偽ニュースが社会問題となり、その拡散の舞台とされたフェイスブックが、「スノープス」などの外部の検証サイトと連携した対策を打ち出した。
これに対して、偽ニュースの拡散で知られる保守派サイトなどが反撃に乗り出している。検証サイトや既存メディアこそ「リベラルに偏向した偽ニュースだ」と。
加えて、保守派の英タブロイド、デイリー・メールは、しばしば検証の標的とされてきた「スノープス」のスキャンダルを掲載。トランプ氏支持の保守派サイトが次々と取り上げている。
「偽ニュース」というラベルを氾濫させ、検証サイトを標的とすることで、本来の批判をかわす――そんな情報戦が始まっているようだ。
●フェイスブックの偽ニュース対策
偽ニュースの拡散が大統領選に影響を与えた、として批判を受けてきたフェイスブックが、具体的な対策を公表したのは15日。
対策の柱は、
(1)ユーザーが偽ニュースの通報をしやすくする
(2)外部の検証機関のネットワークによって偽ニュースと認定されたら、「第三者の検証機関によって真偽が問われている」との文言を表示し、その理由について説明する
(3)偽ニュースサイトへの広告配信の停止、の3点だ。
(2)の外部検証機関として、ポインター研究所を中心とした「国際ファクトチェッキングネットワーク」に加盟する43団体が協力することになる。
この中には、ABCニュース、AP、ワシントン・ポストなどの既存メディア、さらにはスノープスなどの検証サイトも含まれている。
●保守派サイトの反撃
・「フェイスブックが偏向した"ファクトチェッカー"の手を借りて"偽ニュースのラベル貼り」(ブライトバート・ニュース)
・「フェイスブックが"偽ニュース"対策で信頼性の低いリベラルのファクトチェッカーを使う」(デイリー・コーラー)
・「フェイスブック、"偽ニュース"隠蔽のため極左グループに権限移譲/政治的"ファクトチェッカー"スノープスはヒラリー・クリントンと民主党の代弁者」(インフォ・ウォーズ)
・「フェイスブックが"偽ニュース"阻止の計画を公表:左翼過激派のファクトチェッカー頼みに」(デイリー・ワイヤー)
いずれも偽ニュースの拡散で知られる保守派サイト。これらの見出しから、批判のポイントが伺える。
「デイリー・コーラー」はこう述べる。
フェイスブックが連携する組織の一つがスノープスだ。スノープスというところは、事実を切り刻み、リベラルのロジックで真っ赤なウソをついているようだ、とデイリー・コーラーが一度ならず明らかにしてきた。
また、「9.11は米政府による陰謀」「ピザゲート」などの陰謀論の先導役で、「インフォ・ウォーズ」の運営者であるラジオパーソナリティ、アレックス・ジョーンズさんは、この偽ニュース対策の動きは米中央情報局(CIA)のシナリオによるもの、との陰謀論を唱えているようだ。
さらに「ニューヨーク・タイムズこそ偽ニュース」と述べ、「インフォ・ウォーズ」を偽ニュース認定したらフェイスブックを訴える、などとトーンをあげているという。
「ブライトバート・ニュース」「インフォ・ウォーズ」「デイリー・コーラー」といった保守派サイトは、「スノープス」などにしばしば検証対象として取り上げられ、偽ニュース認定を受けている。
そして、いずれもトランプ氏に近い、という点でも共通している。中でも、「ブライトバート」の会長だったスティーブン・バノンさんは、主席戦略官・上級顧問としてトランプ政権の中枢を担う人物だ。
なにより、トランプ次期大統領自身も、しばしばツイッターで偽ニュースの拡散に関与している。
フェイスブックの偽ニュース対策と新政権との相性は、あまりよくなさそうだ。
●デイリー・メールの追及と波紋
英タブロイドのデイリー・メール(メール・オンライン)は21日、「スクープ:フェイスブックの"偽ニュース"を裁定する"ファクトチェッカー"はサイトから横領したカネを売春婦への払いにあてたと告発され、スタッフには売春婦・ポルノ女優と"雌ギツネ女王様"がいる」という見出しのスキャンダル記事を配信した。
記事では、「スノープス」CEOのデイビッド・マイケルソンさんと、共同創業者である前妻との離婚訴訟の書面などをもとに、マイケルソンさんに9万8000ドル(1150万円)横領の疑いがあるとし、また、スタッフの経歴や性的指向などについても報じている。
英ガーディアンは23日、デイリー・メールのスキャンダル記事を受けて、「なぜメール・オンラインはファクトチェッカーを追及するのか?」という記事を掲載。デイリー・メールが記事の中で、"偽ニュース""ファクトチェッカー"とそれぞれに引用符をつけていることに着目する。
これはフェイスブックの(偽ニュース対策)計画に怒りをもって反発した、"オルタナ右翼"の非公式応援団、ブライトバートのような非主流派サイトから借用してきた戦術だ。偽ニュースやファクトチェックという考え方自体に、なお議論がある、と暗示する仕組みだ。
「スノープス」は昨年、「英国の極めて信頼性に欠けるデイリー・メール」という表現で、同紙の記事を取り上げている、という因縁もある。
ガーディアンは、デイリー・メールの記事の狙いが、ソーシャルメディア上の偽ニュース対策に「疑念を植え付けることのようだ」と言い切っている。
●「スノープス」の回答
ただ今回の件に関しては、「スノープス」側も、歯切れが悪いようだ。
デイリー・メールの記事について、フォーブスのコントリビューターでジョージ・ワシントン大学シニアフェローなどを務める、カリフ・リーテラウさんが「スノープス」CEOのマイケルソンさんに直接、コンタクトしたところ、「訴訟上の合意事項により離婚の詳細を明らかにすることはできない」などと回答があったという。
合わせて、スタッフの採用基準やファクトチェックの基準についても問い合わせたが、透明性や中立性について納得のいく回答は得られなかった、としている。
その結果、ファクトチェックをする側にも、透明性が要求される、という原則が、改めて注目されることにもなった。
つまり、フェイスブック上の何が"真実"かを裁定する役割を任せるため、スノープスのようなファクトチェック組織に駆け込む前に、やるべきことが明らかになったわけだ。彼らの内部はどのように機能しているのかをもっと理解し、その業務の透明性をより一層確保することが必要なのだ。
●フェイスブックにとっての「センシティブ」
これがどれだけセンシティブなことかは、わかっています。社内チームには慎重にことを進め、意見表明を対象とはせず、スパム対策に焦点を絞るように指示してあります。(中略)私たちのゴールはプラットフォーム上の詐欺行為の対策と同様に、デマを減らすことです。ただ、私たち自身が真実の裁定者にならぬよう、極めて慎重にありたいと思っています。第三者のファクトチェッカーたちと協働するのはそのためです。
フェイスブックのザッカーバーグCEOは15日、偽ニュース対策を伝える投稿へのコメントで、「慎重さ」を繰り返し強調した。
そして、それには十分な理由もある。
フェイスブックの人気ニュース紹介コーナー「トレンド」で、「人間の編集者が意図的に保守派のニュースを排除していた」、との疑惑が報じられ、ザッカーバーグCEOが保守派の論客たちへの釈明に追われたのが今年5月。
8月、人間の編集者は解雇し、ニュースの選定はアルゴリズムに任せたところ、今度は偽ニュースを取り上げてしまい、以後、その対策に追われることになった。
その結果、トランプ新大統領誕生の責任まで、指摘される事態となった経緯があるからだ。
偽ニュース対策の影響は、トランプ氏に近い保守派サイトに大きく出ることは明らかだ。
そのせめぎ合いが、まさに繰り広げられている。
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(2016年12月10日「新聞紙学的」より転載)