フェイスブックがコンテンツの扱いを巡って、さらなる騒動を巻き起こした。
発端は、ノルウェーの作家が、ベトナム戦争を象徴する報道写真"ナパーム弾の少女"をフェイスブックに投稿したことだった。
ナパーム弾の爆撃から逃げ惑う裸の少女を捉えたこの写真を、「全裸」を理由にフェイスブックが削除。抗議をしたこの作家のアカウントも停止に。
沸き上がる批判を受け、フェイスブックは結局、削除措置を撤回した。
人間の編集者による「保守派メディア排除」批判、そしてアルゴリズムによるデマの掲示...とフェイスブックのコンテンツ選別を巡るぎこちなさは、これまでも紹介してきた。
「メディアではなく、テクノロジー企業」というフェイスブックの主張は、ますます実態との乖離が明らかになってきている。
影響力にふさわしい社会的責任を、フェイスブックは果たして引き受けるのか――そこに注目が集まっている。
●削除された1枚
8月19日、ノルウェーの作家・ジャーナリスト、トム・エーゲランさんが戦争に対する世論を変えた8枚の報道写真をフェイスブックに投稿した。
すると、そのうちの1枚が削除された。削除の理由は「裸」が写っているからだという。
当時9才の少女が、全裸でナパーム弾の攻撃から逃げてくる姿を捉え、"ナパーム弾の少女"として知られる。翌年にピュリツァー賞を受けた、歴史的な報道写真だ。
さらにエーゲランさんが、これに抗議の声をあげたところ、一時的にアカウントそのものが停止されてしまったという。
●編集長が声を上げる
この問題に声をあげたのは、ノルウェー最大の日刊紙「アフテンポステン」の編集長、エスペン・イーギル・ハンセンさんだ。
8日付で、フェイスブックCEO、マーク・ザッカーバーグさんへの公開書簡という形で、騒動の経緯を報じ、抗議を表明した。
「マークへ。私はこの写真を削除せよとのあなたの要求に応じるつもりはないということをお知らせするためにこれを書いている」と題した記事によると、同紙もこの騒動の当事者になったのだという。
9月7日、"ナパーム弾の少女"の写真とともにエーゲランさんの騒動を取り上げた同紙のフェイスブックへの投稿に対し、削除を要求するメールが、フェイスブックのドイツ・ハンブルグのオフィスから届き、それから24時間足らずで写真は実際に削除されたという。
聞いてくれ、マーク、これは大事なことだ。まずあなたは、児童ポルノと著名な戦争写真を区別できないルールをつくった。そして、適切な判断の余地を残さないで、それを運用した。揚げ句には、その判断に対する批判や議論を検閲さえした――そして、思い切って批判の声を上げた人物を罰したのだ。
「マーク、あなたは世界で最もパワーのある編集長だ」とハンセンさん。
「あなたはそのパワーを乱用していると思う」
●首相の投稿を削除する
騒動は、そこにとどまらなかった。
ノルウェー保守党の代表で同国首相、エルナ・ソルベルグさんも「フェイスブックはこのような写真を検閲することで間違った方向に進んでいる」と、この写真を投稿。
ソルベルグさんは、フェイスブックへの投稿で、この削除について、こう指摘する。
フェイスブックがこの種の画像を削除するということは、それが善意によるものかも知れないが、私たちの共通の歴史を編集することになる。
フェイスブックはこの機会に、自らの編集ポリシーを見直し、幅広いコミュニケーションプラットフォームを運営する大企業が担うべき責任を引き受けて欲しいと思う。
●批判と撤回
ニューヨーク・タイムズによると、この削除作業は、アルゴリズムによってまずフェイスブックのポリシーに違反する可能性のある画像をピックアップし、さらに人間が可否を判断する手順になっているようだ。
フェイスブックの写真削除問題は、「#DearMark」のハッシュタグで世界的な批判の声につながっていったという。
フェイスブックはついに9日、写真削除の撤回を表明した。
声明の中で、フェイスブックはこう説明しているようだ。
裸の子どもの画像は、通常は我々のコミュニティースタンダードに違反すると推定されます。そして、いくつかの国では、児童ポルノと見なされる可能性もあります。今回のケースでは、我々はこの画像が、時代の特別な瞬間を記録した、歴史的、世界的な重要性があることを理解しました。
それを、もう少し早い段階で、理解してもよかったかもしれない。
●必要なのは"エディター"
米国では成人のフェイスブック利用率は67%、ニュース閲覧に利用する割合は44%に及ぶ。
ブロガーでニューヨーク市立大学ジャーナリズムスクール教授、ジェフ・ジャービスさんは、その影響力に応じたバランスと責任の取り方として、「フェイスブックにはエディターが必要だ」と指摘する。
ジャービスさんが言う"エディター"は、個々のコンテンツの編集作業にあたるのではなく、倫理基準やポリシーの運用のレビューを担う、ニューヨーク・タイムズのパブリック・エディターのような存在を想定しているようだ。
そのようなオンブズマン的なエディターの存在は、繰り返されるフェイスブックの問題への対処に、有効かもしれない。
だが、フォーチュンのマシュー・イングラムさんは、ジャービスさんの指摘を受け、こう述べている。
とは言え、そのためには、フェイスブックがメディア企業としての責任があることを認める必要があるが、今のところ、そのつもりはなさそうだ。
ガーディアンのコラムニストで元編集長、ピーター・プレストンさんは、「現実に向き合いなさい、ザッカーバーグさん、あなたもニュースエディターなんですよ」と題したコラムで、こう断じる。
自らのサイトで、ナパーム弾攻撃から逃げ惑うベトナムの少女のように、扱いの難しい話題を掲載したり、削除したりの判断をする人は、あくまでテクノロジスト、との言い分は通用しない。それはパブリッシャー(メディア)だ。
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※ダン・ギルモア著『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』全文公開中
(2016年9月10日「新聞紙学的」より転載)