英ガーディアンのデジタル編集主幹、アーロン・フィルホファーさんの発言が話題を呼んでいる。
「ニュースの中に読者を呼び込む:進化する『クラウドソーシング』と『コメント』」でも紹介したが、欧米のメディアではネットのコメント欄を閉鎖する動きが相次いでいる。
一方、ガーディアンは、先月末に正式版を公開したサイトリニューアルで、コメント欄をコンテンツの一つとして目立たせるなど、読者参加の姿勢を明確にしている。
〝オープン・ジャーナリズム〟を掲げるガーディアンの、ぶれない感じを象徴するエピソードだ。
●「読者の声は、ジャーナリズムの核」
フィルホファーさんについては、「『イノベーションは徐々に起きる、そして測定可能だ』とデータジャーナリズムの旗手が言う」「『マネーボール』理論をニューヨーク・タイムズに応用してみた」などで、これまでに何度か紹介してきている。
ジャーナリスト(ハック=売文家の意味がある)とエンジニア(ハッカー)のネットワーク「ハックス・アンド・ハッカーズ」の共同創設者であり、データジャーナリズムを代表するジャーナリストの1人だ。
昨年5月、デジタル移行を精力的に進めるニューヨーク・タイムズの要、デジタル戦略担当編集局次長から英ガーディアンへの電撃移籍を発表した。ガーディアンでは新設のデジタル担当編集主幹に就任。同紙のデジタル戦略を先導する。
フィルホファーさんは3日、ロンドンで開かれたカンファレンス「ニュース:リワイヤード」の基調講演に立ち、持論を展開したという。
デジタルジャーナリズムは読者との会話であるべきだ。私はとても強くそう感じている。これは伝統的な報道局が実質的に無視し続けている、最大とはいわないまでも、重要な論点の一つだ。
様々なサイトが相次いでコメント欄を閉鎖し、読者コミュニティを置き去りするのを目にしているだろう。これは重大な誤りだ。他のサイトがコメント欄を閉鎖するということは、我々のようなサイトにとってはプラスになるが。読者の声は耳を傾けられるべきだし、それだけの価値がある。読者の声は、ジャーナリズムの核になるべきだ。
さらに、フィルホファーさんはこんなことも言っている。
バズフィードやアップワーシーのようなサイトは、率直に言って、我々のシェアを奪っている。エディターたちは、これらのサイトが自分たちの理解を超えている、といった言い方をしがちだ。だが、別に魔法を使っているわけじゃない。非常に明確に読者を想定し、そこに向けて極端に的を絞り、素晴らしくデザインされたプロダクトを送り出しているのだ。彼らはターゲットの読者にコンテンツを届ける術を知り、成功例と失敗例を検証している。コンテンツに関して、ガーディアンやニューヨーク・タイムズが、バズフィードのようになるべきだと言っているわけじゃない。バスフィードのやっていることとその手法の全体像を、もっと理解する必要があるのだ。
コメント欄閉鎖は、ロイターやテックニュースサイト「リ/コード」などのメディアで相次ぎ、1月末にはさらにブルームバーグも、サイトのリニューアルに合わせてこの動きに同調している。
●コメント欄の重視
フィルホファーさんの指摘を裏付けるのが、ガーディアンのコメント欄の扱いだ。
ガーディアンは、1年半がかりのサイトリニューアルを完了し、1月末にその正式版をお披露目した。
このリニューアル自体も、数千人規模の読者に参加してもらい、13万件超にも及ぶ要望を検討するという、「オープン」なスタイルで行われたのだという。
ちなみに、リニューアルしたサイトで使われているプログラムのブロック(モジュール)は、オープンソースとして、プログラム共有サイト「ギットハブ」で公開されている。
リニューアル後のサイトは、従来は細かく縦割りのカラムで区切っていたデザインを一新。
「ヘッドライン」「ハイライト」「スポーツ」など、テーマごとに横レイアウトで区切っていくスタイルにした。これにより、写真や動画をしっかりと扱うことが可能になる。
もう一つの特徴がコメント欄。
これまでコメントは、コンテンツの末尾にしかなかった。だが今回のリニューアルで、ガーディアン側がピックアップしたコメントを、コンテンツのすぐ右側、いわゆる「ファーストビュー」(スクロールしないでも表示されるページ領域)に表示するようにした。
これは、ニューヨーク・タイムズが昨年1月のサイトリニューアルで、コメントをコンテンツ右側に表示するようになったのとも呼応する。
そのベースになっているのは、2012年に編集長のアラン・ラスブリッジャーさんが掲げた「オープン・ジャーナリズム」の取り組みだ。
●オープン・ジャーナリズム
「オープン・ジャーナリズム」については、ラスブリッジャーさん自身がこんな説明をしている。
それは参加を促す。反響を呼び込み、許容する。
〝我々〟と〝彼ら〟を分け隔てるような、活気のない発信ではない。
それは議論の口火を切るように、コンテンツの発信をしたり、提言をしたりするように促すことだ。私たちはフォローしあうことも、議論をリードすることもできる。公開前の記事作成のプロセスに読者を呼び込むこともできるのだ。
それは、あるテーマや課題、個人について様々な興味を持つ人々のコミュニティーづくりをサポートする。
その実例の一つが、2011年に行った「オープン・ニュースリスト」だ。
これは、記者の取材予定をあらかじめネットで公開。読者がツイッターなどで、記者に対して聞いて欲しいポイントなどをアピールする、という試みだった。
英ガーディアンのオープンな取り組みとして有名なのが、2008年から2009年にかけて行った「英国会議員経費乱用問題」のクラウドソーシングだ。
閣僚や下院議長の辞任、刑事事件にも発展したこの問題で、ガーディアンは専用サイトを開設。議会が公表した領収書など40万件に上る資料のチェック作業を、独自プログラムを開発して読者にも呼びかけ、2万3000人が協力したという。
この他にも、2013~14年には、コメント欄への投稿者たちの横顔を紹介する「ビロー・ザ・ライン」というコーナーも開設した。
さらに、ガーディアンが取り上げるべきだと思うテーマを投稿する「ユー・テル・アス」。さらに、それをもとにガーディアンが取り上げたテーマを紹介する「ユー・トールド・アス」というコーナーもある。
ただ、このコーナーは今年1月いっぱいで更新が終了したようだ。
これらのオープン戦略の延長線上にあるのが、2013年からスタートした「ガーディアン・ウィットネス」。
「オープン・ジャーナリズム」のプラットフォームとして、スマートフォンアプリも用意。読者が撮影した動画や写真、記事を投稿してもらう、ユーザー作成コンテンツ(UGC)のコーナーだ。
読者によるコンテンツ投稿は、今回のサイトリニューアルで新設されたリアルタイムの中継コーナー「ライブ・ブログ」にも取り込めるという。
●データ駆動型の読者開発
フィルホファーさんが基調講演の中で、バズフィードなどを引き合いに触れているもう一つのポイントは、データ駆動型の読者開発だ。
まさに、「『イノベーションは徐々に起きる、そして測定可能だ』とデータジャーナリズムの旗手が言う」「『マネーボール』理論をニューヨーク・タイムズに応用してみた」で紹介したように、データジャーナリストとして、その手法を読者開発に取り込んでいこうというものだ。
読者コミュニティーとのエンゲージメントとデータ。
この数年の、メディアの最大の課題だろう。
(2015年2月8日「新聞紙学的」より転載)