住民の情報アクセスやコミュニケーションの拠点として、各地の図書館を活用しようという動きが出てきた。ネット上ではカフェを併設した図書館などが話題になることが多いが、本の貸し出しにとどまらず、新たな住民サービスを提供する「つながる図書館」は多種多様に生まれている。今後、住民ニーズと密接に絡む流れになることも考えられる中、もしかしたら、求人案内のように、格差拡大に伴う貧困対策まで図書館が担う日がくるのかもしれない。
ジャーナリストの猪谷千香氏
■ミシンの作業も可能、公民館化が進む図書館
東日本大震災を契機に被災地の図書館の取材を始めたジャーナリストの猪谷千香氏は、被災地だけでなく、全国各地の公共図書館で出会った「つながる図書館」の存在に着目し、新書「つながる図書館 コミュニティの核をめざす試み」を執筆した。猪谷氏によると、図書館の変化については、これまであまり注目が集まってなかったという。
各地の公立図書館がものすごい勢いで変わっています。でも、みんな自分の町の図書館以外は知らないのです。各地の図書館の利用者にアンケートをとると住民の満足度が高いのですが、それは他の地域の図書館を知らないことも要因になっていると考えられます。
では、図書館はどのように変わっているのだろうか。猪谷氏は、大手メディアにほとんど取り上げられないために、一般にはあまり知られていない事例として、佐賀県伊万里市の「伊万里市民図書館」を挙げる。
この図書館は、設計段階から市民とコミュニケーションを取ってきました。そのため、市民の方がとても使いやすい建築になっています。例えば、ある部屋では腰ぐらいの高さの位置にコンセントがついているんです。布で絵本を作っているサークルの方たちが図書館でミシンやアイロンの作業がしやすいような部屋を作っているのです。
単に本を読むだけでなく、市民が交流できるような場として整備している点が興味深い。また、市町村立だけでなく、県立でも興味深い取り組みは広がっているという。例えば、鳥取県立図書館では、
ビジネス支援に力を入れていて、資料の使い方などを教えてくれます。必要があれば、司書が関係機関や専門家に紹介もしてくれる。一般の人にとっては敷居の高いと感じるところにもつないでくれるのです。また、「インターネットでトラブルになった時は?」など、人には相談しづらい悩みに対して、適切な本や相談窓口を案内してくれるチラシを司書が作り、図書館の玄関にたくさん置いています。
単なる貸し出しにとどまらず、地域の様々な機関や専門家とつなぐ役割を果たしている。そして、最も注目を集めていると言っても過言ではないのは、佐賀県武雄市の武雄市図書館だ。カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が指定管理者になり、Tカードを導入。さらに、蔦屋書店とスターバックスが併設されている斬新なスタイルが大きな話題となった。
実は佐賀県は「ことりっぷ」がないなど、若者向けの観光地とはいえない地域で、マーケティングからこぼれ落ちていたのです。でも、武雄市図書館ができたことにより、視察や観光客が全国から押し寄せています。賛否両論はありますが、武雄市図書館を絶賛している人は、地方自治体の首長や地方議員が多いようです。地域活性化のための集客施設として、期待している部分があるようです。
それぞれの図書館の特色は多岐にわたっているが、「つながる図書館」のポイントは、住民サービスとして、単なる本の貸し出し以上のものを提供していることだろう。
■日雇い労働者の休憩所という現実
ある意味、「公民館」的な発想での「つながる図書館」が広がっているのかもしれない。そこにはやはりニーズがあるからだ。猪谷氏は、
コミュニティ活性化のために使いたいというニーズは高まっています。公民館との関係もありますが、公民館のユーザー層は固定化しています。インターフェイスとして使いにくいのです。しかし、図書館はユーザー層が幅広く、気軽に使える公共施設なんです。
さらに、将来的な社会ニーズにマッチすることも想定される。
社会のライフラインとしての必要性は高まると思います。例えば、今後、都市部を中心に非正規雇用の単身高齢者が増えることが予想されます。彼らは持ち家もなく、年金受給も怪しい。日本の不動産システムの中、単身高齢者に貸してくれないことが多く、ホームレスになる危険性もある。そういう社会的な課題に対応できる図書館を作らないといけないでしょう。今そこにある危機ではなく、10年先、50年先を考えないといけません。
弁護士ドットコムトピックス編集長の亀松太郎氏は、
台東区の図書館が女性専用席を作りましたが、ネットで批判されて撤去されました。調べてみると、女性専用席ができた背景には、日雇い労働の男性たちが休憩所として利用するという問題がありました。本を読まない男性が閲覧席を占拠してしまって、女性が座れない状況が生じていたのです。ただ、そのような事態への対策としては、ハローワークを図書館に併設するなどの工夫をして、知識を付けながら職を探す場にする手もあるかもしれません。
と猪谷氏の状況を補強する。一方、ヤフーニュース編集部の伊藤儀雄氏は、
貧困対策は本来、図書館が解決すべき政策課題とではないはずです。全部、図書館が引き受けるのも違うのではないでしょうか。
これに対して猪谷氏は、
そうですね。図書館では直接的な課題解決をするわけではありません。ただ、解決の近道になる情報を提供することはできます。図書館の司書が賃貸住宅を探すわけではありませんが、関係機関や支援活動をしている人たちにつなげるところまではできます。貧困層の利用者を排除するのではなく、手助けできるようにすべきです。
しかし、法政大学の藤代裕之准教授は、
予算があれば貧困対策や地域の課題解決など何でもできますが、果たして図書館のやるべき事なんでしょうか。地域の人々が作業したり、旅行者のランドマークになったりするならば、図書館ではなくて公民館やカフェでもいいのではないでしょうか。図書館の役割は何なのでしょうか。
猪谷氏は、
私も図書館本来の使命である資料の収集や提供を疎かにすることは賛成できません。ただ、プラスアルファとして何ができるのかということです。住民のニーズに応えることで図書館の存在意義も高まります。しかし、日本図書館協会の2013年の統計によると、いまや公共図書館の非常勤職員や臨時職員は約1万5900人で、専任職員1万1172人を上回っているのです。図書館を支える人材の雇用が守られなければ、十分な活動もままなりません。
「つながる図書館」は、住民ニーズに直接的にマッチしているものが多く、図書館のサービス向上につながるのだろう。さらに、貧困対策のように、今後の日本社会の変化が、図書館に新たな役割を期待するようになる可能性もある。しかし、図書館は本来、知識を提供する場として存在するはずだ。屋台骨の部分がどうなるのかをきちんと見据える必要があるだろう。(編集:新志有裕)
※「誰もが情報発信者時代」の課題解決策や制度設計を提案する情報ネットワーク法学会の連続討議「ソーシャルメディア社会における情報流通と制度設計」の第11回討議(14年4月開催)を中心に、記事を構成しています。