クールジャパンが示すのは安倍政権の誤った「コンテンツ戦略」

制作会社の監督官庁はクールジャパンを中核となって推進する経産省である。コンテンツの海外輸出に挑戦するのであれば、先ず世界の評価に耐える高品質な作品を制作せねばならない。経産省は今少し我が事と捉え、搾取されている末端の制作会社が活動し易い様な業界構造に変革すべく、もっと汗をかくべきと思う。

クール・ジャパン戦略について - われわれは失われた20年間に何を得たのか(遅澤 秀一)を拝読。クールジャパンを冷静に分析した良記事だと思う。特に共鳴したのは、クールジャパンの仕組みの矛盾を的確に指摘した下記である。

既存クリエイターを世界に紹介するのもよいが、クリエイター予備軍の層を厚くするためには、若い世代がきちんと暮らせて好きなことができる環境づくりをすることが大切である。クール・ジャパン戦略が、泉の枯れることを憂えず泉の水を売り損ねることを恐れることになっていなければよいのだが。放っておいても利に聡い民間の人間が勝手にやることに税金を使うよりも、政府にはもっと重要なことがあるはずだ。さもなければ、好きなことができるのは年金暮らしの老人だけになり、20年後には高齢者文化だけが栄える「枯れた日本」と呼ばれるようになっていることだろう。

この記事に接し、特に気になったクールジャパン関連問題点を下記列挙する。

  • 現行システムを温存したままで巨額の国費を投入しても、末端のコンテンツ制作現場にまで金は回らないのでは?(中間で搾取されてしまう)。
  • 海外にコンテンツを輸出するという考えは間違っていない。しかしながら、先ず実行すべきはコンテンツのネット公開ではないのか?
  • クールジャパンの事業目標と施策の効果測定手法が不明瞭では?
  • 別にクールジャパンに限った話ではないが、マスコミがきちんと問題点を整理した上での国民への説明がなされていないのでは?(国民に取ってあるべき情報の不在)

テレビ番組制作費の内訳

クールジャパンは現行システムの上で遂行されている。従って、テレビ番組制作費の内訳を精査しスポンサーが支払った金額の内、一体どの程度が現場のコンテンツ製作者に還流されているか知る事は重要である。

しかしながら、ネットで検索を試みたが公式の発表を発見する事は出来なかった。広告代理店やテレビ局はきっと公表したくない事情があるのだと推測する。探し当てたのはこの個人ブログである。広告代理店やテレビ局関係者から以前聞いた話と左程大きな乖離がないので、精度には眼をつむり、飽く迄参考用として今回これを参照する。

民放にはスポンサー(広告主)が付きもので、視聴料を否応なしに徴収するNHKと違い、スポンサーがないと番組制作は出来ません。で、ある掲示板で見たのですが、それによると、制作費の内訳は、およそ下記のようになっているそうです。(例として関西のある局の場合)ある番組にスポンサーが1億円を出したとすると、

代理店(電通)の取り分   1、500万円 ←電通は広告代理店・取次業務費用?

ネツト電波料        4、800万円 ←地方局取り分?

自局電波量           500万円 ←キー局取り分?

となっており、で、1億の残り3,200万円が制作費と思いきや、実際は孫請けに860万円で番組を造らせているとのことです。たいがい、下請け制作会社は子会社であるから、実に2、340万円もピンハネ?、おまけに自局電波料500万円は貰っているので、合わせると、2、840万円を稼ぐ計算になる。

下請け制作会社       2、340万円 ←キー局の子会社

孫請け制作会社         860万円 ←実際の制作会社

まあ、どんな番組か分からないし、この配分方式の良否は分かりませんが、スポンサーが、1億円出したのに、実質、番組制作費に回されるのが10パーセントに満たないということであれば、1億円に見合う番組作品が出来るかに付いて疑問を持ち、腹立たしく思うのは間違いないでしょうね。

先ず、広告代理店が総額の15%を取る。次いで、50%以上を波代としてキー局とローカル局で分けるというのである。更には、トンネル会社に過ぎない、キー局の子会社を迂回して発注するとの事だ。流石に本当かな? と思ってしまう。テレビ局が支払う電波利用料など実に微々たるものに過ぎず、凄まじいばかりの「電波利権」というしかない。そして、末端の製作会社が受け取る事になる860万円という数字を見ると、フジテレビの『ほこ×たて』のヤラセ問題も起こるべくして起こったと変に納得させられてしまう。コンテンツの制作現場はこれでは疲弊するはずである。

中途半端な経産省指導

制作会社の監督官庁はクールジャパンを中核となって推進する経産省である。コンテンツの海外輸出に挑戦するのであれば、先ず世界の評価に耐える高品質な作品を制作せねばならない。制作現場が経済的に疲弊している様では話にならないのは当然ではないのか? 経産省は今少し我が事と捉え、搾取されている末端の制作会社が活動し易い様な業界構造に変革すべく、もっと汗をかくべきと思う。

しかしながら、経産省が4月に策定した、アニメーション制作業界における下請適正取引等の推進のためのガイドラインを読んだが、業界の取引慣行に関してガイドラインを設定しただけの話であり、必要な広告代理店やテレビ局に搾取され、末端の制作現場に金が回って来ないという根本問題の是正(構造改革)には腰が引けている。こんなガイドライン策定でお茶を濁している様ではとうてい話にならないという事である。

先ず注力すべきはコンテンツのネット公開

コンテンツの輸出を望むのであれば世界市場で評価される良質のコンテンツを制作せねばならない事は先に述べた通りである。勿論、それにはそれなりの制作費が必要となる。従って、代理店やテレビ局の取り分を圧縮し、実際のコンテンツ製作者に制作費を回す必要がある。更には、コンテンツのネット公開でコンテンツの二次利用を促進し、追加収入の獲得を目指し制作費に充当すべきと考える。ネット排除に狂奔するテレビ局に未来はあるのか?で、紹介したハリウッドの成功例が参考になるに違いない。

ハリウッドから何を学ぶべきか?

台頭するインターネットの前に途方に暮れて立ち尽くすテレビ局というのが、我々が今目にする光景ではないだろうか? 第二次世界大戦後、台頭するテレビを前にハリウッドも同じ様な経験をした筈である。DVDに代表されるパッケージメディアの台頭も座視出来たとはとてもではないが考え辛い。しかしながら。ハリウッドはこういった手強いライバルを相手に「競合」、「協調」の硬軟を巧みに使い分ける事で世界のハリウッドの地位を維持する事に成功した。

それでは、ハリウッドの成功の秘訣とは一体何だろうか? 二つあると思う。第一は本業回帰、面白い映画の製作に注力した事である。ライバルであるテレビの強みは「無料」と何時でも自宅のリビングで視聴出来る「利便性」。一方、映画は勿論有料で自宅から映画館に出掛ける必要がある。態々映画館まで出かけ、映画の中身に金を払って観るだけの価値が無くては商売にならないのは当然の事である。

今一つは、「テレビ」やDVDに代表される「パッケージメディア」をプロモーションのツールとしての使用した事や、商流上マルチウインドーの一つとして活用する事でのマネタイズの成功である。アメリカではケーブルテレビ経由のテレビ視聴が一般であるが、日本同様三大ネットワーク(地上波)の難視聴対策として産声を上げた。そして、伝送に使用する同軸線の空帯域を活用して「カミングスーン」というタイトルだったと思うがハリウッド新作映画のプロモーションを行った。これが、その後のケーブルテレビのマルチチャンネルサービスの源流である。

更には、ロードショーから若干のタイムラグを設定しての「ペイ・パービュー」、少し遅れての「ペイチャンネル」へのコンテンツ提供と繋がる。ケーブルテレビ多チャンネルサービスへのコンテンツ配給とほぼ同時期にDVDセル、レンタルへのコンテンツ提供が行われる事はいうまでもない。そして、最後は地上波(無料放送)への放映権販売で完結する。詳細は把握していないが、以前ケーブルテレビ多チャンネルサービス及び地上波とDVDからの収益を合算すれば劇場ロードショーからの収益を上回ると聞いた事がある。何れにしても収益の柱に育っている事は確実である。

アメリカでは近い将来テレビとは「クラウドテレビ」の事を意味する様になる。そして、アメリカ発の「クラウドテレビ」は瞬時に全世界に広がるに違いない。そういう時代に、営業マンを海外に駐在させ、コンテンツを手売りするというのは時代錯誤であり、正直滑稽な気がする。先ず、国内でコンテンツのネット公開を急ぎ、次いでネット経由海外進出を図るべきではないのか? TPPでは著作権管理が重要テーマの一つとして議論されていると聞いている。来年の早い時期にTPP交渉が妥結すれば、著作権管理も標準化されるはずである。コンテンツサプライヤーに取って国内市場とTPP加盟国の市場が一元化する瞬間であり、当然大きなビジネスチャンスとなる。日本は先ずこれに備えるべきではないのか?

クールジャパンは結局バラマキ?

クールジャパンは結局バラマキに終わってしまうのではないかと危惧している。事業目標と施策の効果測定手法が不明瞭であるからだ。例えば、500億円の国費を投じて5年後には年間3,000億円のコンテンツ輸出を達成するといった具体的な数値目標を設定し、併せ、施策毎の効果測定の手法を予め準備すべきではないのか? 今のままでは漠然と実行し、施策毎の効果もはっきりしないまま予算が消化されて終わってしまうと予測する。こういう事業を実施するに際し、何より大事な事は客観的な可否判定の基準である。このままでは、大失敗しているにも拘わらず役人は成功していると強弁する事になる。理由を尋ねれば、私が成功していると思うからといった答えが返って来るのであろう。

コンテンツ戦略の一丁目一番地は「構造改革」

クールジャパンは広告代理店やテレビ局が深く関与しており、我が事として捉えるというより彼らに取って我が事そのものである。従って、本来は国民に対し真相を語ってしかるべきなのである。しかしながら、実態は真逆でありマスコミは自分達の利害に直結し、都合の悪い話には口をつぐみ決して公表しようとはしない。安倍政権がコンテンツ戦略を重要戦略の一つとして位置付ける事に対して異存はない。しかしながら、日本に取ってあるべきコンテンツ戦略の立案のためには、先ず既得権益にメスを入れ構造改革を大胆に進めて行く必要がある。クールジャパンについてマスコミは頼りにならず、ハフポストの様なところが目を光らせて、税の無駄使いを防ぐしかないと思う。

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