経済をけん引するのはモノ、コト、ヒトのいずれとも単純化できない今、そして国際経済の先行きが不透明でサプライチェーンが再構築されうる今だからこそ、将来の成長を生み出せるか否かは人間の"脳"の使い方次第といえるのかもしれません。超低電力で柔軟に学習する脳は、新しいコンピューターの仕組み作りのための研究対象となっています。
- コンピューターが自ら認知する仕組み
「いまだからエレクトロニクス、変わるエレクトロニクス! テクノロジー × ビジネス - エレクトロニクスの新世界では、2番目のプレゼンテーターとして、コンピューターが自ら認知する仕組みを持つというコグニティブ・コンピューティングを支える半導体、コグニティブ・チップを研究する日本アイ・ビー・エム 東京基礎研究所の細川 浩二さんが、その構造について解説しました。
デジタル化する社会のなかで、スマートフォン、ソーシャルメディアのみならず、あらゆるところに埋め込まれた各種センサーがリアルタイムに吐き出す "ビッグデータ"の活用が企業の成否を分けると考えられています。データの価値は石油に匹敵すると見なされるなか、その処理に必要なコンピューターは、根本的な構造の見直しが迫られています。そしてまるで人間の"脳"のようにものごとの関連性を見つけ、仮説を立て、判断および記憶し、自然言語を扱う仕組み、コグニティブ・コンピューティングの研究が注目されています。
これまでコンピューターは、「ノイマン型」といわれ、半導体(チップ)のなかでソフトウェアを動かすプロセッサー(中央演算装置、CPU)が、メモリー(記憶装置)と、配線でつながって読み書き動作する構造に則っています。
コンピューターは、半導体の集積回路を密にして集積度を上げて処理能力を向上させる「ムーアの法則」に準じていました。
しかし、ビッグデータが未曾有の勢いで肥大化し、今、これまでのノイマン型のコンピューターでは膨大な電力が必要となり、処理が間に合わなくなります。そこで、機械が圧倒的な低消費電力で脳の動きを模倣できるよう、神経細胞(ニューロン)の動きを簡素化した数式に置き換えるマカロック・ピッツ・モデルに則ったTrueNorthチップで動く非ノイマン型のコンピューターが開発されています。
TrueNorthでは、記憶装置であるメモリーに、電源がいらない不揮発性の新規メモリーを採用してニューロンの役割を担わせています。
ニューロン同士が接合する部分、シナプスのつながりの強弱(シナプス荷重)にあわせて発する活動電位(スパイク)を、0か1かに割り切らずにざっくり扱えるアナログ信号に変えて集積し、疑似的な神経回路を構築します。ニューロンがシナプス荷重を記憶して適合変化する不揮発性メモリーの"可塑性"の性質を使うことで、少ない電力でGPGPU(CPUよりはるかに処理能力が高い汎用画像処理装置)並みに、積和演算の分散超並列処理による機械学習をできるようになります。
チップとメモリーをつなぐ「ノイマン型」でなく、演算回路をメモリーの傍に配置する「非ノイマン型」の構造により、ノイマン型の1/1000という低電力チップのハードウェアにより、演算の学習と実行が可能になります。
細川さんはまとめとして、構造化データ、非構造化データからなるビッグデータを処理するには、どういったデータをどう使うか、の判断が重要と解説しました。銀行、医療、通信その他さまざまな産業データを貯め信頼性が求められるクラウドサーバーでは、GPGPUを用いたハイパフォーマンスなノイマン型のハードウェアが適しています。しかしセンサーによる計測や記録などの膨大な非構造化データやアナログデータからなるIoTデータを受けるエッジ端末には、TrueNorthのような低消費電力の非ノイマン型のハードウェアが適していると話しました。
そして、これまで使っていなかったエッジ側のデータの活用には新しい市場があるが、エッジにたまるデータはある程度フィルタリングしたうえで処理するのが効率的、と述べました。
- 50年先を見据えられるか
細川さんの話は、サービスおよびコンサルティングを主軸とするIBMのハードウェア研究の話として貴重でした。IBMの研究は、製品の開発とは独立して行われている、と伺って、IBMの長期的視点とテクノロジーの本質の理解に感心しました。
ここで腑に落ちたのが、「IBMの半導体研究モデルは、何が他社と違うのか? 50年先を見据えるIBMの半導体研究グループ」(2016年10月6日 Mynavi 服部毅)という記事です。このなかで服部氏は、ファブレス企業やIT企業は、最終製品の優位性を決めるファウンドリーに製造を委託するに際して、技術的な知識を持たなければ的確な判断ができない、と述べています。
IBMが30~50年先を見据えた開発思想でイノベーションを促進する一方で、これまでの日本の半導体メーカーは長期的戦略の欠如で衰退したといえるでしょう。今後は、不透明さを増す世界経済のなかで伸びる新興市場の需要を取り込む"異質化"の具体的な戦略作りが、日本のエレクトロニクスメーカーの成長への突破口となりえます。
本記事はコウタキ考の転載です。