朝日新聞が伝えるところでは、韓国が遂にTPP交渉参加の意思表明を行ったとの話である。
【ソウル=中野晃】韓国政府は29日、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への「関心」を公式に表明し、事実上、交渉への参加の意思を明らかにした。韓国内では、日本のTPP交渉参加で、アジア太平洋地域で日本の影響力がより高まることへの警戒感が強まっていた。
通商政策を決める対外経済閣僚会議で、玄●錫(ヒョンオソク、●は日へんに午)・経済担当副首相が「交渉の情報を集めるためにもTPP参加への関心を表明し、既存の参加国と個別に協議する必要がある」と述べた。
今更いうまでもない事だが、TPP参加予定の各国は年内交渉妥結を目指し、議論と交渉をこれまでに続けて来た経緯がある。従って、この時点で交渉に参加するというのは走り出したバスに飛び乗る様な実に無謀な行為である。TPP参加により韓国が直面する事になるリスクとは? 何故、こんなリスクを冒してまでTPPに参加せねばならないのか? 日本に取って韓国のTPP参加は国益に叶うのか? など順序立てて考えて行かねばならない。
韓国がTPPに参加する意味とは?
韓国がTPPに参加する意味を正しく理解するために、発表されて日の浅い外務省資料、「韓国経済と日韓経済関係」を参照する。経済の貿易依存度が日本などに比べて際立って高い韓国は貿易の拡大を国是に掲げ、2000年台に入りチリを皮切りにEUそしてアメリカと相次いでFTAを締結している。更にいえば、ニュージーランドとは2008年より、オーストラリアとは2009年よりそれぞれFTA交渉を進めている。従って、韓国のTPP参加とは実質的には日本とのFTAの締結という事になる。
そして今一つ留意すべきは韓国における中国の優先順位の変化である。少なくとも6月に発表された「新通商ロードマップ」で、TPP交渉に当面は参加しない方針を示し、最大の貿易相手国である中国とのFTA交渉を、最優先の課題に位置づけていた。従って、韓国がTPPに参加を決めるという事は、殊「通商」に関しては中国よりも日本を優先するという結論となる。
中国は民主国家ではなく、中国共産党一党独裁の国である。従って、経済への裁量権を党が手放すとはとても思えない。これが交渉は開始したものの対中FTAの進展しない理由と推測する。更には、今回中国は韓国の識別圏変更要求をあっさり拒否している。これにより、韓国、朴政権は中国共産党の利己的で獰猛な性格を思い知らされたに違いない。同時に、中韓関係の深化というのは飽く迄韓国側の一方的な片思いに過ぎず、中国への依存を高める事の危うさに漸く気が付いたと思われる。
韓国がTPPに参加するリスクとは?
韓国のTPP参加とは実質日本とのFTA締結である。「韓国経済と日韓経済関係」によれば、何と日本とは2003年にFTA交渉を開始している。10年が経っても交渉が一向に進展していないのは日本とFTAを締結する事が余程韓国側に支障があるという事であろう。そういった問題を「日本とのFTA」から、より多国間のTPPに看板を書き換える事で乗り切ろうとしている訳である。勿論、看板を書き換えたからといって問題そのものが消えてなくなる訳ではない。
同じく、「韓国経済と日韓経済関係」によれば2012年の日本の対韓輸出額は4.91兆円。一方、韓国からの輸入額は3.24兆円で差し引き日本の貿易黒字は1.7兆円となる。ウオン安、円高、輸入関税に守られて尚の1.7兆円の貿易赤字である。これが、アベノミクスにより、ウオン高、円安基調となり、更にTPP加盟により輸入税が撤廃されれば日本製品が大量に流入し、その結果、対日赤字は膨張し一部の競争力のある財閥系企業を例外として韓国国内製造業は大打撃を蒙る事になるのではないのか?
更にいえば、韓国は基本技術の蓄積や技術開発能力が未だに脆弱であり、その部分は基本的に日本に頼るしかない。それを裏付ける様に対日特許料支払いは増加の一方である。「知的財産」の取り扱いはTPP交渉の大きなテーマである。知財立国であるアメリカが中心となり取り扱いの標準化を進めている以上、韓国に有利な展開は期待出来ない。韓国企業は今まで以上に日本企業に特許料を支払う事になるのでは? という話である。
独自技術が弱い弊害は決して特許料の支払だけでは済まない。輸出競争力を備えた製品を製造しようとすれば、日本から資材や中核部品を輸入し、更に日本から輸入した製造設備で組立てするしかない。そして、この構造が膨大な対日貿易赤字を続けざるを得ない韓国経済のアキレス腱である。韓国経済は既にがっちりと日本企業のサプライチェーンに組み込まれており、TPPに加盟すれば当然この傾向は強まる事となる。露骨にいってしまえば、「韓国経済が日本に従属化する」という事である。
朴大統領の対日批判とは一体何だったのか?
韓国、朴大統領のBBCのインタビュー及び日本政府の対応を発表してから未だ一か月も経過していない。韓国の朴大統領がこのBBCのインタビューで日本を断罪した後欧州諸国を歴訪し、相変わらず対日批判に終始した事は記憶に新しい。そして、その舌の根も乾かない内に、日本経済に飲み込まれてしまう可能性の高い実質日本とのFTAであるTPPへの交渉に参加するというのである。率直にいって、私には正気の沙汰とはとてもでないが思えない。
韓国、朴政権は迷走しているのか? 対日批判は飽く迄韓国国民に対するリップサービスであり、当初から経済運営は現実的に行う積りだったのか? 識別圏変更要求があっさり断られた事で対中依存見直しを決意したのか? 或いは、これらが複合した結果の判断なのか? 今後、安倍政権は慎重に分析すべきであろう。
日本はどう対応すべきか?
先ずは何分韓国の事であるから、静観し、真意を見極める必要がある。しかしながら、日本として韓国のTPP加盟に反対する理由は何もない。繰り返しとなるが、韓国とは2003年にFTA交渉を開始している。韓国がTPPに加盟すれば日韓の貿易総額が拡大するのは当然であるが、それ以上に対韓輸出額と日本の貿易黒字が増大するのは確実である。
一方、中国とのFTAより実質日本とのFTAであるTPP加盟を韓国が優先する事により、中国の孤立が更に鮮明となる。従来から南沙諸島領土問題に起因して、東南アジア諸国は中国に対する警戒感を只管高めて来た。中国西部の新疆ウイグル自治区ではイスラム教徒であるウイグル系中国人が中国政府により抑圧されており、国境を接する中央アジアイスラム諸国の同情を集めている。最近、とうとう「トルキスタン・イスラム党」を名乗る組織が「ジハード」宣言を行った。イスラム過激派との戦いが重篤化する事は確実な情勢である。そして、ここに来て韓国の中国から日本への乗り換えである。中国に対し幾ばくかのインパクトを与える事になるはずである。尖閣で中国の軍事的挑発を当分覚悟せねばならない日本に取って、中韓の間に隙間風が吹く事は決して悪い話ではない。
バイデン米副大統領の韓国訪問に期待する
バイデン米副大統領が来週日中を訪問の後韓国を訪れ朴大統領と会談する。日韓首脳は本来、北朝鮮問題(ミサイル及び核開発)、中国問題(一方的な防空識別圏設定他)、通商問題(TPP他)胸襟を開き話合わねばならないはずである。しかしながら、朴大統領の奇矯で頑固一徹な性格が災いして一向に首脳会談が開催される可能性は見えて来ない。従って、ここは「苦しい時の神頼み」ではないが、バイデン米副大統領の仲裁に期待しても良いのではないだろうか? 具体的中身は、「韓国のTPP加盟」、日本の集団的自衛権行使認可を容認する「対北朝鮮対応」、「対中国対応」(一方的な防空識別圏設定他)といったところである。
仮に朴政権が軟化し、こういった課題に前向きに対応する様であれば韓国経済のアキレス腱ともいえる「通貨危機対応」に日本が支援するという事もあり得る。日本として実質的な費用がかからない「通貨スワップ」を再開する訳である。日本の後ろ盾があれば国際投機筋が韓国通貨ウォンを売り浴びせる展開にはならないはずである。
韓国、朴政権が誕生して約1年が経過した。率直にいって迷走が続いた1年だったと思う。そして、この迷走を更に続ける様であれば人心は離反し朴大統領はレイムダック化してしまう。それが嫌なら、朴政権は安全保障、通商、そしてそのベースとなる外交などで現実路線に舵を切りなおす必要がある。バイデン米副大統領の説得に改めて期待する。