政治の監視が効かない原子力規制行政の"独走" 〜 元委員の要求を異例の特別扱い

再計算結果によっては、大飯原子力発電所の再稼働が更に遅れる可能性がある。

先般、原子力規制委員会(とその事務局である原子力規制庁)がまたもや"独走"した。これはやはりおかしいのではないか?

去る6月8日、関西電力の大飯原子力発電所3・4号機の運転差し止め請求裁判控訴審(名古屋高等裁判所金沢支部)で、原子力規制委の前委員長代理である島﨑邦彦氏が"陳述書"を提出した。

ここで島﨑氏は、今年4月の熊本地震で得られた精度の高いデータを根拠に、大飯原子力発電所の「基準地震動」(=耐震設計の基準となる地震動)の計算が過小評価にならない計算式で計算し直すべき、と主張している。

原子力規制委・規制庁は、従前から、運転差し止め請求に関してはコメントしない立場を取っていた。だが、今回は違った。

6月20日付け原子力規制庁資料によると、「新聞報道等があり、その内容が島﨑前委員長代理在任中に行われた審査に関するものであったこと」から、原子力規制委の田中俊一委員長と石渡明氏(地震・津波などを担当)が島﨑氏と面談し、その席で島﨑氏は耐震計算のやり直しを要求。

そして6月20日、原子力規制委は定例会合で、大飯原子力発電所の地震の揺れについて再計算することを決めた。報道によると、「元々の審査の責任者の指摘なので例外的に受け入れた」(田中委員長)というのが、その理由。

しかし、これはかなり変な話だ。

新しい知見が提起された際、それを原子力規制基準やその運用にどのように反映させるか、具体的な手順は決められていないのだ。「元々の審査の責任者の指摘なので例外的に受け入れた」という情緒的な理由を根拠とするのは大きな問題であろう。

これまでの原子力規制委・規制庁の行政手法にも通じることだが、なぜ、こうした曖昧なやり方が許されるのか? そして、なぜ、それを指摘する政治関係者や報道関係者が殆ど現れないのか?

2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故の後、既設の原子力発電所に対して最新の基準に適合することを義務付ける"バックフィット"が制度化された。原子炉等規制法第43条の3の23で、「(原子炉施設の位置、構造及び設備が)原子力規制委員会規則で定める基準に適合しないと認めるときは・・・使用の停止、改造、修理・・・必要な措置を命ずることができる」と規定された。

本来、このような『法の遡及適用』は、憲法第29条で保障されている財産権を侵害することとなりかねないため、憲法第31条(適正手続の保障)を踏まえ、法律や規則を作って手続などを定めておかなければならないはずだ。

しかし、原子力規制委・規制庁は、具体的な運用ルールを委員会規則で定めず、法的根拠のない私文書、いわゆる"田中委員長私案"によってバックフィットを求め、原子力発電所の再稼働を事実上強制的に停止させ続けている。

この問題については、私はこれまでも別の寄稿などで再三再四提起してきた。

島﨑氏は、2014年9月まで原子力規制委の委員として原子力発電所の地震や津波の審査の取りまとめを行ってはいた。

だが、現在は地震学者の一人であって、今回の主張も多くの学説のうちの一つでしかない。今回なぜ、島﨑氏の主張だけを特別扱いするのか?

今後の再計算結果によっては、大飯原子力発電所の再稼働が更に遅れる可能性がある。

田中委員長は「新知見だから受け入れたということではなくて、島﨑先生がもともと責任者ですから、その方がおっしゃるということで、我々が今、できる範囲のことでやってみよう」と6月20日の定例会見で明言している。

"もともとの責任者だから"とか、"マスコミが騒ぐから"といった理由で特別扱いすることが許されるのだろうか?

日本の原子力規制を担う行政機関が、そんな程度の認識で良いのだろうか?

日本原子力発電の敦賀原子力発電所や、北陸電力の志賀原子力発電所に係る活断層(敷地内破砕帯)の調査を巡って、原子力規制委・規制庁は、自ら主宰した有識者会合のピア・レビュー会合で出された専門家の意見については無視し、評価書を取りまとめた。

ところが、一人の地震学者の意見には直ちに耳を傾ける。こんな一貫性のない運用が行われて良いはずはない。

今回、島崎氏が"過小評価"の懸念を示した地震動の計算式は、「入倉・三宅式」という名の式。この式を考案した入倉孝次郎氏は、自身のホームページで、島﨑氏の主張に対して以下のように反論している。

◎入倉・三宅(2001)の内容が、正しくない、とする結論は、いかにも性急すぎる判断と思います。入倉・三宅式を強震動予測など防災目的に用いるとき「行政的にどのような注意が必要か」は、あきらかに別の話です。強震動データを用いた熊本地震の解析結果と入倉・三宅式との比較など、詳細な分析を抜きにして、入倉・三宅(2001)を使うと過小評価になると断罪することは、あまりに偏った考え方と思います。

◎入倉・三宅式(2001)のスケーリング則は科学論文として査読付きの雑誌掲載されたものであり、・・・・(各種論文でも)その有効性が検証されています。

一方、島﨑氏の主張は上述の通り、未だ「一人の地震学者の意見」に過ぎない。

このように、学説が分かれる段階であるにもかかわらず、一方の学者の要求に従い、法律に基づく大飯原子力発電所の地震動の審査に関連する「再計算」を、公権力を行使する規制行政機関が行うことは、とても妥当なこととは思えない。

仮に「地震動評価に問題あり」との計算結果になった場合、マスコミは大騒ぎし、原子力規制委・規制庁はその対応に右往左往するだろうし、大飯原子力発電所の再稼働への影響は避けられないであろう。

活断層を調査する有識者会合や、バックフットの運用ルールを定めた"田中委員長私案"は、法律に基づくものではない。今回の島﨑氏の要求への対応も、法的根拠はどこにもない。

原子力規制委・規制庁は『法律による行政の原理』を無視しており、『規範意識』が欠如していると言われてもおかしくない。

新しい科学的知見は常に発見されるものであり、それらを適時適切に原子力発電所の安全対策に反映させることは、とても望ましいことだ。しかし、それらを実際の規制として実行するには、『透明な手続き』や『現実的な猶予期間』が必須であり、その対策に係る『適切な保障』も必要に応じて用意しなければならない。

マスコミ報道に左右される行き当たりばったりの恣意的な規制運用は健全な企業経営にマイナスであり、電力の低廉安定供給に悪影響を及ぼす。現に、そうなっている。

こんなことばかり続けていると、『原子力正常化』はますます遅れ、電力コスト・電気料金の高止まりや、国富の徒な流出、エネルギー安全保障への悪影響だけでなく、日本の原子力規制行政が諸外国からの信用を更に失うことになりかねない。

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