもの」、「我々が撤回するというのは多分ないというふうに考えております」と述べた。

原子力規制庁は本件については、再計算を指示した原子力規制委側に責任があると反論していると私には見えた。私としても、原子力規制庁の言い分の方が正しいと思う。

そもそも、石渡委員は地震・津波を担当した島﨑氏の後任として委員に就任した委員であり、地震動の再計算の実施について責任の一端はある。再計算方法の課題を事前に見抜けなかった同氏の技術力に疑問を感じる。それを全て原子力規制庁の説明不足として片づけ、公の場で原子力規制庁に責任をなすりつける原子力規制委の姿勢は、何とも見苦しい。

8月12日、四国電力伊方原子力発電所3号機がようやく再稼働し、同15日から送電を開始した。これによって化石燃料消費量が減り、四国電力には年間約250億円の収支改善効果がもたらされ、将来的な電気料金値下げも期待される。

ところが、国内で現在稼働中の原発は、九州電力川内原子力発電所1・2号機と合わせて3基だけ。関西電力高浜原子力発電所3・4号機はいったん再稼働したものの、大津地方裁判所の仮処分により停止に追い込まれた。廃炉が決まった原子炉を除いた他の37基も、発電再開が見通せないままである。

東京電力福島第一原子力発電所の事故から5年半が経った。原子力規制に関する新しい規制基準が制定されてから3年が過ぎた。そういう中で、『原子力正常化』が遅々としているのは何故か?

政治決断ができない政権の弱さもあるが、原子力規制行政の在り方も非常に変なのだ。法治行政の大原則を無視し、"普通はやらない"ことをやり、一度決めたことを一週間で覆し、一人の学者の主張に振り回され、挙げ句の果てに責任のなすりつけ合いをするような今の原子力規制行政組織は、人事面も含めて大きく改訂されるべきだ。

そうしなければ、原子力政策の信頼回復が覚束ないだけでなく、原子力平和利用の停滞による国富流出も止まらないままだ。

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