ネアカな高知女性、ナカジマさん
■「高知のナカジマさん」に会いに行く
「高知に行くならナカジマさんに会わなきゃダメだよ!」
何人もの知り合いからそうアドバイスされた。
高知県は全国の都道府県の中でも突出して「貧困」の地域だ。
一人あたりの県民所得では沖縄県とトップを争う。
貧困の状態にいる人が多いかという指標になる貧困率でもやはり全国2位。
いろいろなデータで見ても高知は貧しい地域だということが分かる。
高知市で見ると小学生の3割、中学生の4割が就学援助。
11%が母子世帯などのひとり親世帯。
高知県で多感な時期を過ごした漫画家・西原理恵子さんの作品でも、彼女の子ども時代に友人たちと過ごした絶望的な貧困がよく登場する。
そんな貧困の先進県でそんな現状を聞くにあたって、誰か詳しい人はいるのか? 誰に聞いたらリアルな貧困の最前線が分かるのか? いろいろなネットワークを通じて探った結果、信頼すべき多くの人が口にしたのがナカジマさんだった。
どうも活動的な人で、とても顔が広いらしい。
「法政大学の水島と申しますがお会いしたい」といきなりメールを送って強引に会ってもらった。
その職業の人にしては珍しい。ふつうはありえない。
しかもトークがぶっちゃけていた。
その職業にしては、ふつうありえない。
予備校時代の同棲話、バイトの挫折、周囲との劣等感、仕事が儲っているかという話まで、質問すれば次から次へと話が出てくる出てくる。
「高知でもナカジマさんは儲けられないという、"有名な私"なんですけど」
よく笑う。それも自虐的な笑い。こんなにあけっぴろげで面白い人は久々にあった。もちろん、その職業にしては、という言葉もついてまわるのだが。
■出身大学を聞いてのけぞる
だいぶもったいぶってしまったが、ナカジマさんの職業は弁護士だ。
中島香織さん。
御年37歳。
弁護士になって6年目だから、司法修習生だった時期も考えると20代のうちに司法試験に受かった優秀な人だ。
早くして司法試験に受かったくらいだから、どこかの法学部だろうなあと、知り合いの弁護士たちの顔を思い浮かべてみる。東大、京大、中央大などの法学部出身者、さらにその上の法科大学院出身者などが目につく。
「私、東京外語大学モンゴル学科なんです」。
そう言われて思わずのけぞってしまった。
モンゴル学科ですか?
それはまた・・・。
「でも、大学には行かず、ずっとバイトやっていて・・・。渋谷の映画館。イメージフォーラムっていう。でも仕事できずクビになりましたけど、あ、自分から辞めた形ですが・・・ははは」
イメージフォーラム!
なんと知る人ぞ知る超マニアックな映画館だ。
アート系というのだろうか。いわゆる商業映画の劇場では絶対にやらないようなマイナーだけど素敵な映画を上映している。
イメージフォーラムのホームページに書いてある劇場紹介を引用したい。
「アート系の新作ロードショー、気鋭監督作品によるレイトショー、企画上映など、イメージフォーラムならではの独自な個性的な作品をラインナップしています。新作ロードショーでは世界各国のアート系、作家性あふれる個性的な新作を続々公開します。レイトショーでもアジア映画をはじめとする各国の新人、気鋭の監督の作品を公開。海外の美術館で上映されるような先端的なアート作品、アヴァンギャルド映像の古典の企画上映なども他では見ることが出来ません。トークショー、そして時にはミニ・ライブなどユニークな企画も行っています。」
なるほどアヴァンギャルドねえ。
ナカジマさんを表現するのにぴったりな言葉かもしれない。
ちなみにナカジマさんが結婚していて夫は映像作家だ。
もちろんイメージフォーラムにも出入りする「アヴァンギャルド」な人らしい。
ナカジマさんが映画のバイトも長く続けることもできなかった頃はこの夫と暮らしながら「社会の役立たず」みたいな気持ちだったという。
同級生たちが華々しく働いている中で、私は人と同じようなことさえできない、と毎日お酒を飲んでは本を読むという、本人いわく「自堕落な生活」をしていた。
その後に夫となる人から「そんなに時間があるなら司法試験でも受けたら?」と言われて、この一言で司法試験予備校に通い出し、弁護士になるきっかけになったという。
ナカジマさんの話を聞いていると、超難関の司法試験までひょいと越えられそうな気になってくる。アヴァンギャルドだ。
■「貧困」の現場では今
本題に戻ろう。
ナカジマさんが高知で有名なのは、「貧困問題」にかかわることには何でも積極的に顔を突っ込むから、らしい。
勤務先は「法テラス高知法律事務所」。
法テラスとは何かというと、ホームページで調べてみると以下のようなものだ。簡単に言うと、法テラスの正式名称は、「日本司法支援機構」と言って国(法務省)によって設立された法的トラブル解決のための「総合案内所」だ。
以下、法テラスのホームページに書いてある解説文を引用する。
「借金」「離婚」「相続」・・・さまざまな法的トラブルを抱えてしまったとき、「だれに相談すればいいの?」、「どんな解決方法があるの?」と、わからないことも多いはず。こうした問題解決への「道案内」をするのが私たち「法テラス」の役目です。
全国の相談窓口が一つになっていないために情報にたどりつけない、経済的な理由で弁護士など法律の専門家に相談ができない、近くに専門家がいない、といったいろいろな問題があり、これまでの司法は使い勝手がよいとは言えないものでした。「そうした背景の中、刑事・民事を問わず、国民のみなさまがどこでも法的なトラブルの解決に必要な情報やサービスの提供を受けられるようにしようという構想のもと、総合法律支援法に基づき、平成18年4月10日に設立された法務省所管の公的な法人。それが、日本司法支援センター(愛称:法テラス)です。
お問い合わせの内容に合わせて、解決に役立つ法制度や地方公共団体、弁護士会、司法書士会、消費者団体などの関係機関の相談窓口を法テラス・サポートダイヤルや全国の法テラス地方事務所にて、無料でご案内しています(情報提供業務)。
また、経済的に余裕のない方が法的トラブルにあったときに、無料法律相談や必要に応じて弁護士・司法書士費用などの立替えを行っています(民事法律扶助業務)。
このほか、犯罪の被害にあわれた方などへの支援(犯罪被害者支援業務)等、総合法律支援法に定められた5つの業務を中心に、公益性の高いサービスを行っています(ほかに司法過疎対策業務、国選弁護等関連業務があります)。」
長々と書いてあるので分かりにくいが、貧困問題を取材した経験がある僕のような人間から見ると、お金がなくて弁護士に相談できないと思っている人でも利用できて、弁護士費用などもケースに応じて払わなくてよい場合もある、公的な法律相談所、だといえる。
貧困率が全国2位という、見渡せば貧困の問題が山積する高知県で、ナカジマさんは「貧困問題ならこの人っ!」と真っ先に名前が挙がる。その名前は、東京でも大阪でも仙台の弁護士からも聞いた。
「金儲けできないことで有名」と本人は自虐的に言っていたけど、本当に周囲の信頼は厚い。
■「何か困ったらナカジマ弁護士」
高知市の西方にある香美市で生活困窮者などの生活相談を受けている「くらしの相談所」の相談員、森本珠城さん(もりもと・たまき、59)は、ナカジマさんの話になると思わず笑みを浮かべる。
「とにかく誠実で熱心。どんなに忙しくても相談に乗ってくれる」という。
「貧困」がかかわる法律問題は多岐にわたる。
夫のDVから逃れようとする妻と子どもをどこで守るか。
アルコール依存や薬物依存、場合によっては窃盗癖などの「心の病気」で罪を犯したり、家庭を崩壊させてしまったりする人々への支援。
ホームレスへの支援。
多重債務者を取り立てから守る。
児童虐待から子どもを守る。
訴訟になって裁判所でやりとりする、というケースは一部に過ぎない。
ヤミ金から借金して過酷な取り立てに遭っている場合はヤミ金業者を相手にする。
DV被害の妻をシェルターなどに保護した後でストーカーまがいに付きまとおうとする夫と離婚を成立させる。
時にはそんな身の危険もある事案も少なくない。
生活保護を受ける条件を満たしているはずなのに、役所がいろいろな口実を作って受けさせてもらえない、障害児をかかえているのに児童相談所が親身になってくれない、などといったケースでは役所と交渉することもある。
森本さんによると「ナカジマさんが法テラスにいることで我々も心強い。ずっと辞めないでほしいと言っているんですが、そろそろ引き止めるのは難しいかも・・・」と心配しながらも彼女の話になると頬を緩める。
すでに弁護士登録して6年目に入った。法テラスの任期は3年ごと。初任が法テラスなので弁護士としての開業経験はまだない。
開業しても大丈夫なのかと聞いても「金儲けに才能ないことでは有名だから」と笑い飛ばす。
■気になっている「貧困問題」
底抜けに明るいナカジマさんは「最後のセーフティーネット」と呼ばれる生活保護制度についての相談もよく受ける。
生活保護については、今の政府によって昨年から基準(支給額)が引き下げられ、法改正も加わって申請の際に申請書に添付する書類が増え、扶養義務などのチェックがより強化されている。背景には生活保護に対する「一般の人の見方が厳しく」なっている問題がある。
こうした傾向にはナカジマさんも表情を曇らせる。
世間が「生活保護受給者を監視する」ような視線が強まっているというのだ。
「生活保護を受けている方に世間の目が厳しい。受けている人自身は肩身が狭い。生活が苦しく、生活保護を受けようと思っていたのに親族に言われて『保護はあきらめます』というケースが増えた。保護を受ける人も始めは受けたくないとは言うのですが、けっきょく食べていくためには、と受給する人が多い。しかし、周囲の視線で申請した後もつらい、すごく、おつらい...」
生活保護を受ける際に車を保有していると役所が車を手放なさいと申請できないと言うのも少なくない。車を借りて運転するケースもダメだ。
ナカジマさんが気になっているのは、一般の住人から「あそこの生活保護受給者は車に乗っていておかしい!」というような通報が時折、役所に寄せられていることだという。
「やっぱり生保基準以下で暮らしている方もいるので、車を手放したくなくて、それ以下で暮らしている人から見ると、あそこのあの人は生活保護を受けているのに車に乗っているじゃないか...許せない、となるのでしょうか」
生活保護を受けている人の車の保有や利用については、ルール上、役所が認めないケースがほとんどだが、杓子定規に割りきれない場合も少なくない。
「高知市内でも山間部に住んでいると公共交通機関は不便なので障害のある子どもを療育センターや児童相談所などに連れて行ったりするのを公共交通機関だけの移動ですませようとするとそれだけで1日がつぶれてしまいます。お母さんが仕事したり、自立のための職業訓練をしたりする時間が取れなくなってしまう。自立のためには車の方が良いのに...」
学習障害の可能性のある子どもを抱えた母親のケースで、病院に診断のために通っている段階で、母親が自動車の利用したい、と役所に申し出たら断られた経験もあるという
■「人が変わる現場」に立ち会える
貧困問題は、経済的な困窮だけでなく、低学歴、暴力、非行、犯罪、依存、児童虐待、ゴミ屋敷などの厄介な問題が折り重なるケースも多い。でも「人が変わる現場」に立ち会うこともあるの。それが貧困問題の弁護士をやっていて喜びだという。
相談でかかわった老人で過去の恨み言ばかり言う人がいた。ナカジマさんはその人が生きがいを見つけられるように何かできることがないかと考え、たまたま耳にした1日1時間のボランティア的な地域活動の仕事を勧めてみた。
実際にその仕事をやるようになってから、その老人は見違えるように変わったという。
「1日1時間ずつ給料も払ってもらったのですが、人がすごく変わっていきました。過去の恨みごとなどが多かった人ですが、ここにいられることが幸せだと言うようになって。1日1時間でも人は変わるものだと実感しました」
ナカジマさんは「1日の中で誰かと約束してその場所に行くという時間が出来ることが大きい」と見ている。
「自分が誰かのためになる。自分の居場所があって感謝されたりもしているのでしょう。たとえ1時間分でもお給料まで出るので生きがいになる」
よく考えてみれば、相談でかかわった人に仕事やボランティアを見つけたりするのは本来の弁護士業務とだいぶはかけ離れている。
だが、ナカジマさんはそうやって人と人をつないでいくことが好きだという。
人が生きがいを見つけるための橋渡しまでしてしまう。
とどまることがないエネルギーの大きさにちょっと呆れて聞いてみた。
「そうなんです、その方が前向きな方ではあるので私のところでは受け止めきれないやる気があってハハハ・・・」
他の人を巻き込み、その人たちを元気にしていく。
社会福祉の支援活動で「エンパワー」という言葉がある。
元気や自信を失っていた人を元気づける、という意味だが、福祉活動の支援者がやっているのと同じことをナカジマさんは弁護士稼業の合間にやっている。
■「子どもの貧困」を解決したい...
高知県は「高校生の中退率が全国一」の県だ。
西原理恵子さんが高知での子ども時代を描いた漫画にも、学校を中退してヤンキーになって、20歳前で子どもが生まれて、という貧困の連鎖が登場する。
「子どもが大変な県なんです」とナカジマさんは言う。
2012年に「子どもの虐待防止学会」が高知であった。「子どもの貧困」の解決にお役に立てるなら、と事務局長を引き受けた。
貧困が最大の問題だといえる高知県だが、貧困問題を横断的につなぐ「反貧困」のネットワークの活動団体がいつも活動しているわけでもない。ナカジマさんが目立ってしまうのは、それだけ支援活動の層はまだまだ薄い証拠でもある。
ナカジマさんは現在、子どもの貧困問題に対処する支援者の輪を作ろうと「子育て支援ネットワークオレンジこうち」というネットワークの設立を準備している。支援者同士のネットワークを作ることで子どもを虐待から守る取り組みで、その副会長だ。さらに「こども支援ネットみんなのひろっぱ」を成立して会長を務める。
めざすは親からの暴力や貧困から子どもを守るための「シェルター」。そして、その延長上の「居場所」をつくることだ。
(児童虐待について講演するナカジマさん)
(ナカジマさんが講演用に作成した資料から抜粋)
「子どものことがやりたいなあと。10代後半の子が行く先がなかったりするのをどうにかしたい」。
そうずっと感じていた。
10代後半の女の子に行き先がない。男の子がどうしても東京に行きたいと思うがやはり行き先がない、そんな時に彼らが過ごせる「居場所」がほしい。
父親と母親が子どもをネグレクト(育児放棄)するケースも数多い。ネグレクトは子どもに食事や必要な暖房、入浴などをさせないという児童虐待だ、
ナカジマさんがこうした両親と話してみると、子どもを傷つけたいと思っているわけでないことが分かると、いう。
「ただ貧困のために生活に追われていて目一杯だったりで、両親を責めることはできないと思うケースもある。あるいは親自身に三食きちんと食べる習慣や洗濯物を畳むなどの習慣がない、という問題もある。昔からないなど貧困ゆえに生活習慣がなくて部屋の中がゴミ屋敷のようになっている。子どもたちはそうした"圧倒的な不足"のなかで生きている。そうした子どもたちの『居場所』をつくる必要性を感じる」
そのために、ナカジマさんは弁護士業務のかたわらであちこちに顔を出す。
子どもの居場所づくりのために奔走する日々だ。
■何が彼女をそうさせているのか
「何で弁護士以外の仕事でそんなに熱心にやっているんですか?」
思わず聞いてみた。
こんな質問は初めてだというほど目を丸くさせながら、ナカジマさんは答えてくれた。
「なんでやっているんでしょうね...(笑)
いやあ、そうですね、何の事件にしても、その人のそれまでの生き方とかを聞かせてもらいながら進めていくので、この人のこんなのがあれば、というのをいつも思っていて、ここにこんな仕事があるよとかこんなお手伝いがあるよとか、とか話を聞くと、じゃあそこにあの人を...とか、思ってしまうんですよね。
知り合いの輪も人づてに広がっていく。というか、
今、子どもの居場所づくりをやっていて、高知県の「あったかふれあいセンター」という福祉事業があって。その委託を受けたりして、子どもの居場所づくりをやりたいのでぜひ一緒にお願いできませんかとお願いに行った時に、そこでこういう人にお手伝いに来てもらっています、と聞くと、ああ、これはあの人が行けばいいお手伝いができるなあと思ったり(笑)、お願いしてみれば受け入れてくださったり・・・」
人と人をつなぐ。
事業と事業をつなぐ。
「つなぐ」ことで、一人ひとりが生き生きしてくる瞬間を想像しながら、活動しているようだ。
私生活では東京で暮らす映像作家の夫とは遠距離婚。8歳の子どもを高知で育てている。両親や兄がすぐそばに暮らす
弁護士という職業の枠をはみ出しているナカジマさん。
そのはみ出しぶりも半端ではない。
そんなアヴァンギャルドな37歳の今後がとても気になる。
(この記事はジャーナリストキャンプ2014高知の作品です。執筆:水島宏明)