米国の中間選挙を前に米司法省は19日、選挙への介入の容疑でロシアの"フェイク工作"の会計責任者を訴追した、と発表した。
工作資金の支出先の多くは、フェイスブックだった。
選挙をめぐるフェイクニュース問題は、ロシアなどの"外患"だけではない。米国発のフェイクニュースもまた、中間選挙をめがけて勢いを増す。
フェイスブックと選挙をめぐる問題は、米国以外でも注目を集める。
10月末に決選投票が行われるブラジル大統領選では、フェイスブック傘下のメッセージアプリ「ワッツアップ」を舞台にしたフェイクニュースの氾濫が大きな問題となり、高等選挙裁判所が相次いで削除を命じる事態になっている。
多くの場合、これらの問題はメディアや研究者、アクティビストたちが指摘してきた。それに対し、フェイスブックが対応する。すると、また新たな問題が――。
「他人任せ」とも映り、後手後手に回るフェイクニュース対応が続く状況に、ニューヨーク・タイムズは20日、ついにこんなタイトルの社説を掲げた。
●米中間選挙も標的
米司法省の発表によると、訴追されたのはロシア人のエレーナ・フシャイノワ被告。
米国やEU、ロシア国内を含む幅広い情報工作「プロジェクト・ラフタ」の会計責任者として、米中間選挙への介入に関わった「共謀罪」で訴追されている。
今回の刑事告訴状によると、「プロジェクト・ラフタ」は米国、EU、ウクライナやロシア国内も含む、選挙に関する情報工作で、2014年ごろから実施されている。
「プロジェクト・ラフタ」の名前は、今年2月、2016年米大統領選へのロシアの介入疑惑を操作している特別検察官、ロバート・ムラー氏が、その工作部隊とされてきた「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」を含む3社と、関連する13人のロシア人を起訴した際の起訴状にも登場している。
「プロジェクト・ラフタ」の資金源は「プーチンの料理人」の異名を持つ側近でロシアの実業家、エフゲニー・プリゴジン氏の傘下企業「コンコルド」だ。
ここから、「プロジェクト・ラフタ」を通じて、「インターネット・リサーチ・エージェンシー」など10社あまりの工作部隊に資金を提供しているという。
そして「インターネット・リサーチ・エージェンシー」は"フェイクニュース工場"として、フェイスブックなどを通じた各種情報工作を手がける、という構図だ。
その金の流れを管理していたのが、「プロジェクト・ラフタ」の財務部門で会計責任者を務めるフシャイノワ被告ということになる。
ただ、これまでの「ロシア疑惑」で起訴された被告たちと同様、当人はロシアにおり、身柄拘束の可能性はない。
司法省の資料によれば、米大統領選、米中間選挙への介入を含む2016年1月から2018年6月までの「プロジェクト・ラフタ」全体の予算は3500万ドル超(約39億円)。
このうち、米中間選挙も絡む今年1月から6月の予算は1000万ドル超(約11億円)。
2月の起訴状では、米大統領選直前の2016年9月ごろの「インターネット・リサーチ・エージェンシー」の月額予算は125万ドル超(約1億4000万円)にのぼった、としていた。
「プロジェクト・ラフタ」の予算の使途は、「工作員への支払い、ソーシャルメディアへの広告出稿、ドメイン名登録、プロキシーサーバーの購入、"ソーシャルメディアでのニュース投稿の促進"」とされている。
ただ、米国への介入のために使われたのはそのごく一部だったという。
刑事告訴状に具体的な金額が記されている。
今年1月から6月の予算のうち、フェイスブック広告に6万ドル超、インスタグラムの広告には6000ドル超。さらに「ブロガー」「(ツイッターの)アカウント開発」に1万8000ドル超、とされている。
これを見る限り、大半がフェイスブックに振り分けられている。
介入工作の手法は、大統領選の時とほぼ同じだ。
フェイスブックなどの広告や投稿を通じて、移民問題、銃規制、人種問題、LGBTといったテーマで対立する双方の立場から煽り、社会の分断を図る、という手法だ。
例えば、フェイスブックのフェイクアカウント「バーサ・マローン」は、移民問題を取り上げた「ストップAI(オール・インベーダー)」というフェイスブックページを開設した。
2016年12月から2017年8月までの期間に400件を投稿。2017年7月17日からの1週間だけで、138万人にリーチし、13万人から「いいね」やコメントなどのエンゲージメントがあったという。
今回の訴追は9月28日付けで行われていたが、3週間後の19日まで公表されていなかった。
ワシントン・ポストなどによると、翌週から大統領補佐官(国家安全保障担当)のジョン・ボルトン氏が訪ロするのに合わせて、というタイミングだったようだ。
訴追の発表と同じ日、米国家情報長官室が、司法省、連邦捜査局(FBI)、国土安全保障省(DHS)による共同声明を発表。
中間選挙及び2020年の米大統領選に対する、ロシア、中国、イランを含む外国政府による介入への懸念を表明している。
訴追と合わせ、11月6日の中間選挙本番に向けた号砲のようなものだろう。
●選挙対策室の開設
フシャイノワ被告の刑事告訴状では、フェイスブックとツイッターのフェイクアカウントを使った介入事例を取り上げている。
ただ、工作のコストのかけ方を含め、その焦点はフェイスブックだ。
その風圧は、フェイスブックも感じているようだ。
まさにフシャイノワ被告の訴追発表の前日、18日に、フェイスブックの本社内に「選挙対策室」を開設したことを公表している。
脅威インテリジェンス、データサイエンス、ソフトウエアエンジニアリングなど、社内各部署の専門家約20人が常駐し、リアルタイムで介入の兆候を監視しているという。
7月末には、フェイスブックとインスタグラムのフェイクアカウントとページ、32件の削除を発表。その手法からロシアの「インターネット・リサーチ・エージェンシー」との関連が指摘されている。
さらに10月11日には、559のフェイスブックページと251のアカウントを削除した、と発表。
ニューヨーク・タイムズは、この中には、ロシアによる介入の手法を取り入れた、国内発のフェイクニュースが目立ってきている、と報じている。
政治の話題によるフェイクニュースが注目を集めることから、それを広告閲覧に結びつける、というビジネスのが広がっているという。
同様のフェイクニュース発信は、米大統領選の際にマケドニアを舞台に広がったことが明らかになっている。
10月15日には、中間選挙の投票日を別の日付としたり、スマートフォンのアプリで投票できる、といったフェイクニュースを流す「投票者弾圧」の行為についても、削除を強めていく、と表明している。
この手法もまた、米大統領選で「ショートメッセージで投票できる」などのフェイクニュースが出回ったのと同じだ。
さらに、CEOのザッカーバーグ氏は9月、3000語を超す長文の声明を発表。選挙対策の意気込みを述べている。
2016年(の米大統領選の時)には、我々は、今や日常的に直面している組織的な情報工作に対する備えがなかった。だがそれ以来、我々は多くのことを学び、フェイスブックにおける選挙介入を阻止するためのテクノロジーと人材の組み合わせによる最新のシステムを開発した。
一方で、ザッカーバーグ氏はこんなことも述べている。
私が学んだ重要な教訓の一つは、国や文化をまたいで数十億人を結びつけるサービスを構築した時、人々が可能にするあらゆる良い面を目にすると同時に、できる限りの手段を使って、そのサービスを悪用しようとする人々も目にするだろう。
我々が進化すれば、敵もまた進化する。我々はその先手を打ち、民主主義を守るために、改善と協働を続けていく必要がある。
問題は、その「先手」を打つことができているのか、という点だ。
●ブラジル大統領選での削除命令
フェイスブックのフェイクニュースが問題となっているのは、米中間選挙だけではない。
極右・社会自由党のジャイル・ボルソナーロ下院議員と、左派・労働党のフェルナンド・アダジ元サンパウロ市長による決選投票が10月28日にブラジル大統領選もまた、フェイスクニュース拡散が深刻な問題となっている。
だが、フェイクニュースは、フェイスブック傘下のメッセージアプリ「ワッツアップ」で拡散していたことが、ミナス・ジェライス連邦大学、サンパウロ大学、ファクトチェック機関「アジェンシア・ルパ」の調査で明らかになった。
ブラジルのニュースサイト「G1」の世論調査では、有権者の44%が、政治や選挙の情報を「ワッツアップ」から得ている、という。
調査では347のグループで拡散していた10万件の画像を検証。
このうち共有の多かった50件の画像を調べたところ、8件は完全な偽造、15件は実際の画像だが別文脈での流用、4件は根拠のない主張で、半数以上がフェイクニュースであることが明らかになった。
この調査グループによるフェイクニュース排除のためのシステム修正要求に対して、「ワッツアップ」の回答は「時間が足りない」だったという。
フェイクニュースは両候補それぞれを攻撃する内容が拡散している、という。
そして「ワッツアップ」も腰を上げたようだ。
ニューヨーク・タイムズによれば、メッセージのグループでの共有の上限を256人から20人への削減し、紙、テレビ、ラジオでの広告キャンペーンを展開。フェイクニュース排除の「コンプロバ」とも連携をとっている、という。
だが、地元紙「フォルハ・デ・サンパウロ」の18日の報道によると、ボルソナーロ氏支持のマーケティング会社が1200万レアル(約3億6000万円)で「ワッツアップ」ユーザーへのメッセージを展開する大規模キャンペーンを計画していることが暴露された。
これに対し、「ワッツアップ」は法的措置をとることを明らかにしている。
一方で選挙管理を管轄するブラジル高等選挙裁判所は、10月に入ってからもフェイスブックに絡むフェイクニュース削除の判断を次々に出している。
また、有権者に向けて、フェイクニュース情報の専用ページを立ち上げる状況だ。
●「自分のことは自分でやれ」
ザッカーバーグ氏は、9月の声明や、同趣旨のワシントン・ポストへの寄稿の中で、選挙に絡むフェイクニュース対策として、企業の枠を超えた連携を呼びかけている。
我々は着実に前進してきたが、巧妙で資金潤沢な敵に直面している。彼らは決してあきらめず、進化し続ける。我々は改善を続け、常に一歩先を行く必要がある。それには、我々にとってはセキュリティへの継続的な多額の投資が必要になる。と同時に、政府、IT業界、セキュリティ専門家たちとの緊密な連携が求められる。この問題は、一つの組織が自力で解決することはできないからだ。
だが、フェイスブックは今、今年だけでも3月に発覚したケンブリッジ・アナリティカ問題での8700万件のユーザーデータ流出、さらに9月に明らかになったシステムの欠陥を突いたサイバー攻撃による3000万件のユーザーデータ流出、と立て続けの逆風の中で、冷ややかな視線を向けられている。
選挙をめぐっても、トラブルが報じられている。
「アフリカ系米国人」「ヒスパニック」あるいは「LGBT」という単語が含まれているだけで、「政治広告」と判断し、次々に広告が削除されている――。
USAトゥデーは17日、独自の検証で、フェイスブック広告の、そんな現状を明らかにしている。
英ガーディアンも、問題続発のフェイスブックにあって、「選挙対策室は機能しているのか?」と疑問を投げかける。
選挙を離れても、フェイスブックにあふれる様々なフェイクニュースが、深刻な問題を引き起こしている事例がメディアや専門家によって相次いで明らかにされている。
ミャンマーでは、少数民族「ロヒンギャ」への弾圧を煽るフェイクニュース拡散の背後に、軍の存在があったことがニューヨーク・タイムズによって報じられた。
上述のブラジル大統領選における「ワッツアップ」でのフェイクニュース氾濫の実態は、専門家らの調査によるものだ。
インドでは、「ワッツアップ」で拡散した「児童誘拐」のフェイクニュースが原因で、4月以来、すでに約20人が殺害される惨事になっているという。
この問題を以前から指摘してきたのも、インドのファクトチェックメディアだった。
フェイスブックの対策は、いずれも後手に回っていることが、批判を受けている。
そしてニューヨーク・タイムズは20日、「自分のことは自分でやれ」との社説を掲載した。
(フェイスブックやツイッターなどの)企業には、自由に使えるあらゆるツールがあり、まさにジャーナリストたちが発見した事実を見つけ出すべき重大な責任を負っている。だが明らかなように、いまだに、彼らはその責任を果たしていない。現在、(ジャーナリストや専門家ら)第三者が担っている、ユーザー保護やコンテンツ選別といった役割は、社内で容易に受け持つことができるはずだ。そして、ジャーナリストとは違い、これらの企業には、ネット上で問題のある状況をつくりだす動機そのものを変えてしまう力がある。
ザッカーバーグ氏は、フェイクニュースの発信側が「資金潤沢」という。
だがその一方で、まさに世界のネット広告収入の85%をグーグルとフェイスブックの2社が占めている事実を指摘。フェイクニュースの問題を掘り起こす役割を担っているメディアのビジネスの足元を、この2社が脅かしている、という皮肉な構図について、こう述べている。
ソーシャルメディアのプラットフォームは、自らのサイトから流れる有毒情報の濾過作業をジャーナリストに任せる一方で、それについての社会への見返りは何もなしだ。だが、この仕組みには、持続可能なところが全くない。この(フェイクニュースをめぐる)メリーゴーラウンドの仕組みが機能しなくなった時、何が起こるのか。私たちは、とても考えたくはない。
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■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)
(2018年10月21日「新聞紙学的」より転載)