米テキサス州ダラスで7日に起きた警察官狙撃事件、さらにその前日、ミネソタ州ファルコンハイツでの警察官による黒人射殺事件は、いずれもその生々しい現場映像がリアルタイムで、フェイスブックを通じてライブ中継された。
特にミネソタのケースでは、助手席に座っていた被害者のガールフレンドといういわば"当事者"が、警官が発砲した直後の車内の様子をスマートフォンで中継し続けており、衝撃的だ。
ダラスの狙撃事件では、市の中心部で、デモによる人出があったこともあり、様々な角度からの"マルチチャンネル"の現場映像が、一斉にフェイスブックやツイッターにあふれた。
そして、ソーシャルなライブ中継は"目撃者"だけが行っているわけではない。
狙撃事件では、ダラス市警もまた、事件後の記者会見をツイッターのペリスコープでライブ中継している。
誰もが"目撃者"の視点をリアルタイムで共有できる、モバイルビデオの時代を際立たせたこの数日間だった。
●助手席からのライブ映像
ミネソタの事件では、ホテルの客室清掃を担当するダイアモンド・レイノルズさんが、6日午後9時6分、手に持ったスマートフォンで、フェイスブックライブの中継を始めている。
これを見て。私たちはテールライトが壊れているということで、路肩に停車させられた。そして警察が...私のボーイフレンドを殺した。
9分47秒におよぶビデオの冒頭、レイノルズさんは努めて冷静に車内の状況を中継。「両手はそのまま」という警官とのやりとりも聞こえる。
レイノルズさんは助手席におり、運転席には血まみれの被害者、フィランド・カスティールさんが倒れ、車外から拳銃を構える警官の姿も写り込んでいる。
後部座席にはレイノルズさんの娘もいた。3人はスーパーで買い物をした帰り道だったという。
ポケットから免許証と財布を出そうとした際、「(許可をうけて)銃を持っている」と説明したところ、警官が複数回にわたって発砲したという。
ライブ中継は発砲の瞬間は捉えていないものの、その直後から始まり、レイノルズさんが車外に出され、さらに手錠をされてパトカーに乗せられている様子まで続いている。
パトカーの中では、レイノルズさんの4歳になる娘が、こんな言葉をかけている。
大丈夫、ママ、大丈夫。私がついてるから。
中継の録画の再生回数は560万回を超えている。
●銃撃戦の"目撃者"
警察官12人が狙撃され5人が死亡したダラスの事件では、これに先だって行われていた「ブラック・ライブズ・マター」のデモの参加者、マイケル・ケビン・バウティスタさんが7日午後8時59分からライブ中継を始めた。
死亡したマイカ・ジョンソン容疑者と警官隊との銃撃が、まるで市街戦のように目の前で繰り広げられる様子を、バウティスタさんは「なんてことだ」といいながら、2分53秒にわたって中継している。
容疑者が駐車場に立てこもったコミュニティー・カレッジをパトカーで取り囲み、それを盾に、応戦する警官。背後から駆けつける応援の警官隊。
それを交差点を隔てた反対側から撮影し続ける。
だが、その映像をネットに流していたのは、バウティスタさんだけではなかった。
調査報道メディア「インターセプト」のロバート・マッケイさんがまとめている。
バウティスタさんは、カレッジ南東の交差点で撮影していたが、コメディアンでビデオブロガーのキング・ゴールディーさんは、同じ場面を、北東側の交差点から撮ったビデオをツイッターに投稿している。
@bhuwklsというアカウントでは午後9時2分、狙撃が始まった直後の、デモ隊の混乱ぶりをツイッターに投稿している。
アリソンさんという現場から北東1ブロックのところに住む女性も、午後9時1分に「怖い」と書き添えて、銃撃とパトカーの音が鳴り響くカレッジのビデオを投稿している。
さらに、カレッジの警備員、パトリック・クーパーさんはその内部の様子を、午後9時9分にフェイスブックにアップロードしている。
●警察のソーシャル発信
ダラスのケースでは、市警も狙撃発生前から、デモ参加者との写真を投稿するなど、ツイッターでの情報発信を行っていた。
さらに、事件発生後の深夜から断続的に行った記者会見も、いずれもペリスコープで中継している。
ただ、デモ隊にいた迷彩柄のシャツにライフルを肩から下げていた、狙撃とは無関係の男性の映像を、「容疑者の1人」としてツイッターで情報提供を呼びかける、という失態もあったようだ。
公開の場でライフルを携帯すること自体は、テキサス州法では認められているという。
●歴史的事件を撮影する
目の前で起きた大事件を、カメラを手にした"目撃者"が撮影した事例は、これまでにもいくつもある。
1963年11月、まさに警官狙撃の現場となったダラスで、ジョン・F・ケネディ大統領が狙撃された瞬間を8ミリカメラで撮影したのは、地元で衣料会社を経営するエイブラハム・ザプルーダーさんだった。
1991年3月、ロサンゼルス市警の白人警官らが黒人男性、ロドニー・キングさんを暴行、翌年のロサンゼルス暴動のきっかけとなった事件では、ジョージ・ホリデーさんが、自宅バルコニーからビデオカメラで一部始終を撮影していた。
2009年1月、ニューヨークのラガーディア空港離陸直後のUSエアウェイズ機がハドソン川に不時着した事故では、近くのフェリーに乗っていた起業家のジャニス・クラムスさんが、直後の写真をアイフォーンで撮影、ツイットピックに投稿した。
2014年7月、ニューヨークで黒人のエリック・ガーナーさんが白人警官に押さえつけられ、「息ができない」と訴えた後、死亡した事件では、近くに住む知人のラムゼイ・オルタさんが、その様子をスマートフォンで撮影していた。
さらに2015年1月の仏シャルリ・エブド襲撃事件でも、容疑者たちの銃撃の模様を捉えたビデオは、現場近くに住むエンジニアのジョルディ・ミルさんが撮影し、フェイスブックに投稿したものだった。
また、同年4月、メリーランド州ボルティモアで、警察に身柄拘束された黒人男性の不審死をめぐって起きた暴動では、英ガーディアンや地元ボルティアモア・サンのジャーナリストたちが、ツイッターのペリスコープを使い、現場のライブ中継を相次いで行っていた。
今月6日のミネソタでのカスティールさん射殺事件の前日、米ルイジアナ州バトンルージュでも、白人警官が黒人男性アルトン・スターリングさんを射殺する事件が起きている。
この時、現場近くにいたアブドラ・ムフラヒさんと、アーサー・リードさんの2人が、それぞれ別角度から、スマートフォンを使って発砲の瞬間のビデオを撮影している。
●フェイスブックの立ち位置
フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバークさんは、ミネソタの事件を受けて、こんな投稿をしている。
この映像は生々しく、衝撃的だが、私たちのコミュニティの何百万という人々が、恐怖とともに日々暮らしているのだという事実に目を向けさせてくれる。ダイアモンドさんのようなビデオは、二度と再び目にしないですむことを望むが、一方で、よりオープンでつながった世界をともに築き上げることの大切さを思い起こさせてくれる――そして、そのためにはなお遥かな道のりがあることも。
だがニューヨーク・タイムズなどによると、レイノルズさんがフェイスブックに投稿をした後、数時間にわたってビデオが視聴できない状態が続いた、という。
フェイスブックは、「技術的障害」が原因、と説明しているようだ。
誰でもスマートフォンから、手軽にリアルタイムのビデオ中継ができるとなれば、その内容のハンドリングの役割は、フェイスブックなどのプラットフォームが担うことになる。
フェイスブックには、コンテンツに関する"コミュニティ・ガイドライン"があり、ユーザーから「不適切」との通告があったビデオについては、社内チームで削除や捜査当局への通報、などの判断を行うという。
フェイスブックの「技術的障害」とは、この手続きの一環だったのではないか、と見られているが、具体的な説明はなされていないようだ。
いったんリアルタイム中継が終わり、録画状態になったところで、ビデオ冒頭に「ご注意(Warning)」を表示することもあるという。
レイノルズさんのビデオも、ダラスの銃撃戦のビデオも、冒頭には黒地に赤と白の文字で「ご注意―過激な描写が含まれる動画」との注意書きがある。
ダラスの銃撃戦の模様をツイッターに投稿したキング・ゴールディーさんのビデオにも、冒頭に「この画像/動画は不適切な内容を含んでいる可能性があります」とのメッセージが表示される。
ここに、プラットフォームであるフェイスブック(やツイッターなど)の、編集とコンテンツに対する責任の問題が改めて浮上する。
実質的に、メディアとしての編集機能を持っているフェイスブックが、それに応じた透明性の確保と責任を自覚し、担っているのか、という疑問だ。
ワシントン・ポストのメディアコラムニストで、ニューヨーク・タイムズの前パブリックエディター、マーガレット・サリバンさんは、こう指摘する。
(フェイスブックの)その外れた影響力を考えれば、可能な限りの透明性をもって、彼らはその並外れた責任と向き合うべきだ。
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■ダン・ギルモア著『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』全文公開中
(2016年7月10日「新聞紙学的」より転載)