グーグルが開発したメガネ型情報端末「グーグルグラス」のように、身に着ける「ウェアラブル端末」が普及すると何が起きるのだろうか。リアルとネット上の情報とリンクさせれば、すれ違う他人の情報を知る事も技術的には可能だ。名前だけでなく、どの企業や大学に属し、交際相手がいるのか、もしかしたら友人の友人かも。そんな情報がだだ漏れになる近未来が近づいている。
■ウィンク1つで写真撮影
グーグルグラスでの撮影は、デジタルカメラやスマートフォンのように撮影していると分からない。グーグルが公開している動画でも、ウィンク1つで写真撮影ができる様子が紹介されている。7月4日のアメリカ独立記念日の夜に起きたささいな喧嘩を撮影し、YouTubeに投稿された映像が話題になったが、間近で撮影されていることに気付いているひとはほとんどいないように見える。このようなメガネ型ウェアラブル端末は国内でもNTTドコモが開発中で、CEATEC JAPANで公開された。
眼鏡型の端末で鍵となるのが顔認識機能だ。顔認識とネットの情報をつながれば、グーグルの画像検索やフェイスブックなどのネット上にある本人の顔の画像と関連する情報をリンクして、目の前の人が誰なのかを識別することができるという。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所の木村昭悟氏は、
画像認識の技術は、人に関しては発展しています。基本的にはユーザーのニーズから生まれてきています。人の画像認識は犯罪防止、セキュリティなど生活基盤の問題でもあり、発展してきました。物に関してはニーズが明らかではない部分があります。人のほうがパーツの制約によって見つけやすい。たとえばペットボトル一つとっても、販売点数が多く、多様性がありすぎます。
(木村昭悟氏)
意外なことに、物よりも人の方が、認識技術が発達しているということらしい。そんな画像認識を活用すれば、何が可能になるのだろうか。
■視線の集中から人気者を判定
職場や学校、電車内や街中で、気になる異性をチラチラ見てしまったことはないだろうか。誰もがメガネ型情報端末を身につけたら、チラ見もバレてしまう。木村氏によると、画像系の国際会議CVPRでは30人ほどのグループの帽子にカメラを仕込んで、それぞれ誰を見ているのかを解析して、交友関係を明らかにする実験を行った結果が発表されている。
カメラ画像を基に、それぞれの人が見ている方向を推定すると、それらを統合することで、「何に興味を持っているか」「誰が話の中心にいるか」などがある程度推定できます。カメラをつけている人全員の画像を集めると、誰と誰の関係性が強いかなどが分かります。
(出典: Fathi, Hodgins, Rehg, "Social Interactions: A First-Person Perspective," Proceedings on IEEE Computer Society Conference on Computer Vision and Pattern Recognition (CVPR), 2012.)
つまり、誰に興味があるのかが分かってしまうし、誰が人気者なのかも判定される。ポジティブに考えれば合コンで気が合う相手を気軽に見つけることが出来るかもしれないが、誰からも興味を示されない「ぼっち」だったことが可視化されたり、セクハラで訴えられたりするかもしれない。
新しい端末による画像認識機能は、リアルな世界とネットを融合させた面白いサービスを生み出す反面、色々な問題が起きる可能性もある。フリージャーナリストの亀松太郎氏が指摘する。
分かりやすいのがプライバシーの問題です。大学のキャンパスをグーグルグラスで撮影しながら歩いたら、かわいい女子大生を見ているのも全部ダダ漏れになります。仮にその様子がネットで生中継されてしまったら、女子大生のプライバシーはどうなってしまうでしょうか。
■まずはフェイスブックを使いこなす
プライバシー問題を解決するためには、いくつかの方法が考えられる。1つは、そういったデバイスの使用を禁止してしまうことだ。しかし、新たなデバイスは、デメリットだけでなく、様々な情報にもっと手軽に触れることができるなど、多くのメリットも得られる。そこで重要になってくるのは、情報の公開範囲を自分でどこまでコントロールできるかだ。敬和学園大学の一戸信哉准教授は
フェイスブックの使い方を教える機会があるのですが、ほとんどの人が分かっていません。いわゆる「嫁バレ」などの現象が起きています。タグを友達に付けられて、どこにいたかバレちゃったとか、そういうことがないように、公開範囲やタグを設定しようという話になります。ところがサイトの説明を見ても、書いてあることがよく分かりません。すると、やればやるほどみんな分からなくなって、怖いからやらないか、あるいは、面白いからやる、という極端な選択が行われることになります。0なのか1なのかは分かりやすいですが、中間的な選択を一般のユーザーまで含めて、どう保証するのかが大事になります。
まずは、フェイスブックなどの既存のソーシャルメディアを使いこなすことが重要になってくるということだ。その上で、新しい端末には、プライバシーを守る仕組みがないと、だだ漏れ社会で問題が噴出して、「使わせるな」という話になっていくかもしれない。実際、グーグルグラスは、装着を禁止する動きも出ている。(「波紋を呼ぶ「Google Glass」、使用を禁止する動きが米国で相次ぐ」)。撮られる側になる可能性がある以上、「私は使わないから関係ない」という理屈は通用しない。また、国家権力と結びつけば、監視社会の強化にもつながりかねない。
こういった新たな技術がもたらす問題は、技術で解決できるのか、それとも、リテラシーの向上でどうにかなるのか、法やルールも未整備なままだ。
(編集:新志有裕)
※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第1回討議(13年4月開催)を基に、記事を構成しています。