■アンパンマンのふるさとは連休も大にぎわい!
正義の味方アンパンマン。愛と勇気をふりしぼって、正義のために働く!
ここは高知県香美市香北町。昨年10月に亡くなったアンパンマンの作者やなせたかしさんが生まれ育ったふるさとで「アンパンマンミュージアム」こと香美市立やなせたかし記念館がある。
「アンマンマンミュージアム」は今年4月に福岡でも開業するなど、現在6か所だが、この香美市の記念館が1996年に開業し一番歴史のある、いわば総本山だ。
94歳で亡くなるまで子どもの心を失わなかったやなせたかしさん。その子どもの心を育んだのが。幼い頃、このあたりの野山で駆け回って遊んだ経験だったという。
大型連休始めの4月末、このアンパンマンミュージアムを訪れた。駐車場は車で半分以上が埋まり、館内は子どもの歓声が飛び交い、幼児の手を引いた若い父親や母親らでごった返していた。人が集まる観光スポットが多いと言えない高知県の中で、異例ともいえる人気スポットで年間60万人の訪問客があるという。
実はアンパンマンミュージアムそのものが僕の訪問の目的ではない。
周囲に田んぼなども広がる風景を眺めながらさらに車を走らせていく。
すぐ眼の前に山が広がる。
やなせさんが子ども時代を過ごした「光景」を目に焼きつけようというのが今回のドライブの目的だった。
そこで僕の耳に突然、声が聞こえてきた。
子どもの声だ。
「助けて!アンマンマン」という悲鳴に似た声。
空見だろうか?確かに聞こえた気がする。
確か山の方から聞こえてきたような・・・・
徳島県よりに車を走らせる。
次第に山が奥まっていく。
■あんな山の上の方に人が住んでいる!
下から見上げても、山のかなり上の方に家が点々とあるのが分かる。
下から見ても道路が見えないような山の中腹に家が立っている。
地元に詳しい人に頼んで、そうした一体を見せてもらうことにした。
車を走らせるうちに、青々とした山の斜面にときおり刷毛で白いペンキをさっとはいたような模様が目につき出した。
あっちでもこっちでも。
よく見るとそれはそこの部分は幅20、30メートルにわたって、崩れおちていて、木がなくなって山肌が顔をのぞかせていた。
「あれ、なんですかね?」と案内人を買って出てくれた地元の男性に尋ねる。
「あれは深層崩壊や表層崩壊といって大雨などで山の斜面が大きく崩れる現象です、最近このあたりで毎年のように起きていて目立っています」という。
深層崩壊?
表層崩壊?
なんのことだ。
インターネットで調べてみると、以下のことが分かる。
国土交通省の定義では、
「表層崩壊」:山崩れ・崖崩れなどの斜面崩壊のうち、厚さ0.5~2.0m程度の表層土が、表層土と基盤層の境界に沿って滑落する比較的規模の小さな崩壊のこと。
「深層崩壊」
・山崩れ・崖崩れなどの斜面崩壊のうち、すべり面が表層崩壊よりも深部で発生し、表土層だけでなく深層の地盤までもが崩壊土塊となる比較的規模の大きな崩壊現象。
要は、規模は大きいか小さいかという違いらしい。
ちなみに土石流(どせきりゅう)というのは、国土交通省の解説では、以下のようなことらしい。
深層崩壊、表層崩壊は、「崩壊の形態」を表した言葉で、かけ崩れ・地すべり・土石流は「土砂災害の形態:を表した言葉である。
一般的にがけ崩れは、表層崩壊によるものが多く、土石流は表層崩壊によるものが多いが1997年の鹿児島県出水市の針原川の事例のように、深層崩壊に由来するものもある。また、地すべりは一般的には深層崩壊にともなって発生する現象で動きが緩慢なものが多いが、今回取り上げている深層崩壊は深層崩壊のうち、動きが速いものを対象としている。
・・・だそうだ。
つまり表層崩壊した土石流や地すべりと深層崩壊による土石流や地すべりがあるという。
■土石流の後始末
人間の住んでいない場所で山が崩れるだけならまだ良いが、山道を走るうちに、沢で土石流が流されて、大規模な修復工事を行っている場所も目についた。
これは去年の大雨で土石流が流れた後だという。
わずか30分程度のドライブでもあちこちで見かける印象だ。
僕はその後、香美市の山奥に入っていったが、土石流の跡ではあちこちでチョロチョロと沢が流れている場所をコンクリートで固めて滑り台状の人口の川に変貌させる工事が続いていた。
周辺には土石流で運ばれた大きな岩やなぎ倒された倒木があちこちにある。
強烈な印象だ。
僕がこの日見た比較的大きな土石流は去年発生したものだという。
流された住宅もあったらしい。
被害はかなり長い範囲に広がっていた。
すぐ近くにも民家がぽつぽつと建っていた。
土石流で下流にいる家は流されてしまうのだろうな、と感じた。
こうした時の修復のための公共工事も素早いものだ。
上から見ると、荒々しい山の中に、突然コンクリートのダムみたいに見える場所が登場する。
■それは誰も林を守ろうとしないからだ。
でもなぜ、こんなふうに表層崩壊や深層崩壊、土石流が増えているのだろう。
案内してくれた地元の人に聞いてみると、このあたりの山林は後継者不足で、放棄されたままの林が多いという。放置されたまま、という意味は、間伐を計画的に行って手入れの行き届いた森林ではなく、手入れされていない、ということを意味する。
森林はそうなると、密集して生えることになるので、1本1本の成長としては弱弱しい。過密になって鬱蒼とした森林になると、光が刺さないから、下で生える木ももやしっ子のように弱いものに育つ。
大雨の際の保水力も土を支える力も弱くなって、耐えきれないとザーッと一気に流されていく。そういう話は聞いたことがあるが、この解説は本当なのだろうか。
インターネットで調べてみた。
長野県のホームページでは土石流などを分析した上で、
と書いている。「伐が行き届いた森林は災害を防止した」という解説もある。
滋賀県のホームページでも「手入れ遅れの人工林(間伐)」と「発生する深層崩壊」などのメカニズムを解説している。
森林の手入れが悪かったり、放置したままにしておくと深層崩壊などにつながりやすいというのは、森にかかわる人たちの間ではどうも「常識」らしい。
確かに地球温暖化で集中的なゲリラ豪富も多くなっているが、山の側も土石流や深層崩壊を食い止める力が弱くなっているのだ。
でも、日本の森林は国有林が多かったはずだから林野庁にまかせておけば大丈夫では?
そう考えて林野庁のホームページをたどってみたら、四国全体で、森林がある面積のうち国有林は10%に過ぎない。後は農耕地は26%、民有林が64%、と民間の人、つまり一般の人が所有している森林が圧倒的に多い。
これらの林が荒れ放題。間伐するなどで手入れもせずに放置されていくと、その結果、集中豪雨のたびに表層崩壊、深層崩壊があちこちで起きる。
でも僕も今回、行ってみて分かったけれど、交通の便が悪い山奥の家に住みたくはない。そう考える人は多くなると、林業は後継者がいなくなって民有林がどんどん放置される。手入れが行われない現状になっていく。
行政も手をこまぬいているわけでもなく、放置された民間の森林を自治体が管理できるような制度も作ったらしい。
林野庁のホームページでも「 民有林直轄治山事業の新規着手、民有林との連携・山地災害への対応」などと、民有林の対策についての言葉は出てくる。
でもよくよく考えてみて、僕たち自身の生活がこの事態を招いていると言えるではないかということに気がついた。
温暖化も土石流も。
僕たちは山を捨てて都会に出ていく。
ガソリンや石油をじゃんじゃんと使って、大気中に二酸化炭素をどんどん増やして。
便利な生活、自由気ままな生活。
一度味わってしまった快適な生活を手放すことはできない。
若い人間なら、こんな山奥で森林を守って生活する、なんてやろうとするのはかなり酔狂な人だろう。
でも、そうした快適さと引き換えにしてしまったものがある。
ツケはこんな山の奥の災害につながっている。
■高知のニュースが気になる
高知から東京に戻って以来、大雨のニュースのたびに高知の土石流の跡の光景が思い出される。
誰かが地域に住んで山を守ってくれないと大変だ。
でも僕は住むだろうか。それは嫌だ。山を守るためにあんな不便な場所に住みたくはない。
なんだかこれは都会と原発のマチの問題と似ている。
僕らはこのジレンマから逃げさせない時代に生きている。
「アンパンマン。助けて!」
いったいあの声を発したのは誰だったのだろう。
僕が聞いたのは森の悲鳴だったのかもしれない。
子どもの声を上げたのは一本の木だったのか。それとも山だったのか。あるいは地球そのものだったのかしれない。
正義の味方アンパンマン。この時代を生きる僕らを助けに来てほしい。
愛と勇気と、正義のために!
(この記事はジャーナリストキャンプ2014高知の作品です。執筆:水島宏明)