ある日、看護師をしている友人から相談を受けた。「数ヶ月前から生理不順になり、心配になってきた‥。」と。よくよく話を聞くと、ここ数ヶ月で体重が5kgも落ちてしまったせいなのか、今まで順調にあった生理が来なくなってしまった、という。
こうした月経にまつわる相談を受けることは、珍しくない。「生理の時は、イライラするし、体も重い‥。仕事に集中できなくて、ミスをしてしまいそうになるの。」という相談や、「生理前の腰痛や頭痛がきつくて‥。怒りっぽくなるし、不安定にもなる。どうしたらいいのかな。」という相談は、多くの看護師さんから受ける。
そのような相談を受けると、私は、低用量ピルの内服を勧める。なぜか?女性が内服する避妊薬としてよく知られている低用量ピルであるが、実は、ピルには避妊以外の効果があるからだ。そのお話をする前に、ピルについて少々お話ししたい。
ピルには、エストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)という、2種類の女性ホルモンに似た成分が含まれている。ピルを内服することで、これらの女性ホルモンが体内に分泌されている状態になる。そのため、卵胞の成熟が抑えられ、卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンの分泌が抑制されてしまい、結果として排卵が起こらなくなる。また、ピルは、子宮内膜が肥厚するのを抑えて、受精卵が着床しにくい状態にしたり、子宮頚管粘液を変化させて、精子が子宮内に侵入するのを妨げる。
こうした作用によって避妊効果を得られるわけだが、果たして、ピルの避妊効果は、どれくらいなのだろうか?飲み忘れなく継続して1年間ピルを内服した場合の妊娠率は、0.3%と言われている。もちろん、内服を中止すれば、妊娠は可能となる。ピルの内服を中止して1年後の妊娠率は、94%であったという報告もある。
もちろん、副作用も報告されている。「アンジュ」の場合、血栓症(0.1%未満)、浮腫(0.1〜1%未満)、不正性器出血(1〜5%未満)、乳房痛(1〜5%未満)、悪心・嘔吐(1〜5%未満)、頭痛(1〜5%未満)などが報告されている。
こうしたリスクを考慮してもなお、ピルを内服して得られる避妊以外の効果とは、一体何なのだろうか?
まず一つ目に、月経周期を規則正しくしてくれることだ。ピルは21日間内服し、7日間休薬することで、28日周期となる。そのため、生理不順は解消される。
二つ目に、月経痛や月経量を軽減してくれることだ。月経中に増殖する子宮内膜には、子宮の収縮を促すプロスタグランジンという物質が含まれている。プロスタグランジンの分泌過剰は、子宮収縮の増強をもたらすため、痛みを引き起こしてしまう。そのため、ピルの内服によって子宮内膜の増殖が抑えられることにより、プロスタグランジンの量が減り月経痛は改善され、月経量も少なくなるのだ。
三つ目に、月経前症候群(PMS)の症状を軽くしてくれることだ。PMSは、「月経前の3〜10日間続く精神的あるいは身体的症状で、月経発来とともに減退ない消退するもの」と定義されている。具体的には、イライラや頭痛、腹痛や腰痛や眠気、倦怠感、むくみといった症状が出現する。頻度は、全女性の50〜80%と報告されており、女性ホルモンのバランスの変化が、PMSを発生させる原因の一つだと考えられている。だが、ピルの内服は、常に女性ホルモンのバランスを一定に保つことができる。そのため、PMSの治療として効果を発揮するのだ。
だが、残念なことに、日本のピルの内服率はわずか1%だ。フランスは41%、ドイツは37%、イギリスは28%、米国は16%と、欧米と比較して、日本のピル内服率ははるかに低い。ハンガリーにあるセンメルワイス大学の医学部に通う吉田いづみさんによると、「同じ学年の女子全員がピルを内服しており、逆に自分が内服していないことを、みんなから不思議がられた」という。欧米と日本の、ピルに対する認識の違いの表れだろう。
そこで私は、当院の五十嵐里香看護部長の助けを借りて、23歳から48歳までの病棟の看護師さん15名を対象に、ピルの使用の有無について聞いてみた。「専門知識があるのだから、多くの看護師さんが飲んでいるに違いない」と思っていた。
結果は、私の予想とは違った。誰も服用していなかったのだ。もちろん、サンプルサイズも小さく、バイアスが影響している可能性もある。確定的なことを言うには、きっちりとした臨床研究が必要だ。ただ、日本では看護師といえども、ピルはあまり服用されていない可能性が高そうだ。
ひどい月経痛やPMSの症状は、集中力の低下を引き起こす。周囲との意思疎通もうまくできなくなる。そうした状況では、医療事故やインシデントを引き起こしかねない。かといって、月経痛やPMSを理由に長期間休むわけにもいかない。だからこそ、私は、看護師の方々が低用量ピルを内服することを勧めたい。ピルを内服するだけで、自身の体調管理をすることはもちろん、結果的にインシデントや医療事故を防ぐことが出来るかもしれないのだから。
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