米メディアで「バーチャルリアリティ(VR、仮想現実)」を使った360度3Dの動画が相次いで公開されている。
島田範正さんもブログ「IT徒然」で紹介されているが、11月に入ってから、ウォールストリート・ジャーナル、ニューヨーク・タイムズ、APからバズフィードまで、それぞれ力のはいったコンテンツを投入。
特にニューヨーク・タイムズは、グーグルと提携して100万を超す読者に段ボール製のスマートフォン用ビューアー(ゴーグル)を配布したこともあってか、「NYT VR」と名づけた専用アプリが、同社のアプリ群の中でも最も高い人気を誇っているという。
当事者の視点で風景を目にし、〝ニュースを体感する〟という、新しい表現方法の模索が始まっている。
●360度3D
最も目をひくのは、ニューヨーク・タイムズが5日に公開したコンテンツ「難民」だ。
これはニューヨーク・タイムズ・マガジンの特集と連動した動画で、11分超のドキュメンタリー。
シリアからレバノンに逃れた12歳のハナ、南スーダンの内戦で祖母と避難生活を送る9歳のチュオル、ウクライナ内戦で廃墟となった村に避難先から戻って暮らす11歳のオレグ。
3人の日常風景を、子どもたちと同じ目線で、映像は淡々と追っていく。
その映像を360度の3Dで見るのは、単なる動画視聴ではなく、まさに〝体感〟だ。
等身大の子どもたちが、ほんの1メートル先で歩き回り、しゃべっているように見える。
風の音、水面の揺らぎ、立ち上がる砂ぼこり。ぐるりと体を一回りさせれば、主人公たちを取り巻くすべての風景が視界に入ってくる。
その風景の中心に、自分自身も立ち会っている感覚なのだ。
360度の動画はパソコンでも閲覧可能で、カーソルの操作で画面を回転できる。
ただ、360度3Dで動画の中に入り込むような体感をするには、スマ-フォトフォンアプリ「NYT VR」をダウンロードして視聴することになる。
タイムズのリリースによると、実数は明かしていないものの、公開後4日間のダウンロード数が同社の他のアプリを上回る勢いで、「NYTのアプリの中で最も成功した」としている。
また、3Dの閲覧にはスマートフォンを差し込むゴーグル型のビューアーも必要だ。
このため、ニューヨーク・タイムズはグーグルと提携。8日までに120万人の日曜版購読者(と一部、デジタル版購読者)に、グーグル製組み立て式の段ボールビューアー「カードボード(段ボール)」を配布している。
上記リリースによると、VRアプリの平均滞在時間は14.7分。つまり11分超の「難民」を最後まで閲覧しているようだ。
また、アプリはゴーグルを使った3Dモードと、360度のみの2Dモードが選べるようになっているが、92パーセントが3Dモードで視聴したという。
●ネイティブ広告も
今回のプロジェクトにはゼネラル・エレクトリック、ミニの2社のスポンサーがついているという。そして、ネイティブ広告として、それぞれ同じ360度3DによるCGと実写のコンテンツも配信中だ。
同社はすでに今春、フランス出身のアーティスト、JRさんのプロジェクトを記録した7分近い同様の動画を公開している。
これも360度3Dの特徴を生かした、奥行きのあるコンテンツだ。
ただ、この時は積極的なプロモーションはせず、あくまで実験ベースという位置づけだったという。
「バーチャルリアリティ」は一般的に、コンピューターグラフィックス(CG)による3D映像のイメージが強かった。
「バーチャルリアリティ・ジャーナリズム」「イマーシブ(没入型)・ジャーナリズム」などの呼び名で語られてきた従来のメディアの取り組みも、CGによる現場の再現と、ゴーグル型ディスプレイでの追体験、というスタイルが主だった。
ユーザー側も、VRアプリを手持ちのスマートフォンにダウンロードし、1000円前後の安価なゴーグルに装着すれば、すぐに360度3D動画を楽しむことができる。
この環境変化で、VRジャーナリズムに注目が集まったようだ。
●米メディアが次々参入
ウォールストリート・ジャーナルも、タイムズの前日の11月4日、名門「アメリカン・バレー・シアター」のソリスト、サラ・レーンさんを追った4分半ほどの動画「リンカーンセンターのバレリーナの舞台裏」を公開した。
レーンさんは、ナタリー・ポートマンさんがアカデミー主演女優賞を獲得した映画『ブラック・スワン』でダンスの代役を務めたことでも知られる。
ジャーナルは今春にも、CGによるバーチャルリアリティのコンテンツ「ウォールストリートは新たなバブルか」を公開。今年のオンライン・ジャーナリズム賞を受賞している。
APもタイムズと同じ今月5日、フランス北部の難民キャンプの動画を公開。
PBSのドキュメンタリー番組「フロントライン」は9月下旬、エボラ出血熱の感染の広がりをCGと実写でまとめたVR「エボラ・アウトブレーク」を、グーグルのアンドロイド用アプリとして公開。
さらに今月12日には、フェイスブックのVRプラットフォーム「フェイスブック360度」上でも公開した。
バズフィードも翌13日、ドローン(DJIファントム)に360度カメラを搭載、地上では一部、リコーの携帯用360度カメラ「シータS」も使いながら、やはり「フェイスブック360度」で、カリフォルニア州の森林火災の被害状況を伝えるニュース動画を公開している。
ABCニュースはこれに先立つ9月半ば、シリア・ダマスカスの遺跡破壊などのおさめたVR動画を公開していた。
●バーチャルリアリティ・ジャーナリズムの心得
加速気味のバーチャルリアリティ・ジャーナリズムだが、コンテンツづくりには、いくつかの押さえておくべきポイントがあるようだ。
国際的なメディア関係者のグループ「グローバル・エディターズ・ネットワーク」は12日付で、「あなたの編集部でイマーシブ・ジャーナリズムを実践する方法」というタイムリーな記事をまとめている。
その中で、専門家による注意点を5つにまとめている。
1)ユーザーを乗り物酔いさせるな
ゴーグル越しにVRコンテンツを見ているユーザーは、予期せぬ画像の加速や揺れによって、乗り物酔いのような状態になってしまう。
2)没入させよ
360度カメラは、従来のカメラのように使うのではなく、周囲を見回すユーザーの頭部のように扱った時に威力を発揮する。
3)投影の効果は強力
ユーザーは登場人物と一体化する感覚を味わい、通常の動画よりも強い共感を抱く。
4)各場面のカギとそのヒントを前もって考えよ
映像を見るアングルなどを、ユーザーが主導権を取って選べることがVRコンテンツの魅力だが、各場面で重要な部分はどこかを示すために、画像への表示や音響効果、ストーリーの進行をいったん止める、などのヒントを与えることが必要。
5)ストーリーを伝えるということを忘れずに
VRというメディアの目新しさから、往々にしてコンテンツよりも360度動画という形式を優先させてしまいがちだ。よいストーリーの魅力を増す。それが目的だということを、肝に銘じて。
確かに。
(2015年11月13日「新聞紙学的」より転載)